第7話 一粒三〇〇〇円の裁定取引
グスタフとの商談を終え、俺たちは高級宿『黄金の蹄亭』の一室に帰ってきた。
現在、手元にある異世界の通貨は金貨188枚(4,512,000ルピ)。改めて、ここまでの軍資金の動きを整理しておく。
【異世界 支出内訳(金貨換算)】
初期チャージ分:金貨520枚(1,000,000 JPY)
支出合計:▲金貨332枚
現代での貴金属買取:金貨10枚
自身の衣装代(高級品):金貨6枚
奴隷購入(エレナ、カイル):金貨200枚
二人の装備・衣装新調:金貨46枚
高級宿(一ヶ月分前払い・チップ込):金貨70枚
残金:金貨約188枚
今後、この都市で本格的に活動するには資金が圧倒的に不足していた。
エレナに自由都市の相場を確認したところ、市民権の取得(献納金)には金貨50枚前後が必要だという。 さらに正式な「商会」としての認可と営業特権の獲得、ギルドへの高額な加入金、都市への特別税等と物件の取得を合わせると、合計で金貨800枚規模の拠出が必要になる。
現代の地金価値で約5,400万円、異世界の年収換算では1億2,000万円程度という巨額だ。 今の持ち金では、市民権は何とかなっても、商会を構えて大規模な仕入れを行うことはできない。
つまり、金貨をタブレットで補充する必要があるということだ。 俺は一度、商品と資金の補充のために現代へ戻ることに決めた。
胸元から携帯灰皿を取り出し、吸い終えたシガリロを丁寧に消してインベントリに収める。
「エレナ、カイル。今から俺は一度故郷へ戻る。これから一週間、この宿から出るな」
二人にそう告げて俺がタブレットを操作した瞬間、エレナの短い悲鳴が上がった。 突然目の前で俺の輪郭が歪み、光の粒子となって消失したからだ。
「えっ、いったい何が……」
エレナは何が起きたか理解できていないようだ。
「サトシ様!? 消えた……? 転移の魔法は超高等技術のはず、できるはずが……!」
「落ち着け! 部屋の隅々まで探せ! どこかになにか仕掛けがあるかもしれん!?」
カイルが剣を抜き、注意深く周囲を見渡す。 だが、どこにもサトシの姿はなく、シガリロのバニラの香りがわずかに漂うだけだった。
「とにかく、サトシ様が戻られたときに聞くしかないでしょう。一週間、そう仰っていましたわ。信じるしか……。あの方は、私たちの『常識』の外側からやってきたのよ」
「あ、ああ……、しかしあいつは一体何者なんだ。俺が一生かかっても稼げない金を平然と使い、煙のように消える。……俺たちはとんでもない怪物に拾われたとでもいうのか……」
◇
現代の自室に戻った俺は、すぐには動かなかった。
前回現代に戻った時は焦って行動してしまった。 同じ轍を踏むわけにはいかない。 まずは資金を獲得するまでのプランを立てる必要がある。
現状、異世界の金貨を手に入れるためには現代の資金を投入するしかない。 しかしこちらに残してある預金は虎の子だ。 できることなら温存しておきたい。 やはり、当座は金貨を売却することでしのぐしかないか。
翌日朝から県内の貴金属買取店を、なるべく遠い距離で十数件ピックアップし換金へ向かった。 インベントリから「金貨80枚」を取り出す。 これをすべて、数日に分けて複数の貴金属店で売却するのだ。
幸いにも金相場は上昇傾向にあるようで、若干ではあるものの前回より高い値段で査定されているらしい。
「ありがとーございましたー」
買取店の店員が頭を下げながら大きい声で見送りをしてくる。 複数の店を回り、最後の店舗となった店のドアから出る。 ここは自宅のワンルームマンションから60km離れた県北にある大型ショッピングセンターだった。
売却収入:5,448,240円(金貨1枚あたり68,103円 × 80枚)
この資金の使途の内訳を、俺はスマホのメモ機能に記録していく。
「さて、これで資金のめどはついた。次は向こうへ何を持ち込むか、だ」
あっちの世界でこれから派手に動けば、いささか目立つことになる。 ショッピングセンターを巡った俺は、今後目をつけられるだろう状況に備えて防犯専門店に入った。
◇
翌日、俺は東京まで出て御徒町にある宝飾品の卸売街にきていた。
本来宝石の価値というものは希少性と美しさで決まる。 だが異世界における宝石の価値観はもっと単純だ。 それは「内包物がなく、カットが正確であること」だと先日知ることができた。
よって天然ものに用などない俺は、小洒落た宝飾店ではなく、ルースを山のように扱う資材屋の暖簾をくぐった。
「この合成ルビー、100粒まとめていくらだ?」
「お客さん、合成ですよ? そんなに買ってどうするんです。鑑定士が見れば一発でバレますよ」
サトシとそう背格好の変わらない男の店員が怪訝な顔をする。 それもそうだ、現代でこれだけの量を買うのはアクセサリー作家か、あるいは質の悪い詐欺師くらいだろう。 そしてサトシはどう見てもアクセサリー作家には見えない。
「構わない。実験用だ。それと、このジルコニアの1カラットも50粒。カットはトリプルエクセレント、最高精度のものを用意してくれ」
提示された価格は、一粒あたり数百円から、質の良いルビーの合成品でも三千円程度。 100粒合わせても、数十万円の予算であの世界の「王室の宝物庫」を超える輝きが手に入る。
この石たちは、現代では「安価な代用品」に過ぎない。 しかし、宝石鑑定用のルーペも、屈折率を測る精密機器も存在しない異世界では、その輝きは『神が磨き上げた奇跡の結晶』として疑われることはない。
「……一粒三千円の投資が、向こうでは金貨数百枚に化ける。まさに情報の非対称性が生む、究極のアービトラージだ」
俺は小さなジップロックに詰められた100粒の「劇薬」をインベントリに放り込み、冷たい笑みを浮かべた。
【現代資金 支出内訳】
異世界通貨へのチャージ:3,000,000円 (→ 37,500,000ルピ / 金貨1562枚・銀貨10枚分へ変換)
非致死性セキュリティ機材:約450,000円 (スタンガン×3、大容量催涙スプレー×5、防犯ブザー一式)
偵察・光学機器:約150,000円 (高性能双眼鏡、暗視スコープ)
商材仕入れ:約800,000円 (合成宝石ルース100粒、ガラス食器・陶磁器一式)
予備・生活経費:約1,000,000円 (携帯灰皿の予備、乾電池、自身の予備装備、現代での活動資金残)
「300万で金貨1600枚弱、日本円で売却できれば一億円を超える量だな」
さすがにこの金額となるとまだ現実感がわかない。 しかし何日もかけて警戒しつつ金策に走った意味はあったようだ。
「一週間に分けて、十か所を超える買取店を回った甲斐がある。だがこれ以上は税務署の網に引っかかる可能性が高い。やはり現代での換金には問題点が多い、対応策が見つかるまではこれが最後の換金になるだろうな」
しかしこれで血と汗の結晶である虎の子の預金には一切手をつけず、異世界で得た利益を再投資することができる。 社畜時代には考えられなかった、健全で爆発的な「資本の回転」だった。
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