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嗤う泥泪  作者: 雪車町地蔵
第二部 泥泪サマはそこにいる ~エンデミック~

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31/33

第却話 涙よ、流れるままに枯れ果てよ

 ──このことを、橘風太は覚えていない。


§§


 幼い黛希歌が、病院で息を引き取ったとき、彼はその場に居合わせた。

 激しい発作で、胸と喉をかきむしり、力無い身体で暴れに暴れて、そして希歌は確かに死んだ。


 呼吸は停止し、心臓は止まり、脳波は途絶え。

 医学的には、死亡したとしか表現できない状態だった。


 そのときの風太にとって、彼女の死は恐怖でしかなかった。

 風太は怖かった。

 死の(けが)れも。獣のように唸り、暴れまわる様子も。

 けれど、何より怖ろしかったのは。


 大切な幼馴染みが、永遠に(うしな)われること。


 橘風太は、酷く泣き虫だった。

 些細なことで取り乱し、臆病風に吹かれて尻込みする。他のこどもたちからも浮いていて、あまりに世間となじめない、そういう少年。


 そんな彼を、黛希歌だけが見放さなかった。

 どこに行くにも、彼を無理矢理連れてまわし、家の中から引きずり出して、危険な場所へ、外の世界へ導き出す。

 イヤだといっても聞かないし、そもそも少年には否と言えるほどの度胸もなかった。


 お転婆な少女は崖から飛び降りて遊ぶことや、石垣を蹴って跳躍する遊びを少年に強要した。

 近くの廃神社に忍び込み、ご神体を玩具に振り回し、落ちた神棚を使ってままごとをした。

 好きでもないお菓子を押しつけ、読んでいる本の代わりに竹とんぼを握らされた。

 風太は幼馴染みに、それはそれは傍若無人の限りを尽くされた。


 黛希歌は橘風太にとって、厄介きわまりない〝災害〟で。

 ──だからこそ同時に、憧れの対象でもあり。


 常に我が道を()き、周囲を明るく照らし出す少女。

 彼女に、少年は限りない憧憬を覚えていたのだ。


 そんな少女が、死んだ。


 少年の目の前で死んだ。

 とても受け入れることが出来なくて、怖ろしくて、風太は病院から逃げ出した。


 走った、走った。

 泣きじゃくりながら、必死で走った。

 どこかへ向かいたかったわけではない。それでも脚は、自然と少女と同じ時間を過ごした場所へと向いた。


 辿り着いたのは、廃神社。

 もう奉る宮司もいやしない、管理すらされていない壊れかけの神社。

 狛犬の代わりに苔むしたうさぎ(・・・)の石像が転がり。

 名前すらも定かではなくて、雨風で摩り切れた鳥居に、朽■神■の文字が辛うじて窺えるだけである。

 あちこち腐って傷んでいるので、大人達からは立ち寄らないようにと念を押された場所だったが。

 けれど、彼女と少年は、ここで多くの時間を過ごした。


 少年は拝殿の扉を押し開くなり、その場に跪いた。

 彼は作法を知らない。

 彼には知識がない。


 それでも跪き、両手を合わせ、一心不乱に神に縋った。


「どうか」


 どうかあの娘を。


「希歌さんを、たすけてください」


 神社には神様がいる、神様は願い事を聞き届けてくれる。

 それが都合のいい話だと言うことぐらい、幼い少年にも理解できた。まだしも対価を求める悪魔の方が身近だったが……

 だとしても、願わずにはおれなかった。


 彼にとって、黛希歌はおのれのすべてだったから。


 だから願った。

 祈った。

 呪った。


 そして──差し出した。


「もう、ぼくはわがままをいいません。なんでもします。きらいな食べものも残さず食べます。こまっているひとがいたらたすけてあげます。どんなにつらいことでも、それがよいことならあきらめずにやりとげます。それに」


 それに。


「もう、ぼくは泣きません。涙なんかながしません。希歌さんを、たくさんのひとを笑顔にできるよう、なんだってします。だから、おねがいです」


 もう彼女から、なにも奪わないでください。

 必要なものは、全部自分が差し出しますから。


「だって、イヤなんです」


 これまで、イヤだなんて言葉は、口にすることも出来なかったけれど。

 それでも。


「希歌さんがいない世界なんて、イヤなんです! だから!」


 たすけてください。


 そんな願いを、何度も何度も。

 何度も何度も何度も。愚かしいぐらい、見ていられないぐらい、見苦しいぐらいに何度も繰り返して。


 そうして、視た。


「……え?」


 涙ににじむ世界の中に、真っ赤な光が輝くことを。


「わぁ!?」


 光は爆発し、少年は拝殿の外へと吹き飛ばされる。

 轟く音、なにかが崩れ落ちる音。


 顔を上げたとき、社は完全に崩壊していた。


 なにかが、少年の頬を拭った。

 暖かななにかが目元に触れて、それまで流されていた涙と呼ばれるものを奪い去る。

 声が、響く。


『ここにひとつの命がある。お前様(まえさま)の命を、その娘に与えよう。けれど忘れるな。故にお前様に──正しき死はない』


 少年は、漠然と理解する。

 自分はもう二度と、こころから涙を流すことは出来ないのだと。

 同時に、胸の奥で何かの炎が灯った。


 ──のちに。

 病的なまでに、他者を笑顔にしようとする使命感は、このときはじめて、彼のなかで芽吹き──


 そして、少年は気を失った。


 目を覚ましたとき、橘風太は自宅のベッドにいて。

 廃神社で起きたことを、なにも覚えていなかった。


 代わりに死んだはずの幼馴染みが。

 黛希歌が息を吹き返し、そして快方に向かうのだが……その因果を彼が知ることは、未来永劫ない。


 なぜなら──


「そう、これは僕らが『なかったこと』にした事実だからだ。いやはや、まったく運が良かったと言うべきか、悪かったと言うべきか。検閲如き(・・・・)で済んで、まったく胸をなで下ろす。とかく、さて……数少ない後輩のために、これだけは言っておこう。キミはどこまでもただの人間なのに、苛酷な運命を背負ったものだねと。なぁ──」


 世界の外側に向かって。

 声は告げた。


終日(ひねもす)日向(ひなた)先生?」



§§



 これは世界から削除された少年の誓い。

 検閲された歴史。


 ──このことを、橘風太は覚えていない。

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