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わたしを追放したはずの王子が、追放先で「結婚しよう」と迫ってくる

作者: たまころ

ざまぁはありません。

「プリシラ・コールスレッド侯爵令嬢をこの国から追放する!!」


 わたしにそう告げたのは、ナタディシャ国の王太子サミュエル様。わたしの婚約者だ。

 彼の隣にいるのはお察しの通り、わたしではない。

 サミュエル様に公の場では適正とはいえない距離で甘えるように寄り添っているのは、桃色の髪に水色の瞳の庇護欲をそそる可愛らしいご令嬢。


「私の心のありようを理解することのない振る舞い。今日まで見逃してきたが、もうそれもお終いだ」


 今日は貴族の子息子女が通う学園の卒業式。

 わたしとサミュエル様も今日、学園を卒業した。

 今は、卒業生とその家族、在校生で盛大に卒業パーティーが開催されている最中。


 本来は婚約者であるわたしをエスコートしてくださるはずなのに、今日の朝、突然エスコートは出来ないと告げられた。

 その時から、こうなる予感はしていたのだ。


 サミュエル様にべったりとくっついているアイリース男爵令嬢は、わたし達が二年生だったある日、編入してきた。

 体が弱かったため領地で療養していたというのは表向きの理由で、本当は男爵が若い頃に屋敷のメイドに産ませた娘を、政略の駒にしようと引き取ったということらしい。


 学園の中で生徒は平等、というのは試験の成績や規律を破った時の罰則などのこと。実際には王族から上位、下位貴族、裕福な平民に優秀な平民と多岐にわたる学生達の間には確かに身分差はあった。

 けれど、本来ならば関わりのないだろうサミュエル王太子殿下とアイリース男爵令嬢はいつの間にか気軽に声を掛け合う仲となり、気が付くとほとんどセットと言ってもいいほど一緒にいるようになっていた。


 人前で食事を食べさせあっている姿を目撃してしまった時は、公衆の面前で何をしているのかと注意をしたことがある。


「毒見してもらっているだけだが?」


 というサミュエル様の低い声に、わたしはそれ以上反論することが出来なかった。


 校庭のベンチで、耳元で何か囁きあっては二人でクスクスと笑う姿を目の前で見てしまい思わず「未婚の男女の距離ではありません!」と言ったわたしに対して、二人は目を合わせて笑った。


「さっき言ったこと、大きな声で言ってもいいか?」


「サミュエル様ったら、二人の秘密って言ったのに」


「誰にも聞こえないように話すから、許せ」


 自分達だけの世界で、気が付けばまた小声で二人は語り合う。


 こういう時、わたしはすぐに言葉が出てこない。高位貴族らしく、いや、王太子の婚約者らしく理路整然と物申さなければならないというのに。

 言葉に詰まり、言いたいことも言えないわたしにサミュエル様はよく「貴女はこの国の王族に相応しくない」と苦々しい顔をしていた。

 アイリース男爵令嬢を傍に置くようになった頃から、わたしの王太子妃教育もストップが掛けられ、彼に期待されていないことには気が付いていた。


 王妃様から受け継いだ美しい容姿、剣も馬術も人並み以上にこなし、もちろん学園での成績は常に一番だったサミュエル王太子殿下の婚約者として彼に釣り合っていないことは、わたしもわかっている。

 それでも、十二歳になったある日、王家から婚約の打診をいただいた時は、純粋に嬉しかった。綺麗なお顔で、格好良くて、上品なのに好奇心旺盛で、新しいことに出会うたびにキラキラした目をされる王子様に、わたしは淡い恋心を抱いていたから。


 彼に見合う立場の令嬢が少なかったおかげで、きっと消去法でわたしに決まったのだろうと思ってはいたけれど、お互いに会える時間を作って、時折贈り物を送りあって、節度を保ちつつも良い関係を築いていけていると思っていた。

 燃えるような恋ではなくても、穏やかにお互いを尊重しあえる夫婦になれると思っていた。

 アイリース男爵令嬢が学園に通うようになるまでは。


 華やかな卒業パーティーでの王太子の突然の発言に会場は騒めいている。生徒達が遠慮せずに楽しめるようにと、サミュエル様のご両親である陛下も妃殿下もパーティーには参加していなかったため、彼を諫められる人物はここにはいない。

