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嗤う泥泪  作者: 雪車町地蔵
第一部 黒き泥の洗礼~アウトブレイク~

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第四話 大先生の云うことにゃ、道化さん働きなさい

 ぼくにはプロの道化師としての自負があるし、権威ある賞もいくつか獲っている。

 それでもクラウンだけでは食べていけないので、副業を(たしな)んでいた。

 小説家〝終日(ひねもす)日向(ひなた)〟という顔である。


 もっとも、こちらはあたまに〝売れない〟という枕がつく。

 刊行した小説は三冊あるが、そこから発生する現在の印税は雀の涙だ。

 おかげで、副業の副業として雑誌ライターまでこなす羽目に陥っている。


 アスリートも悲鳴を上げるような、日課であるクラウンとしての訓練を終えて。

 余暇を利用し、カタカタと半日ほどキーボードを叩いていた風太だったが、結果は芳しくなかった。


 できあがった文章は、自分で読んでみても面白くないし、これで誰かを喜ばせられるとも思えない。

 趣味で書いているならともかく、客商売としての作家なので、顧客を第一に考えなければならないことを、クラウンである自分は理解している。


「が、ダメ」


 軽妙を意図して書いたはずの会話が、すべて上滑りしていた。


「困った」


 今日何杯目かも解らない珈琲に手をつけていると、固定電話が着信を告げた。

 知っている番号だったので、すぐに出る。


「はい、(たちばな)です」

『おいおい! そこは〝大作家の終日日向です〟と大見得を切るところだろ? 相手が僕だと解っているのに対処ができない。そんなだから、キミはいまだに芽が出ないのだぜ?』


 開幕から失礼千万な物言いだが、不思議と嫌味(いやみ)のようなものは感じられない。

 スピーカーから聞こえてきたのが、声優かと疑いたくなるような美声だったことも一因かもしれない。


花屋敷(はなやしき)先生」

『そう、希代の怪奇作家! 世界で唯一の色彩小説の権威! 売れっ子ミリオン小説家、現代に蘇ったポーといえば、すなわちこの僕、花屋敷統司郎(とうしろう)だ──なんて』


 すまないねぇ、こういう外連味(けれんみ)が好きなんだ僕はと、スピーカーの向こうの彼は笑う。

 すごく胡散臭い笑い方だった。


 花屋敷先生は、ぼくにとって師匠筋の大先輩である。

 彼が大仰に語った物言いは巫山戯(ふざけ)たものでこそあったが──しかし同時に、ほとんど事実でもあった。

 先生が過去に著した長編怪奇小説〝血眸(ちまなこ)〟は、好事家たちが現代のオカルト小説を品評するとき、真っ先に名前が出てくるような代物なのだから。


「それで、そんな大先生がぼくに、なにを」

『おいおい。おいおいおい! 繰り返すが、大先生だなんて他人行儀よしてくれよ。僕とキミの仲じゃないか! もちろん──仕事を斡旋してあげようと思ってね』

「切ります」

『ちょ、待っ』


 プツ。プー、プー、プー。ガチャン。

 ぷるるるるる。

 ガチャ。


「はい、橘ですが」

『なにをいきなり切っちゃってくれちゃったりしてくれているのかなぁキミは!? ほんと、キミ、なんていうかイヤなことはイヤだって言うよね、はっきりと!? 恩とかそういうの、感じないタイプだっけぇ!?』


 そんなことはない。

 食えないころにお世話になって事は感謝しているし。

 こうやっていつまでも気にかけてくれていることには頭が下がる。


 けれど、このひとの仕事の斡旋は、だいたいよからぬものだ。

 刊行物を除けば、ぼくの物書きとしての立場は底辺。

 戦後のカス取り雑誌並みに胡乱なライター業だって、生きるためには引き受けるが、先生が薦めてくるものはどうも毛色が違う。


 そもそも、イヤなことには(いな)と言えと教えてくれたのは、この先輩である。


「先日は、なんでしたか。なんとか山……」

九頭流ヶ峰(くずりゅうがみね)の登山レポかい? あれは高値で売れただろう、月刊ズーが買い取ってくれたじゃないか』

「オカルト雑誌なのですが」


 僕の専門はそれだと、誇らしげに笑う花屋敷先生。


「足場が崩れて……何度か、滑落を」


 ついでに遭難しかけて、泥水を啜ったり。


『だから付加価値が生じる。危険を冒してでも、人は知りたいという欲求を抱えるが、それはそれ。自分だけ安全なところから見る危険というのは、とても愉快なものだからねぇ』


 ということは、やはり。

 今回の仕事も、その類いのものなのだろう。

 だとしたら、イヤだ。


『警戒するのはいいがね、それで前回の小説賞の結果は?』

「……中間落ち、です」


 ちなみに、以前刊行した出版社は軒並み潰れた。


『つまりは、文章力に問題はないにしても面白くはないと言うことだ。或いはニーズに合っていない。感情のスイッチが押せない。手っ取り早く筆を豊かにする方法はねぇキミ、愉快な経験をたくさんすることさ』


 それがネタに繋がるのは、否定できないだろうと言われれば。

 まあ、確かに否定できないけども。


『モチロンそれだけじゃない。……が、じつはキミは、その一番大事な部分ができている』


 は?


『無自覚とは恐いものだねぇ、うんうん。さて、よかったらだが、原稿を送ってくるといい。無論、忌憚(きたん)のない批評してもいいのなら、だけどね」


 書きたい物語はあっても、その形まで選ぶつもりはない。

 それに、信用できる相手からの批評は、純粋にお金を払ってでも貰いたいところだ。


 ……とはいえ。

 そのためにはこの斡旋に(イエス)と答えなくてはいけないだろう。


 九頭流ヶ峰のまえは、どこだったか。

 東北の入洲口(いりすぐち)とかいう町だった気がする。何年かに一度のお祭りということで、死ぬほどお酒を飲まされた。

 そのまえは鉄砲水に流されかけたし、もうひとつ前は渦潮に飲み込まれかけて──


 うん。

 やはり、ろくな思い出がない。


「なんだね、無言は肯定と判断するよ? ああ、するともさ! つまりOKだね? OKだと受け取った。というわけで、詳細をいまメールしておいたから、目を通しておいてくれたまえ。それから、〝泥〟にはせいぜい気をつけることだ」


 泥?


「ああ、気にしない気にしない。運命は未確定だからね。それで、内容はキミの本職が活かせるやつだ。僕の名前は自由に使っていいから、連絡は自分でするんだぞぉ?』


 悩んでいる間に、一方的にまくし立てられ。

 そうして先生との通話は、脈絡もなく終わった。


「……お礼を言う暇もない」


 イヤだと言っても、それは仕事の内容について。

 気にかけてくれる事への恩義は、(つの)るばかりだ。


 次に顔を合わせたら、なにかお土産を持って行こう。

 なんだかんだ彼のおかげで、希歌さんのヒモにならずに暮らせているのだし。


 そんなことを考えながら、メールボックスに手をつける。

 最新のメールを開き、文面を確かめ、


「……は?」


 ぼくは首を傾げることになった。


『心霊スポット探索における動画配信者の心身の管理および設備搬入スタッフについて』


 そんなサブジェクトの最後に書かれた連絡先が。


「希歌さんの事務所と、一緒じゃないか?」


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