表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
世界線アービトラージ 〜ブラック企業鬱病退職の俺が始める異世界経済侵略〜【完結まで執筆済み】  作者: 高山 虎
第一章 立志・商権確立編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

11/12

第8話 殺さず、残さず、事件にしない

俺は再び異世界へとログインした。


光の粒子が収束し、俺の肉体が実体化した瞬間、眼前にあった光景は鋭利な鋼の輝きだった。


「……っ! 化け物め、何者だ! 主の姿を模した化生の類か!?」


目の前に突きつけられた剣先。 切っ先を向けているカイルの顔は蒼白で、その瞳には戦士としての闘争心ではなく、正体不明の怪異に対する本能的な恐怖が浮かんでいた。 部屋の隅では、エレナが自身の指を白くさせるほど強く短刀を握りしめ、こちらをじっと見つめている。


「俺だ、サトシだ。落ち着け。……バニラの香りがするだろう」


俺はあえてゆっくりと、いつものシガリロを取り出し、火をつけた。 紫煙が部屋に満ちる。 カイルはようやく剣を下ろしたが、その切っ先はまだ小刻みに震えたままだった。


「あんた、本当に人間なのか……? 詠唱も、予兆すらなく空間を飛び越えるなど……。神か、それとも名もなき悪魔の類か」


「どっちでもいい。俺は俺だ。それにしてもずいぶんな警戒だな」


さすがに過剰な警戒なのではないかとカイルに尋ねる。


「いや、数日前からこの部屋をうかがっている者たちがいる」


「デカルト商会の手のものでしょう。デカルト商会はグスタフ様のハインマン商会とライバル関係にあり、いつも屋敷を見張っていると聞きます。おそらく、屋敷に出入りするところを見られていたのでしょう」


「なるほどな。しかしなぜ俺たちを狙う?」


こちらとしてはデカルト商会とやらに何かした覚えもない。


「得体のしれない余所者がグスタフ様と手を組んだ、というだけで彼らが私たちを警戒するには十分な理由となるのです」


「なるほどな。面会一度で敵認定か、コスパの悪い世界だ」


とばっちりのようだった。 しかし、こうしたトラブルはすでに予想済みだ。


「ならばちょうどいい、これを渡しておく。俺たちの『生存率』を上げるための投資だ」


俺はカイルに、現代工学の結晶である双眼鏡を手渡した。


「この筒を覗いてみろ。中央のつまみを回せば、世界の見え方が変わる」


カイルが恐る恐る窓の外に向けて覗いてみると、突然「うおっ」と短い悲鳴を上げて仰け反った。


「……なんだこれは。遠くの広場の噴水が、まるで目の前にあるかのように……いや、水しぶきの一粒まで指が届きそうな距離に見える。サトシ殿、これは……どんな高位の千里眼だ」


「理解できないことをすべて魔法のせいにするのはやめろ。魔法じゃない、ただの『視界を拡張する道具』だ。これで敵の先制を許すな。不意打ちは大きな損失をもたらす」


次に、俺はオレンジ色のスプレー缶を掲げた。


「これは催涙スプレーだ。このノズルを相手の顔に向けて押せば、中から刺激性のガスが噴出される。かかった奴は数十分間、目を開けることも呼吸することもままならず、ただのたうち回ることになる。ただし風の向きに気をつけろ、近くに無関係の人間がいる場合も使用禁止だ」


「暗殺者が使う猛毒の類か?」


「毒ではない。後遺症も全くない、だが、戦意を削ぐには十分すぎるほどの『強制的な痛み』をもたらす」


最後に、俺は黒い、武骨な樹脂製のデバイスを取り出した。


「そして、最後にもう一つ。カイル、いいか。これから活動が活発になれば危険なことも起こりうるだろう。だが『絶対に剣を抜くな』」


「……何だと? 殺しに来る相手を、峰打ちで済ませろと言うのか。そんな甘い真似ができるほど、戦場は温くない」


「違う。これは純粋な『法的リスク管理』だ。俺たちはまだ、この街ではなんの権利も持っていない。そんな不安定な身分で人を斬れば、たとえ正当防衛であっても、腐った司法は俺たちを処刑台か奴隷市場へ送り出すだろう」


俺は手に持ったスタンガンのセーフティを解除し、二人の目の前でトリガーを引いた。


――バリバリバリッ!!!


