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嗤う泥泪  作者: 雪車町地蔵
第二部 泥泪サマはそこにいる ~エンデミック~

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第二十話 タバコを一本拝借

雪鎮(せっち)ぃぃぃん! ふざけんじゃねぇぞテメェ!!」


 加藤さんの怒声が、田舎道を疾走するバンのなかに響いた。

 狗鳴(いぬなき)躯劾(くがい)の除霊が失敗したあと、ぼくらは脱兎のごとく山から逃げ出し、いまは永崎への帰途を、法定速度ギリギリで走っていた。


「こっちは命賭けてんだよ、一所懸命だぞ一所懸命! 謝りゃすむって問題じゃねぇだろうが、バーカ! この──便所みたいな名前しやがって!」


 全員がそれとなく黙っていたことを、躊躇なく口にする加藤さん。

 けれどそれほどまでに、彼のなかの怒り──あるいは切迫(せっぱく)した命の危機、恐怖と呼ばれるものは──限界まで高まっていたのだろう。

 そうしてその恐怖は、この場にいる全員が共有するものだった。


 取り乱すことがほとんどない田所さんですら、カメラを握る手が震えるのを抑えることで精一杯だし。

 女優であり、こういったオカルトと正面切って取材を繰り広げてきたはずの希歌さんですら、顔色が悪い。

 ぼくに至っては、鼻血が止まらない有様だ。

 ……もっとも、これは自分の過失で、加藤さんに殴られた所為なのだが。


 とはいえ、命の危機に陥ったことに変わりはない。

 雪鎮さんが怒鳴られるのも、褒められたことではないが仕方なかっただろう。


「俺たちの命まで便所に流すつもりかよ! 水洗便所かこの野郎! 祟りを水に流すぐらいの気概を見せろ馬鹿! 臭いんだよテメェ!」


 ……そこまで言うのは、さすがにかわいそうだったけれども。


「とにかく、どっか安全な場所を──あ? は? テメェは、あたま南部鉄器か? 俺のへそが分福茶釜(ぶんぶくちゃがま)だわ!」


 急にまたキレ始めた我らがディレクターだったが、しかしだんだんと言葉尻はトーンダウンしていき、通話の内容にうんうんと相づちを打つ。

 それから、彼の代わりに車を運転していたぼくの肩を叩き、道の端へとバンを寄せ、停車させる。


 さらに二言三言、加藤さんたちは会話を交わし、


「……わかった。やるっつーなら、ところとんやってやるよ」


 不機嫌そうな顔で、通話を打ち切った。

 助手席から車内を見回して、加藤さんが告げる。


「雪鎮の野郎が、〝こんなこともあろうか〟と、別の霊能力者を準備してたらしい。こっから三時間ぐらいの距離、北に向かって走ったところにある村。そこにいけば、助かるかも知れねぇときた」


