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嗤う泥泪  作者: 雪車町地蔵
第二部 泥泪サマはそこにいる ~エンデミック~

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第二十二話 託される呪詛

 儀式が始まる前、ぼくだけが別室に通された。

 特になにもない、こぢんまりとした部屋。


 あとから入ってきた小鳥刀自が、危なげもなく上座に腰を下ろす。

 目が見えていないとは本人の言だが、とてもそうとは思えない矍鑠(かくしゃく)とした足の運びだった。


「さて、坊の名前はなんち(ゆう)たかね?」

「風太。ぼくの名前は、橘風太です」

「柑橘の橘に、風と太陽で風太か?」


 その通りだと、頷く。


「どこぞの寺社(じしゃ)、或いは由緒の正しい武家の生まれ(という)ことはなかか?」

「まえにも同じようなことを、川屋華子さんに聞かれましたが」


 自分の家は、何の変哲もない一般人だ。

 父は会社員で、母は編み物教室を営んでいる。年の離れた妹がひとりいるが、あれも別におかしなところはない。


「むぅ……」


 刀自はなにかを思案するように小首を傾ぎ、それから、


「ちくっと、そばに寄りんしゃい」


 と、言った。

 躊躇していると、老婆は言葉を重ねた。


「なんの。取って食うわけでんなか。そいとも坊には、ばあが女子どもを貪り呪うバケモンにでも見えるがか?」

「いえ」

「そいなら、怯えんと()こうよりんしゃい」


 納得し、言われるがまま近づくと、「左手を出せ」と命令される。

 素直に差し出せば、しげしげと眺められ、撫で回された。

 ……いや、執拗なまでに撫で回され続ける。


「あの」

「もうちくっと撫でさせい」

「そうではなくて」

「なんち?」

「……希歌さんは、大丈夫なんでしょうか」

「…………」


 気がかりなのは、彼女のことだ。

 加藤さんと田所さんはなんとかなると、この老婆は太鼓判を押した。

 だが、希歌さんに関しては、楽観視をしているようにはとても見えなくて。

 少なくとも、何か怖ろしいものがいると、彼女は知っているはずで。


「彼女に取り憑いているのは、赤ん坊の幽霊ですか? それとも、もっと怖ろしいものですか?」

「なして、そがん思う?」


 どうしてかと問われれば、困る。

 確証はなにもない。

 けれど。


「泥人形」


 その言葉を口にした途端、老婆の手がピタリと動きを止めた。


泥泪(でいるい)サマという都市伝説を追いかけて、結果ぼくらは追い詰められました。都市伝説に、逆にです。けれど、だからこそ目の前にある事実もあります」


 それが、赤ん坊の泣き声と、赤い口をした泥の人形だと知った。

 けれど、本当に赤ん坊の声かどうかは解らない。

 希歌さんも、老婆のうめき声のようだと言っていた。


 だが、もし、あれが人間のものだとするなら。

 相手は超常のバケモノから、もとは人間だった幽霊になる。


 水子の幽霊というのなら、それはそれで怖ろしいが。

 怪異の正体が、なんだかわらかないままよりかは、よほどマシだ。

 人間は、どこまでもいっても人間なのだから。


 この差は、たぶんバカにならない。

 少なくとも、心に余裕が生まれる。


 だからこそ、訊ねたのだが。


「……坊には、視えただか。そうけぇ。そうけぇ……」


 小鳥刀自は、ジッと両目を閉ざし、噛み締めるように唸った。

 その顔色が悪くなっていることを見て、遅れて背筋に寒気が走る。

 ひょっとすると、自分は聞くべきでないことを、知らないでいる方がよかったことを知ってしまったのではないかと。


「運命ちゅーもんは残酷よなぁ」

「…………」

「このばあにも、あい(あれ)が何かはわからんよ。ただ、名前は伝わっとる。泥泪サマのことじゃ無か。古ぶるしきは〝ナズミヅチ〟とね」


 ナズミヅチ……?

 どこかで、聞き覚えが。

 反射的に、暇を見つけては創作の足しにとつけているメモ帳を開こうとして、いまだに手を掴まれていることを思い出す。


「あの、手を」

「正体はわからん。赤子の霊、水子の霊であれば、ばあがどうとでもしてやれたじゃろうにね。そうではなかった。あいは、幽霊なんて生易しかモンではなかと、心得ておきんしゃい」

「……はい」

「よか、坊もよか男じゃ。そいけんね──」

「──っ!?」


 突然の痛みが襲う。

 左手の甲に、激痛が走った。


 見れば、刀自がどこから取り出した、ねじくれた木の根のようなものを、手の甲に突き立てていたのだ。

 それは、貫通していた。


 痛みに声も出ない自分に。

 老婆が、手を離さないまま告げる。

 おぞましい根が、ぐるぐるととぐろを巻きながら腕の中に侵入してくる感覚に、気が狂いそうになる。


御主(おんし)、得意なことはあっか? なにより秀でたと口にできることはあるか? 命を張って願える思いがあるか!?」


 なんで。

 なんでこんなときに、そんな話を。


「答えんしゃい! でなけりゃ、体内の泥に食い殺さるっぞ! 他人の願いに食い殺されっぞ!」

「得意なことなんて、ない。ぼくは、どうしようもないただの人間だから」

「…………」

「だけれど、誰かを笑わせることが、ぼくは好きだ」

「そいは」


 老婆が、見えないはずの両目でぼくを直視し、問う。


「そいは、()しいたこのばあも、笑わせられるほどのことか?」


 呼吸を整える。

 痛みで痙攣する肺臓を、引きつった顔の筋肉を、ありったけの精神力で意識下に置く。

 そうして、クラウンとしてのおのれを確かに保ち。


 老婆の手を、自分の口元へと導いた。

 しわくれた小鳥刀自の指が、ぼくの口元を撫でる。


 自分は笑っていた。

 脂汗に塗れ、痛みに全身を震わせながら、それでも。


「…………」


 やがて。


「クッ、ケッケッ」


 喉の奥が引きつるような音が、室内に響いた。

 老婆が、笑ったのだった。


 皺だらけの顔を、じつに楽しそうに歪めて。先ほどまでの取り繕ったようなものとは違う、心底の笑顔で。


「ああ、楽しいねぇ。まさかばあも、こんな耄碌してから知るとはおもわなんだよ。そうけぇ、そうけぇ……ひとは相手が笑っていると、自分も笑えるんやねぇ」


 得心がいったように何度も頷きながら、小鳥刀自は手を離してくれる。

 そうして、その左手の治療をはじめながら、


「坊、賢しい坊や。教えておくれ」


 柔らかな声で訊ねた。


「花は、どこに咲くのだろうねぇ」


 治療を受けながら、包帯を巻いて貰いながら、少し考えて、答える。


「土に」

「そうじゃ、土の上に根ば張り、水ば受けて葉を広げ、太陽の光ばいっぱいに浴びて花ば咲かせる。やがて風が吹けば、干からびて枯れる。そいば、ようと覚えとかんばたい。種は必ず泥に()かれ、花はかならず、この世に咲くと」

「…………」

「さあ、できたよぉ」


 治療を手際よく済ませた刀自は。

 白髪頭をゆっくりと下げて見せ。

 驚く自分に、こう告げるのだった。


「あの娘さんを、見ていておやりねぇ。大事なモンは、決して手放したらいかん。もしものときは」


 坊が、意地を張るんだよ──と。


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