青白い暴力的な火花が走り、空気が焼ける異臭と、耳を劈くような高電圧の放電音が部屋に響き渡った。


「ひっ……!」


エレナが短い悲鳴を上げて耳を塞ぎ、腰を抜かしたように床にへたり込む。 カイルもまた、本能的な恐怖で背中の壁に激突するほど飛び退いた。


「こいつを相手の体に押し付けろ。一瞬で人工的な雷を叩き込み、殺さずに行動不能にする。……血を流さず、死体を作らず、記録も残さない。『事件』にせず、『事故』として処理するための道具だ。カイル、この世界の剣士に、目に見えない雷を防ぐ術はあるか?」


「……ねえ。そんなものことができるのは、ごく一部の魔導士が行使する結界魔法だけだ」


カイルは引き攣った顔をしながら、俺の手の中にある黒いデバイスを見つめていた。 それはもはやただの道具ではない。 合理的という名の狂気を、漆黒の樹脂で固めた「異界の断罪具」だった。


俺の徹底したリスク管理――その裏にある、自分たちの常識を塵のように踏みにじる「力」の正体に、二人は静かに、そして深く戦慄していた。


「エレナ、お前にはこれを任せる。この『商品』の扱いを、最も正確に管理できるのはお前だ」


俺はテーブルの上に、現代の化学と工学が産み落としたこの世界における「歪み」を並べた。 それは合成宝石、均一に結晶化された、一点の曇りもない「合成ルビー」だ。


以前サトシに「この石の持つ危険性」についてレクチャーした彼女だったが、いざ再び現物を目にし、その異常なまでの品質、そして何よりもこれがいくらでも手に入るという量産性に理解を上回る恐怖がこみ上げてくる。


「……サトシ様、これは危険です。前にも申しましたが増幅器はその大きさで扱える最大魔力量を、純度で魔力抵抗、カットによって増幅率を大きく変えるのです」


エレナの顔から血の気が引いていく。 魔力を通す際の「抵抗」がゼロに近く、術式の「増幅率」を極限まで高めてしまうこの石は、この世界の軍事バランスを容易に書き換えてしまう。


「お前の懸念は正しい。これ一粒で、一個大隊を消し去る術式を安定運用できる『戦略物資』になるんだったか。本来、宮廷魔導師の杖の先端にしか許されない代物。……それがたったの銀貨一枚と同じ感覚で仕入れることが俺にはできる」


沈黙が場を支配する。サトシはさらに身を乗り出し、エレナの理性に訴えかけた。彼女ならば、この「禁断の果実」を正しく管理できるはずだと。


「だからこそ、これの流通をその危険性を理解しているお前に任せたい。グスタフと協力して出所の秘匿と流通量の調整を行ってもらう」


俺は淡々と、シガリロの煙を吐き出した。 この石を市場に流すことが、どれほどの危険性を孕んでいるか。 十五年の社畜生活で「責任」という言葉の重みを嫌というほど叩き込まれた俺が、それを理解していないはずがない。


「サトシ様……。貴方はこの石の価値も、そしてこれがもたらす『結果』も、すべて分かった上で……」


「ああ、分かっている。だからこそ、これをグスタフへの『餌』にする。この世界のルールを壊すための資本だ。……だが、無駄な血を流させるつもりはない。グスタフもその点については理解しているはずだ」


エレナは宝石を太陽にかざし、その眩い煌めきの中に、既存の秩序が灰になっていく幻影を見たようだった。彼女は戦慄を絞り出すように呟いた。


「サトシ様……。貴方は本当に、この世界の均衡を、物理的な破壊ではなく『経済』で支配するおつもりなのですね」


高級宿という安全な檻を出て、俺たちは「非致死性の武器」と「世界の秩序を蹂躙する商材」を手に、異世界の経済という名の戦場へと、冷徹に一歩を踏み出した。

最後までお読みいただきありがとうございます。


「続きが気になる!」「サトシの経済侵略を応援したい!」と思っていただけましたら、下にある【☆☆☆☆☆】を【★★★★★】にして評価いただけると執筆の大きな励みになります!


ブックマークもぜひ、よろしくお願いします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