第十八話 修験道者・狗鳴躯劾
「えっと……カメラ回ってる? それじゃあ──はい。画面の向こうのみんな、オドロにちわ! オカルト体当たり検証系ゴスロリユアチューバー・黛希歌です! 今日はね、スタッフ一同除霊をうけるために山を登ってんだけど──」
田所さんが撮影をするなか、登山用ゴスロリ装備に身を包んだ希歌さんが、これまでのいきさつを説明する。
九州でも有数の霊山として名高い求菩提山。
その急峻な登山道を、先頭きって確かな足取りで進むのが、雪鎮さんのツテでやってきた専門家だった。
「それで、今回除霊を行ってくれるのが、修験者の狗鳴躯劾先生。このみち三十六年の大ベテランで、密教や神道にも造詣の深いかただと伺っています。先生、今日はよろしくお願いします」
「黙って歩けぃ。ここはすでに、お山の中ぞ?」
「……とまあ、とりつく島もありませんが。やはりプロ、譲れない一線があるのでしょう」
ひくひくと口元を痙攣させながら、なんとかナレーションを終える希歌さんだったが、おおよそ躯劾の印象は最悪だった。
ディレクターの加藤さんと同じぐらい屈強な肉体を持ち、修験者の格好をした壮年の男性。
目つきは異常に悪く三白眼。
ときおりこちらの様子を確認しているのか振りかえるが、ほとんど睨まれているとしか思えない。
数時間前、顔をつきあわせたときからして、その視線の酷薄さは変わっていないが、身なりはまったく違っていた。
打ち合わせの場所であるファミレスに現れた躯劾は、実にみすぼらしいかっこうをしていた。
シミだらけの薄汚れたジャンパーを羽織り、顔はひげ面、歯は黄色、頭はふけだらけ。
ホームレスか、職業難民といった有様で。
勝手にカレーやステーキを大量に注文し、口の端からこぼしながらくちゃくちゃと音を立てて咀嚼。
挙げ句の果てに、こちらに伝票を押しつけてくる始末。
そうして食事を終えて、一息ついたところで出た第一声が、
「そいで。いくらまで出せるがか?」
だったのには、さすがの加藤さんでさえ天を仰いだほどだ。
その後。
納得いく金額が提示されてからは、比較的常識的に、かつ仕事着である修験者の格好に着替えて接してくれているが、先ほどの通り親切とはほど遠い。
それでも、一応仕事をする気はあるようで、
「先生、この大きな石は何か意味があるのでしょうか?」
「磐座、神奈備。つまりはご神体じゃ。お山そのものが大きな結界──神様の肉体としたら、こっちは要石、神様そのもんちゅーことになるっちゃ」
と、説明はしてくれる。
もっとも、
「胎内回帰、輪廻転生。内と外を隔てる結界が、まっとき姿に完成せんばならん。境界の成就なくては、毛ほども神通力は宿らんち」
「は、はぁ……?」
希歌さんですら、そのすべてを理解するのは難しいほど、専門用語と方言を交えて語るのだが。
「先生、泥泪サマという都市伝説について、何かご存じでしょうか」
「……知らんでんなか」
「どっちですか?」
「泥っちゅーもんに心当たりはある。じゃっどん、その名前は知らん。おおよそ、面白おかしく愚者がつけたもんじゃろ、一切の真実ば感じん」
「そうですか……」
ぼくらは露骨に意気消沈した。
要するに、なにも解らないという意味だったからだ。
「じゃあ、このひと──橘風太くんに異常とかって、ありませんか?」
「あ? どういう意味か?」
「彼は泥泪サマの聖杯にたまった泥を飲み干して、しまって、ですね……」
睨まれて、尻つぼみになる希歌さんの声。
躯劾はジッとこちらを見つめ。
「なんもなか」
と、それだけ言った。
「え? 何か具体的には? 他のメンツとは違う、みたいな」
「同じじゃ同じ。なんも言えん。ほれ、口よか足ば動かせ! いくぞ!」
質問は、そうして切り上げられ。
自分たちは、山をひたすら登る。
さて、山の頂上がかすかに見えてきたころ。
