第十一話 見えない廃村と〝自称〟霊能力者
ガタガタの道を、バンは進む。
「ちょっとカトーさんお尻が痛いんだけど!」
「そりゃあ、おめぇのケツがデケェからいけねーんだよ!」
「ふつうにセクハラ。サイテー」
「痛い! 痛いッスよ!? 保さん自分に八つ当たりしないでほしいッス!」
なんて道中は騒がしく。
けれど、先ほどまでよりよっぽど和やかな雰囲気で車は進む。
山道を登り始めると、いよいよ揺れは酷くなり、ミキサーのように車中が攪拌される。
田所さんともども、必死で機材を押さえつけていると、急に振動が止んだ。
窓から顔を突き出せば、そこには奇妙な風景が広がっていて。
「なんだ、こりゃ……?」
ポロリと、くわえていたタバコを加藤さんが落としたのも、無理はない。
森の中に、切り取られたようにぽっかりと空白があったのだから。
「村があるって、言ってなかったっけ……?」
希歌さんの言うことはもっともだった。
少なくとも、ぼくたちが怪談士から事前に聞いていた噂話では、ここには村のような巨大な宗教施設があるということになっていたのだから。
だというのに、そこにあったのは〝曠野〟だった。
生い茂る木々が、そこだけ避けて生えるようにして、競技場ひとつ分ほどの敷地が空白になっている。
土に生気はなく、燃え尽きた塵埃のように不毛で。
そうして、一番奥まったところに、真っ白な建物が、死して横たわる巨人のようにそびえ立っていた。
「……カトーさん、ロケハンとかって」
「ぶっつけ本番だって言っただろうが。してねーよ。ただ、台本通りなら──」
車から降りながら、ディレクターである加藤さんが視線を横手に向けた。
そこには一台の車が止まっている。
青い高級車の運転席から、禿頭のやせっぽちが降りてきて汗を拭いながら後部座席の扉を開けた。
降りてきたのは、和服に身を包んだ品の良さそうな女性。
五十代かそこらだろう。
髪は結い上げており、黒縁のメガネをかけている。
首からはエジプト十字架と、六芒星が描かれたタリスマンを下げられていて。
彼女は、ひとしきり周囲を見渡すと、和服の袖から数珠を取り出し、じゃらじゃらと音を立てながら拝んで見せた。
やがて、ふたりはこちらへと歩み寄ってきて。
「■■プロダクションの、加藤保さんですね?」
「お、おう。俺が加藤だ。あんたは──」
「今回の浄霊を引き受けました、川屋華子です。こちらは弟子の雪鎮。今日はよろしくお願いします」
はんなりと微笑んだ彼女からは、焚きしめたお香のような薫りがしていた。
よくわからないで戸惑っていると、希歌さんが横から耳打ちしてくれる。
なんでも、こういった曰く付きの建物を訪ねるときは、霊能力者のお祓いを受け、それから探索するのがセオリーらしい。
「では、早速やってしまいましょうか。幸い、この霊場も、いまは穏やかなようです」
言うが早いか、弟子の雪鎮さんが、車から荷物を引っ張り出し、その場に簡易的な祭壇のようなものを作ってしまう。
荒野の上には絨毯のような布が敷かれ、川屋さんが指示するままに自分たちは正座をすることになった。
「さきに簡単なインタビューをやりたいんだが」
「問題ありません。ですが、私が話せることに限りますし、それが面白いかどうかは……」
「それを面白く編集するのがコッチの仕事だ。よし、黛、頼むぞ」
「おーけー」
さっとメイクを整えた希歌さんが、川屋さんの隣ににじり寄り、さも話を聞いている風の態勢に入る。
「それではお尋ねします。川屋先生。あたしたちは、泥泪サマという都市伝説の存在が、この場所にいると聞いてやってきました。どんな願いも叶える神様です。このことについて、どう思われますか?」
希歌さんの言葉に、小刻みに相づちを打ちながら、川屋さんは答える。
「その……泥泪サマ、ですか? これについては、私は何も知りません。ですが、世の中には人知を越えたモノが多くあります。神様だというのなら、人の願いを叶えることは容易いでしょう」
「困ったときの神頼みを、してもよいと?」
「信心とはそういうものです。ですが、この場に満ちている力はとても大きく、根深いモノのように感じられます。なので、下手に失礼を働けば、祟りがあるかもしれませんね」
「はい、カット! いったん切るぞー」
インタビューは手際よく収録され──当たり前だ、台本があるのだから──続いて、予定通りにお祓いを受けることになった。
「この場面も撮影したいんだが?」
「構いません。けれど、どうか心は穏やかに、祈祷に集中してください。あまり邪念が強いと、効果がなくなります」
「カトーさん、いいじゃん、本物っぽいじゃん。自称霊能力者すごいじゃん」
「バカか黛! 花屋敷先生がご用意された、マジモンだよ川屋先生は!」
そんなゴタゴタがあったものの。
おおよそ順調に、祈祷が始まった。
「掛けまくも畏き伊邪那岐大神──筑紫の日向の橘の小戸の阿波岐原に──禊ぎ祓へ給ひし時に生り坐せる祓戸の大神等──」
朗々と読み上げられるのは、祓詞とよばれる、清めの呪文のようなものらしい。
けれど、これは日本の神様にお願いするものだというので、彼女が数珠をじゃらじゃらと鳴らしているのとは、なんだかちぐはぐな気がする。
数珠は、仏教。仏様。
神様は神道ではないのだろうか?