 王太子であるサミュエル様付きの護衛が二人、わたしの傍に寄ってきた。


「連れていけ。明朝、王家の馬車が迎えに行くまで自宅謹慎を命じる」


 申し訳なさそうな彼らは、大人しく従うわたしを無理に拘束することもなかった。最後くらいはと、毅然と前を向き、美しい姿勢になるよう気を付けながら歩く。


 自分の家の馬車ではなく、王家の馬車に乗せられ、自宅へと向かう。

 自宅につくと、同じ会場にいた両親もすぐに屋敷に着き、抱きしめられる。


「お父様、お母さま。わたしが不甲斐ないばかりに、申し訳ありません」


 婚約者のサミュエル様は王太子というお立場から、親しく付き合うお相手は選ばなければならない。だというのに、公衆の面前で妾腹の男爵令嬢に寵愛を向ける殿下をうまく諫めることが出来ず、学園の卒業パーティーで追放を言い渡されるなんて。

 王家が、少なくとも王太子殿下が、わたし自身だけではなく侯爵家を軽んじているとあの場にいた貴族達に強い印象を与えたことだろう。

 どうしてうまく立ち回れなかったのだろうと後悔が押し寄せてくる


「そのことなんだが……」


 お父様の言葉は、玄関扉が開く音でかき消される。


「プリシラ様――!!」


「ジャネット様? ココ様も?」


 令嬢らしからぬ勢いで入って来たのは、学園で親しくしてくださっていたジャネット様とココ様。


「コールスレッド侯爵令嬢!」


「プリシラお嬢様!!」


 学園でお世話になった教師に食堂のおばさま達に、お忍びで街に出た時にいつも寄っていたパン屋の奥様に、小さい頃家庭教師をしてくださっていた先生に油絵の先生も。わたしが学園に上がる頃に結婚して退職してしまったメイドまで。


「明日には国を出てしまうと聞いて」


「会えなくなるなんて寂しいわ」


「もう教えることが出来ないのは寂しいが、きっと新たな門出となるだろう」


 いつもの顔や懐かしい顔に囲まれて、別れを惜しむ。

 わたしが国外追放されると聞いて、急遽会いに来てくださった方達の存在が悲しみよりも嬉しさの涙を流させる。

 悲しむだけではなく、わたしの明日に希望があることと仰ってくれた先生の言葉に胸が熱くなった。

 新たな門出と聞いて、ふと、ある国が思い浮かぶ。


「せっかくだから、イースウッド国に行ってみようかしら」


 幼い頃からずっと憧れていた芸術のイースウッド国。

 サミュエル様の婚約者になってからは王子妃教育が忙しく、趣味だった絵を描くことに時間を割くことも出来ずに考えることすらなくなっていたが、一度でいいから行ってみたいと思っていたあの国。


「あの国はここよりずっと自由だと言うわね」


「身分に関係なく才能が認められると聞いた」


「うちのパン屋は息子達に任せて、主人と一緒にイースウッド国に二号店を出そうかしら」


「そういえば以前、あの国の学校からスカウトの話があったが、あれはまだ有効だろうか」


 わたしへの言葉から、次第にみんなが自分達の将来に思いを巡らせ始める。

 気づけば「わたしも」「俺も」と、移住する計画を立て始めて「みんなが近くにいてくれたら心強いけれど、この国から誰もいなくなっちゃうわ」とわたしはクスクスと笑う。


 荷造りは使用人たちに任せて、彼らと懐かしい話からこれからのことまで、夜通し語り明かした。


「出立は一人でと言われているが、後から必ず追いかけるから」


 お父様はそう言ってくださったけれど、家族にも長年仕えてくれている使用人達にも、「ありがとう」と「さようなら」を伝える。





 翌朝、王家の馬車がわたしを迎えに来た。

 本来ならば王太子殿下に断罪をされ、猶予を与えられず着の身着のまま国外へと追放されただろう。それを一晩だけでも自宅へ帰してくれたことは、長年王太子の婚約者だったわたしへの温情だったに違いない。

 裕福な家庭で、優しい家族に守られてきたわたしだが、今日からは一人だ。

 拳をぐっと握り、前を向く。


「プリシラ、昨晩はよく眠れたか?」


 朝露に輝く薔薇のように高貴な男性がわたしを出迎えた。


「サミュエル様?」


 護送のために我が家に訪れたのは、騎士ではなく、サミュエル王太子殿下だった。

 慣れた仕草でわたしをエスコートして、四頭立ての豪奢な王家の馬車へ乗り込む。


「目が赤い。馬車の中で眠ればいい。先は長いからな」


 そう言って、隣に座ったわたしの頭を自分に寄りかからせる。

 わたしとサミュエル様は公の場でのエスコートする時くらいしか触れ合うことはなかったから、これまでにない近い距離に心臓が早鐘を打つ。

 いやいやいや、眠れるわけない!!