 どうする? と、彼の目が全員に訊ねた。


「どうするって……カトーさん。あたし、もうやだよ……こんなひどいなりでさ……」


 意気消沈する希歌さんだが、それも仕方がないことだった。

 彼女の顔は、いまだ弾けた躯劾の成れの果てがこびりついており、衣装であるゴシックドレスは逃げるときに転倒したことで、ギリースーツのような有様だった。


「安心しろ、着替えは積んである。田所の手作りだ。チャイナ服だぞ」

「そういう話してないっしょ!」


 怒声を上げる希歌さん。

 目の前で人がひとり消えてなくなって、平常でいられる方がどうかしている。

 それは、田所さんも同じだったようで。


「……自分は、あくまで借りられたカメラクルーなんッスよね。なんで、そろそろこの件からは降ろしてもらいたいつーか」


 これ以上、深追いする気も相乗りする気もないとはっきり告げる彼。

 神妙な顔で、加藤さんが頷く。


「ふたりの話はよくわかった。実際、俺らは限界だ。橘センセには黙ってたが、このチームは財政が火の車でな。このままだと、上から首を切られるとこまで来てる」

「それはカトーさんがプロダクションのお金を勝手に使ったからじゃん!」

「うるせー! 永崎の夜景にプロジェクションマッピングはベストマッチだと思って機材の先行投資したんだよ! 俺だって失敗だと思ってらぁ!」


 どうやら横領に近いことをしていたらしいディレクターは一度大きく吠えて、また肩を落とす。


「ごほん……ともかくよォ。だから、一発デカイ山を当てたかったんだが……なあ、おまえはどうする? 橘センセーよぉ?」


 渋面の彼が、こちらを見た。

 先に進むと言ってほしいようにも、ここでやめると言ってほしいようにも、どちらとも取れる曖昧な表情。

 すがりつくような、突き放してほしいような彼に。

 ぼくは、


「加藤さん、タバコ、もってますよね?」

「あ?」

「ですから、タバコ。一本、戴けませんかね」

「……おう」


 不承不承といった様子で、ひしゃげたマルボロを差し出してくる加藤さんから、一本タバコを拝借する。

 それを受け取り、ライターで火をつけようとして、ぼくは動きを止めた。

 何事かと、全員がこちらを注視し。


「あ」


 希歌さんが、真っ先に声を上げた。


「……逆」


 タバコの吸い口と火口が逆になっていた。

 ぼくは申し訳なさそうにタバコを口から外し、今度は吸い口の向きをしっかり確認して口に挟む。

 しかし、またも向きは逆。


「あっれー?」


 おかしいなぁと頭を掻いて、向きを確かめ。

 咥えようとすると、タバコが消えた。


 困惑する一同。

 ぼくは周囲をキョロキョロと見渡し、田所さんに向かって頭を下げ、両手を合わせる。


「じ、自分ッスか!?」


 頷きながらカメラマンの上着のポケットを触ると、そこからタバコが飛び出した。

 今一度タバコを吸おうと試みるぼくだったが、何度やっても吸い口が逆になってしまう。


 逆転しないようにと、とうとう中程から、ぼくはタバコを引き千切り、安心した笑みを浮かべて口に挟む。

 たばこは、また逆だった。


「おー、まい、がっ」


 肩をすくめ大きく落胆するぼく。

 チラリと様子をうかがうと、この場にいる全員の視線が自分に集中しているのが解った。

 今度こそ絶対にと。

 ぼくは勢いよくタバコをくわえる。


 成功。

 吸い口は逆になっていない。

 誰もが胸をなで下ろすなか、自慢げな表情でぼくはタバコに火をつけて。


 次の瞬間タバコは、パッと音を立てて燃え尽き、煙に変わってしまった。


「……けほっ」


 輪っか状の煙を吐き出すこちらを見て、まずは希歌さんが。

 続いて加藤さんが吹き出す。

 くすくすという笑い声は、やがて全員の大笑いに変わった。


「あー、ああ、チクショウめ」


 加藤さんが笑いながら、バシバシとぼくの肩を叩く。

 痛い、結構痛い。


「花屋敷大先生の推薦は間違ってなかったな。橘センセ、あんたは確かに、俺たちの精神衛生上、必要なひとだ」

「でしょー! だからいったじゃんカトーさん!」

「うるせーよ! おまえだって手のひら返しやがって……もっと早く言え!」


 ギャンギャンと口論を始めるふたり。

 それを見守っていると、軽く肩を叩かれた。

 視線を廻らせれば、田所さんが苦笑を浮かべている。


「……笑うって、凄いことなんッスね」

「凄いかどうかは……けど、これだけは言えます。笑ってる間は、大丈夫になるんです」


 短い会話だったけれど、彼は咀嚼するように目を閉じて。


「センセーさんは、才能あるッスよ。小説はともかく、道化師としては間違いなく。自分が保証するッス。これでもカメラマンだから、ひとを見る目には自身あるッスから」


 そう、言ってくれた。


「いや……ぼくは、そう大した人間ではなくて。ただ、希歌さんに」

「風太くん! また初手否定をする。それは悪いクセだって!」


 初手でもなんでもないだろ、このタイミングは。


「よぉし、おまえら!」


 加藤さんが、拳を振り上げながら豪快に笑う。


「怪異かナンダかしらねーがよ、ここまできたら戦争だ、戦争! 俺たちが勝つか、あの泥が負けるか! てってーてきにやってやろうじゃねぇか!」


 そのためにも。


「いくぞ、次の霊能力者って奴のところに」

「予算は」

「……持ち出しだ」

「えー」


 えーじゃないと、ディレクターは怒鳴り。


「それで、カトーさん」


 希歌さんが、至極当然のことを訊ねる。


「その霊能力者って、誰?」

「聞いて驚けよ。九州一円の自称霊能力者どもの元締め、齢九十を超える老獪(ろうかい)──〝箱屋敷〟の禁后(きんごう)小鳥(ことり)だ」


 かくして。

 次の目的地へと向けて、バンは動き出す――

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