そんなことを考えている間も、儀式は続く。
「諸々の禍事、罪、穢有らむをば祓へ給ひ清め給へと白すことを聞こし召せと、かしこみぃ、かしこみも白す──」
しゃん!
不意打ちのように、鈴が鳴り。
川屋さんがゆっくりと立ち上がる。
その手には巫女が使うような鈴鉾と、榊の枝が握られており、雪鎮が差し出した壺に葉先を浸す。
濡れた榊の枝で、彼女は希歌さん、ぼく、加藤さん、田所さんの順番で、額、左肩、腹を撫でていく。
額から滴った水が口元に入ると、
「……しょっぱい」
思わず、そんなことを呟いてしまっていた。
「この国と、この国の神の父である伊邪那岐命は」
振り返った川屋さんが、自分を見ながら、優しげな口調で語る。
「妻である伊邪那美命が死んだのち、迎えにいくため、黄泉比良坂をくだり、死者の国へと向かいました。そこから戻ってくるとき、身体に憑いた穢れを落とすため、潮水で身体を清めたのです。この祓詞もそう言った意味でして、いま皆様が浴びたのも、これにあやかった伊勢の海水です。おおくの悪霊、怨霊程度であれば、近づくこともできないでしょう」
柔和な笑みを崩さない女性だった。
儀式が一段落したところで、動画の尺を稼ぐため、希歌さんが川屋さんにオカルト談義をふっかける。
「えっと、所在さんカメラ回ってる? OK……それじゃあ、川屋先生。少し話をお聞きしても?」
「はい。構いませんよ。ああ、あなたは命の価値を知っているのね?」
「どういう意味ですか、それは?」
「子どものころ、重篤な命の危険を経験しませんでしたか? そのとき、たいへん大きなものが、あなたを助けているようです」
「…………」
考えるように沈黙する幼馴染み。
コールドリーディングを疑っているのかもしれない。
前もって会う事が解っている人間の、その過去を調べ上げることで、本人の思いもよらないような事実をぶつける。
これによって、あたかも自分が超能力をもっているように信じ込ませる手法を、コールドリーディングという。
道化師だって使うけれど、多くは詐欺の常套手段だ。
だから、希歌さんは警戒している。
「とても大きな力が、黛さんには働いているようです。それがなにかは、私程度の口からは──」
「ところで川屋先生は、神道の方ですか、それとも仏教? あるいはキリスト教とか? 数珠と六芒星に十字架なんて、すごくミスマッチな気がしますけど?」
彼女が言い終える前に、希歌が切り込んだ。
希歌はオカルト系ゴスロリユアチューバーであり、こういったバチバチした論戦も、動画の魅力なのだと事前に加藤さんが話していた。
「いいえ、私はどれでもなく。大事なのはバランス──」
ふんわりとしわを緩め、川屋さんがなにかを言いかけたとき。
閑静だったその場に、急な爆音が轟いた。
真っ赤でソリッドなスポーツカーが。
雰囲気をブチ壊すようなエグゾーストノートを奏でながら、猛スピードで突っ込んできたのである。
祭壇の手前に、滑るように駐車したスポーツカーの扉が、勢いよく開かれ。
高く上げられた足が、一目で高級と解る革の靴が降ろされて、地面を踏みしめる。
現れたのは、髪を金色に染め、じゃらじゃらとシルバーのアクセサリーを身につけた、サイケデリックな衣装の男だった。
「TAKASHIが待たせたワケじゃない。ホラースポットがTAKASHIの現れる準備に手間取っただけ!」
酷く尊大な言い方で、その人物はニヤリと笑った。
「どなたですか、このかたは?」
川屋さんが、いぶかしげに訊ねる。
いや、ほんとう。
……どちらさまで?