 と、思ったものの、ほとんど寝ずに迎えた朝、暖かな体温に、不規則な馬車の振動に揺られているうちに、気が付いたらわたしはぐっすりと眠っていた。


「ほら、起きろ。この店で昼食を摂るぞ。名物料理があるらしい」


 昼頃、優しく揺り起こされた時には、いつの間にか彼の膝でよだれをたらして目を覚ました。


「夕日が綺麗に見えると評判の海岸に寄っていこう」


「ここは古い領主館を改装して宿にしたらしい」


「この街の朝市は有名らしいから、明日は早起きして行くぞ」


 ナタディシャ国の国境はとうに過ぎて、約三か月、のんびりと観光をしながら、わたし達はイースウッド国に辿り着いた。





 あれから三年の月日が経った。

 今日はアトリエを兼ねたわたしの住まいに、みんなが集まってくれている。


「国際美術金賞、おめでとう!!」


 そう言ってパン屋の奥様は特製巨大シュークリームを渡してくれた。

 この国に出店したパン屋二号店はすぐに繁盛して、今は行列ができるほどの人気店だ。


「若手芸術家の登竜門と言われている賞なんですってね。プリシラ様、本当に凄いですわ」


 花束を渡してくれたのは学園で親しくしてくださっていたジャネット様。彼女は良縁に恵まれてイースウッド国に嫁いで来て、今では親友と言えるほどの仲になった。


「好きなものを好きなように作っただけですが、評価していただけるとやはり嬉しいですね」


 情熱の赴くままに作った等身大の塑像を、せっかくだからと勧められて公募に出品した。やはり自分の情熱を全力でぶつけた作品が評価されることは嬉しい。


「でも、プリシラさんがあのような作品を作られるとは、意外でしたわ」


 チラリとわたしの隣に立つ人物に目を向けながらお話されたのは、わたしが挿絵を描かせていただいている絵本作家さん。

 イースウッド国に来てからは、趣味だった絵が幸運にも仕事に繋がり、ポストカードや挿絵の仕事をさせていただいている。

 しかし、今回わたしが製作したのは、バネのようなしなやかな筋肉が美しい裸像。


「私への愛情が形になってしまったようで恥ずかしいが、プリシラの才能が認められたことは嬉しく思う」


 わたしの腰を抱きながら、サミュエル様は照れたような表情をする。

 わたしが作った塑像の顔は美しいサミュエル様にそっくりだ。当然、のびやかな筋肉も彼をモデルにしていると思われるだろう。


「そんな粘着質な男よりも、成熟した男性の魅力ある父を、モデルにしなさい」


「日頃のお手入れで磨き上げたわたくしを後世に残してくれてもいいのよ」


 父と母がモデルにと立候補してくれる。

 わたしがサミュエル様と三か月かけてイースウッド国に着くと、両親はすでにこの国に屋敷を構え、生活基盤を整えてくれていた。父は爵位を返上し、この国で新たな仕事に就いたという。


 驚くわたしに、父は以前から移住する計画を立てていたことを打ち明けてくれる。

 古い王政のナタディシャ国では改革の噂があり、サミュエル様からある計画を聞いていたという。


 長く続いた王政による綻びを正そうと奔走していたサミュエル様の前に、ある男爵令嬢が現れた。それが卒業パーティーの日に彼の隣にくっついていたアイリース男爵令嬢だ。

 あまりの不自然さに調査したところ、次代の王の座を狙う弟殿下から差し向けられたハニートラップであることが判明する。

 早々にアイリース男爵令嬢の弱みを握り自陣に引き入れることに成功。弟殿下を欺くため彼女に惚れこんでいるという演技を続け、その裏で改革軍に接触を諮る。

 腐敗した王家を立て直すことは困難だと判断したサミュエル様は父である王を説得し穏便な引退を促した。権力に固執する弟王子は謀反の計画を立てていたことを証明し断罪。

 サミュエル様自身は公衆の面前で罪名も告げず議会も通さず婚約者を国外追放した浅はかさを露呈させ王太子の資格無しと廃嫡された。

 そうして、わたし達がのんきに観光している間に、ナタディシャ国では改革が起き、国内は混乱の真っただ中だという。


「ナタディシャ国から追放という汚名をきみに着せてしまったが、改革が終われば国名も変わるだろう。三年もすれば国政も新体制となり落ち着くだろうから、その頃には里帰りも可能だ」


