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嗤う泥泪  作者: 雪車町地蔵
第一部 黒き泥の洗礼~アウトブレイク~

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第六話 踊る会議で踊らぬ道化師

「エクスタシィだぜ、エクスタシィ!」


 ぱっと照明がつけられて、明るくなる会議室。

 酒焼けした声を張り上げたのは、ヒグマのような男だった。


 加藤(かとう)(たもつ)

 ぼくがこれから一緒に仕事をするかもしれない制作プロダクションの、ディレクターのひとり。


「いやぁ、カトーさん。これはないわー」


 そんな加藤さんに。

 黙って映像を見ていた希歌さんが、げんなりとした様子で声を投げる。


「なにがだよ、(まゆずみ)ぃ?」

「なにって」

「願いを叶えてくれる神様だぞ? うけるだろ、おまえの視聴者層に」

「でも、ありきたりだし……」

「なにぃ?」


 片眉をつり上げる加藤さん。

 希歌さんは苦み走った表情を返す。


「じゃあ、百歩譲って神様はいいです。でも村みたいな廃墟は眉唾でしょ? あたしが子どものころだって、〝地図から消えた村〟はもう流行(はやり)じゃなかった。因習村ですら、今どきは配慮をすべきって論調じゃないですか」

「ばっかおまえ、そこがいいんだろうが」


 加藤さんは、でんと太ったビール腹を叩きながら、毛むくじゃらの顔を真剣な様子に歪めて、企画の趣旨を語りはじめる。


「いいか? クリエイティブな作品には波がある。アニメ、ドラマ、映画、どんどんリメイクブームが続いてる。つまりな、過去作の復権が来てるわけだ」

「その流れ、そろそろ終わらない?」

「うっせーな! 俺が終わらせるまでは終わらねーんだよ!」

「暴論……」


 うなだれる希歌さんとは対照的に、このディレクターの瞳には脂ぎった熱意が(たぎ)っていた。

 彼は、講釈じみた熱弁をふるう。


「次は、古い都市伝説の焼き直し(リベイク)が流行る。必ず流行る。視点だけ変えたやつが強ぇはずだ! だったら一番に来るのは──」

「トイレの花子さん」

「黛、おまえ何年オカルト系配信者やってんだ? 業界ナメてんのか」

「五年よ。五年もやってるの、こんなこと」


 うんざりといった様子で、ため息をつく希歌さん。

 もとは演技派女優を志向していた希歌さんのことだから、よほどいまの待遇が不服なのだろう。

 けれど、彼女はプロだから。


「わかってる。古すぎるっていうんでしょう? しゃぶりつくされてて、焼き直しのしようがない。なら、いまでも改善の余地がある地図から消えた村と、話が盛りやすいドラえもんみたいな神様で映像が撮りたいと?」

「わかってんじゃねーか、それでこそ俺の見込んだ女だ」

「そりゃどーも」

「オカルト動画の顧客がほしいのはエクスタシィ。緊張、弛緩、エクスタシィの順番でお出ししときゃ、客が勝手に食いついてくるって寸法よ」


 勝ち誇ったように、加藤さんが太い笑みを作った。

 希歌さんは少しだけ首を傾げて、


「カトーさん、ひょっとして、カタルシスの話してる?」

「…………」

「…………」

「うるせぇ! エクスタシィだよエクスタシィ!」


 咳払いとともに、盛大に脱線していた話の筋を彼は戻す。


「ともかく、だ。この都市伝説、〝泥泪(でいるい)サマ〟の真実を追っていくにあたって、お前たちには全面協力してもらう。安心しろ、俺だって無条件に願いを叶えてくれる神様なんざ信用してねぇよ。実在するにしろ、しないにしろ、必ず裏があるはずだ」


 すでに、泥泪サマが潜むという村まで特定したと、彼は胸を張った。

 一緒に、丸い腹がドンと突き出て、希歌さんが苦笑する。


「仕掛けは終わってるってこと?」

「いいや、今回はドキュメンタリーな感じで行く。真剣勝負(シュート)だ」


 指でピストルの形を作り、彼は太い笑みを浮かべた。


「取材の順番やお膳立て、脚本(ホン)は怪奇小説の大家、花屋敷統司郎大先生が執ってくださる。大先生のコネを使って、さっきの怪談話者(ストーリーテラー)や〝自称〟霊能力者も紹介してもらえた。モキュメンタリーとしては外しようがねぇ。問題は」


 彼はギシギシと鳴るパイプイスに背中を預けると、ぼくのほうに視線を向けてきて。


「条件として、あんたを雇えってことなんだよなぁ、終日(ひねもす)センセー」

「橘風太名義で。なにせ、ここにはクラウンとして仕事に来ているつもりなので」


 精神面でつらいことが頻発する可能性がある、今回の収録。

 ただでさえ乗り気でない希歌さんと、そのほかのスタッフに配慮し、慰安のためにクラウン〝そよかぜおじさん〟が同行する。

 これが、花屋敷先生から勧められた仕事の内容だった。


「クラウン、ねぇ」


 胡乱な表情をした加藤さんを見るまでもなく、正直にいえば気まずい。

 名刺を交換してからずっと、彼はぼくのことを努めて無視するか、たまりかねて睨み付けてくるような有様で、まったく歓迎されているムードではない。


 けれど、なんとなくだが。

 自分は、この場に必要である気がしていて。


「カトーさん」


 一つ息を吐いた希歌さんが。

 上司である彼に、これまで以上にはっきりと意見をする。


「風太くんは、これでプロの道化師なの。一度芸を始めれば、和まない空気なんて無いぐらいのプロ。他のスタッフは解らないけど、少なくともあたしは……風太くんが居てくれた方が、気分が楽」

「ふぅん、随分買いかぶるじゃねぇか。このフヌケタ顔の男がねぇ? 緊張のキの字もねぇ」

「カトーさんなんかクマじゃない。もしくはヤのつく自由業」

「でもな、黛ぃ」

「この業界が長いって自負するなら、解るでしょ? 悪い方向に転がってる現場には、オカルトとか関係なく不幸が起こるって」

「…………」


 そこで。

 どうしてだか加藤さんは、口を閉ざしてしまった。

 痛いところを突かれたという顔ではない。

 むしろ、思い当たる節に頭を悩ませている表情だった。


「それにさ」


 悩む上司に、希歌さんはいたずらっぽい表情で微笑みかける。


「もし()(だか)がいまいちだったとき、こいつにピエロの格好させて、赤い風船でも持たせて画面に映り込ませればさ、ちょっとしたものになると思わない?」

「あ、あー……万が一の保健にはなる、か?」

「すくなくとも、合成映像なんかよりは、よっぽど安上がりでしょ?」


 この〝安上がり〟という言葉がよほど効いたのだろう。

 加藤さんはひとしきりうなり声を上げた後。


「そこまでいうなら……いっかい、チャレンジしてみるか」


 根負けしたように、ぼくの同伴を認めてくれたのだった。


「ただし! 荷物持ちとADの仕事はやって貰うからな!」


 彼の言葉に、ぼくは。


「その荷物で、ジャグリングをしても?」

「やめろください!?」


 加藤さんの貴重な悲鳴を、聞き出すことに成功するのだった。


「あははははは」


 一気に緩和した雰囲気の中、希歌さんの笑い声が響く会議室。

 明るい時間が流れていた。


 ……少なくとも、今日この日までは。


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