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嗤う泥泪  作者: 雪車町地蔵
第三部 泥と水の狂騒曲~パンデミック~

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第三十八話 この手を自分は知っている

「TAKASHI、思うんだよね。この国で巫女と言えば女性だけど、世界的にはシャーマンは男性が多いって。男のシャーマンも神と繋がれるって」


 一瞬、目の前の男が狂っているのかと思った。

 けれど、もとから言動がおかしかったことを思い出す。


「そう、文字通りTAKASHIは視ている世界が違うわけ。けれど湖上ちゃんと黛ちゃんは、近づいてきている。偉いねぇ、すごいねぇ」


 ねっとりと笑いながら、男はこちらに近づいてくる。

 反射的に背後の少女を、自分はかばおうとした。

 けれど、少女はひょろりと希歌の手を掻い潜って、TAKASHI──大二郎のもとへ向かってしまう。


「お迎えのひとですかって?」

「そういう役回りではある。けれどもお嬢ちゃんは、泣いているねぇ」

「悲しいことばかりの世の中なので」


 なので、洗濯しますと結巳は口にする。


「じゃあ、邪魔だね。とりあえず死のうか」

「──ぇ?」


 起こったことは、あまりに一瞬で。

 だから希歌が理解できたのは、事が終わってからだった。


 大二郎の頭髪が立ち上がり、巨大な蛇へと変貌。蛇は少女の、か細い。あまりにか細い身体を、あっさりと貫通する。

 困惑すら宿すことが出来ず、少女は目をぱちくりとして。


 そして、血を吐いた。

 彼女の土手っ腹に、大きな大きな穴が、開いていた。


「なん」

「なんでというとまぁ、泥の聖杯に人格が残っていると邪魔なので消してこいと言うのがTAKASHIの使命な訳で。こうやって泥の聖杯を完成させるのが、シャーマンとして産まれたTAKASHIなんだけど、そのためにユアチューバーになったりして、結構たいへんで」

「しにたくな──」

「でも死ぬ。というか、死ねと望まれ続けてきたんだろ、お嬢ちゃんは? TAKASHIが神と繋がることを願われたように」

「────」


 少女の瞳を、昏い絶望が支配する。

 わずかな命の光が消える前に、結巳は縋るように振り返り、希歌へと手を伸ばした。


「っ!」


 必死で手を伸ばし、彼女を抱き留めようとするが、結巳の身体はボロボロとほどけ、腕の中をすり抜けてしまう。

 ただ。


「なんで、こんな、くるしい──」


 そんな、あたりまえの苦痛を、嘆いて。


「ほし、みたかっ……た──」


 消滅する。


「この野郎……!」


 拳をギュッと握りしめ。

 顔を跳ね上げ、双眸を怒りに燃やして睨み付ければ。

 大二郎は挑発的に笑った。


「復讐心に満ちた素敵な眼差しだぜ黛ちゃーん。TAKASHIの次にかっこいいな。でもさ? 覚えてるぅ? 泥の聖杯に願いをかけたのは、そうTAKASHI。だから、この願いは絶対に叶っ──」

「殺してやるッ」


 殺意とともに右手をかざせば、虚空から数百匹もの蛇──蛟霊が大二郎へと躍りかかる。

 しかし彼はそれを躱すこともせず。

 蛟霊は大二郎を通り抜けてしまう。


「なんで!?」

「だからぁ、視ている世界が違うんだってば」


 苦笑する大二郎が手を振り抜けば、蛟霊は縦に分割され、衝撃波は希歌の上着まで切り裂いてしまう。

 羞恥心に服の前を掻き抱けば、もう目の前に、大二郎の顔があった。


「むぐっ!?」


 無理矢理に、唇を奪われる。

 ギラギラと輝く悍ましい瞳が、野心的に希歌を狙う。

 唇を割り、歯をこじ開け、それこそ蛇のように執拗な舌が希歌の口腔を侵す。


 ──ふざけるな。


 怒りが、脳裏を焼いた。

 自分の身に降りかかった理不尽に対してではない。

 ファーストキスを奪われたとか、センチメンタルな話をするつもりもない。


 けれど、自分と似た境遇の少女の命を眼前で奪われ、さらなる陵辱を許すなど。

 他の誰でもなく、黛希歌の精神が許さなかった。


「ぎゃっ!?」


 大二郎が悲鳴を上げ、飛び退く。

 押さえた口の舌から、ぼだぼだと滴るのは血液。


 希歌は、口の中にあった肉片を、ペッと吐き出す。

 舌を、噛み切ってやったのだ。


「水の巫女の分際れぇ! 見逃しへやらろにぃ!」


 文字通り舌足らずの言葉を口にする大二郎に、希歌は赫怒(かくど)をぶつける。


「うっさい! あたしはあたしなの! 役目なんて、自分が選んだ女優だけで十分だっての! 消えろ、死ね、このクソレイプ野郎!!!」

「う、ううう、うをぁあああああああああああああああああああ!」


 頭を抱えた大二郎が身を捩り。

 次の瞬間、その身体が弾けた。


「だったら、使命を、はたせぇええええええええ!!!」


 弾けた大二郎は、蛇の濁流と化し、希歌を、真っ白な世界を埋め尽くす。

 流れに翻弄され、もみくちゃにされながら、それでも希歌はあきらめていなかった。


 結巳。

 彼女は消えてなくなったけれど。まだほのかに、この手の中に熱があったから。

 だから、せめて彼女の最後のぬくもりを、こんな醜悪な怪異に奪わせまいと。

 希歌は、右手をソラへ伸ばして──


 ──触れた。


 指先が。

 神経が。

 こころが。


「────」


 爪を撫でる。逆むけのある指先をさする。

 鍛えられた硬い指の節、けれど奇術のために柔らかな手のひら。

 あたたかな手。

 もっと知りたい、もっと思い出したい。

 手を伸ばす。


 ジョリジョリとした無精ひげ、柔らかではない頬。

 小さめの耳の形。

 筋の通った鼻、二重のまぶた、短い髪の毛。


 ──いつも笑っているような、しまりのない顔。


「────」


 希歌は。

 顔をくしゃくしゃにして。

 感極まって、その名を叫んだ。


「──風太くんんんんんんんんんんんん!!!!」


 右手が引っ張られ、身体が一気に浮上する。

 蛇の海を抜ける寸前。

 大二郎の嘲笑が響いた。


「ひははは! また? またそれか! TAKASHIは邪魔をしないよ、馬に蹴られるのはごめんだから! でも、だったらやって見せろよな。このクソみたいな世界を、クソでないと証明してみせろよ。あの日、あのとき、気まぐれでも愛を信じてみようと、きみがTAKASHIに──俺に、思わせたんだから。ねぇ、だから伝えといてよ黛ちゃーん? ちゃんと花を咲かせてみせろってさ──」


 希歌は答えなかった。

 ただ、無言で頷いて。

 そして。

 そして──


「希歌さん……!」


 誰よりもよく知っている声が──けれどもう十年も耳にしていなかったような声音で。

 夢から、醒める。


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