中腹より上まで登ったところで、躯劾は足を止めた。
ぼくも一息をつき、ペットボトルの水をあおる。
希歌さんたちも汗を拭い、呼吸を整える。
そうしていると、見当をつけたらしい躯劾が、また足を動かしはじめた。
彼は参道を横にそれ、山の中に踏み込んでいく。
後ろに続いているぼくたちも、当然ついて行くしかなく、険しい獣道を歩くことになる。
どれほど歩いたか。
眼前に、巨大な樹木が見えてきた。
「こいが求菩提の大アコウ樹よ。観光客の目には探すこともままならぬ、地元のもんもほとんど知らん、永崎のソレとは比較にならんほどの悠久をここで生きてきた神奈備そのもんよ」
つまりは、この山のご神体と言うことになるのだろうか。
……たしかに、アコウ樹といわれた大樹は、ご神体に相応しい荘厳な外見をしていた。
ボッコリと隆起した根が地上へと現れ、二股のアーチを描いている。
一見不安定に見える根の上には、屋久杉もかくやという幹が連なり、枝葉が天空を覆うほどに広がっている。
二股の根はまるでトンネルのように長く連なっており、あるいは鳥居にも似ていた。
垂れ下がる小さな根っこが、しめ縄と紙垂にも見えることが、それに拍車をかけているのかもしれない。
その奥を覗くと、岩で組まれた水源があり、滾々と清水が溢れ出して、トンネルの真ん中に小さな川を作っている。
「これ、すごい」
「うん。壮観だと思う」
「ふん。畏れがあるだけ、ぬしらはマシじゃ。この神域をキャメラに写そうなど、真っ当な神経じゃできんからのう」
ぼくと希歌さんが思わず呟くと、躯劾は皮肉げな笑みを浮かべ、残る二名を一瞥した。
加藤さんは不快そうに顔を歪めたが、そのまま田所さんにカメラを回させる。
大樹に見とれていた希歌さんが我に返り、仕切り直すように咳払いをする。
そうして、自分の役割を果たそうと、除霊について訊ねた。
「それで、躯劾先生。あたしたちに、どんな除霊を施していただけるんでしょうか? そもそも、あたしたちにはなにが取り憑いているんでしょう? それは泥泪サマでしょうか?」
「簡単じゃ」
躯劾は背中の箱笈を地面に降ろすと、テキパキと準備を始めた。
「ぬしどんには、呪い物が憑いてちょる。泥泪とかいう曖昧なもんじゃなか。オイの見立て通りならば、それは妖怪の類いじゃ。河太郎、ひょうすべ、山童──つまりは」
つまりは?
「河童じゃ」
「河童ぁ!?」
素っ頓狂な声を上げる希歌だったが、躯劾は表情を変えない。
むしろ真剣みをまして、
「人の身体に悪さをして、泥を吐き出されるなら河童じゃろう。素人にはわからんもんじゃけ、黙っちょればよか」
「ですけど」
「なんじゃ? オイはこのスタイルでこれまでやってきたんじゃ。文句があるなら帰ぇれ」
「ぐぬぬ……」
呻く希歌さんに溜飲を下げたのか、躯劾はニヤリと笑い、
「そいで、河童ちゅーても、水辺に出らんやつもおる。そいが、〝ひょうすべ〟に〝山童〟じゃ」
と、言った。
ひょうすべとは疫病の神であり。
山童は山に上がった河童が姿を変えたものだと、躯劾は続ける。
「ものは一面にて語ることは適わず。水の神が零落し河童となって、その河童が秋の収穫を終えた休耕期に山へと登り山童となる。そいで、ひょうすべというのは、勝手にひとの家に上がり込み、風呂場を汚して毒水に変える。出会った相手を呪って殺す。そいけんか、こいつら以外には考えられん」
……なるほど。
たしかに当てはまるような、当てはまらないような。
「こいつらに苦手なもんなどなか。じゃっどん、嫌がらせばすることはでくる。そいでよ、どげん奴でん効く呪い祈祷ちゅーたら、やっぱい、こいじゃろうて」
いいながら、彼はアコウ樹を指差す。
「〝神仏〟じゃ。つまり、こいからおぬしらには──」
彼は悪鬼のように醜い笑みを浮かべると。
こう告げた。
「何遍か、死んでもらうぞ」