 そう言ってサミュエル様は愛おし気にわたしの髪を撫でた。


「え、アイリース男爵令嬢との過剰な接触は演技だったのですか?」


 わたしは信じられなくて思わずサミュエル様の手を払いのける。


「演技でお食事を『あーん』したり、恋愛感情のない異性と五センチの距離で会話されてたんですか?」


「あれはっ! あの女に手作りお菓子を食べろと言われて、仲が良い振りをしていたから無下にすることも出来なくて、でも食べたくなくてあの女の口に全部放り込んでやっていたんだ。それに、近距離で話していたのは調子に乗ったあの女に『お前の秘密をバラされたくなければ大人しくしていろ、身の程を知れ』と注意していたんだ。人に聞かれたくなくてしょうがなくだ!!」


 わたしの身に危険が降りかからないように、改革のこと自体をわたしに気付かれないように、一切を秘密裏に進めていた。だから何の説明もできなかったと言われる。

 王子妃教育を途中で辞めたのも、サミュエル様が王家を離れる予定だったため、わたしが王太子妃になる必要がなくなったからだと言われるが、当時はそんなことを知らないからただ愛想をつかされただけだと悲しみしかなかった。


「ナタディシャ国から三か月もかけてイースウッド国に来るまでの間、お前達は何も話していないのか?」


 呆れたかのような父の言葉に、わたしは旅行中のことを思い出す。

 食事が美味しいとか景色が綺麗とか、今日は雲一つない晴天だとか、そういえば目の前のことばかり話していた。


「結婚したら子供は三人ほしいとか、自分で育てた野菜を食べてみたいとか、話をしていただろう!?」


「あれはサミュエル様がアイリース男爵令嬢との未来を語っていたのを聞いていただけですけど?」


 正直、別れた婚約者に他の女性との未来を語って聞かせるとは悪趣味な方だな、と思って「いいですわね」とか「素敵です」とか適当に相槌を打ってその美しい顔をぼんやり眺めていた。


「あら、では卒業パーティーでのあれは?」


 アイリース男爵令嬢がハニートラップだったというのなら、わたしが婚約破棄断罪劇だと思っていたあれはどうなったのだろう。


「あれは、内乱が起こる前にプリシラを国外へ出すためと私自身が王太子に相応しくないというパフォーマンスだ。私はきみとの婚約を解消するとは一言も言っていない。私はまるでハネムーンのようだとウキウキ過ごしていたこの三か月を、きみはいったいどういうつもりで過ごしていたんだ?」


「王族であり、元婚約者として国外追放を責任もって見届けるついでに外交を兼ねて物見遊山されていらっしゃるのかと」


 確かに、最初はナタディシャ国を出たというのにどこまで送ってくださるつもりかしら? と思っていたけれど、これまでずっと王太子として規律正しく過ごしてきた彼は、元婚約者の国外追放を見届けるついでに旅行を楽しんでいるのだろう。

 そのついでに、わたしの希望する土地まで送り届けてくださるのかしら。別れた女にまでお優しいのね。あら、そういえばわたしイースウッド国に行きたいと、彼に告げたことがあったかしら、などと考えていた。

 もう他の女性を愛しているとわかっていても、話をしていれば楽しいし、何よりお顔がとても美しいと改めて思っていた。


 わたし達のすれ違いに父と母はため息をつく。


「旅で疲れただろうから、今日はもう家でゆっくり休みなさい」


 そう言ってわたしを屋敷の中へ誘導しようとする父に、サミュエル様が待ったをかける。


「プリシラは私と一緒の家に帰ります。彼女の好みを詰め込んだ二人の愛の巣を準備しておりますので」


「うちの娘が婚約者でもないと思っていた男性と二人で暮らすと思っているのか?」


 もう王子ではなくなったらしいサミュエル様に父は遠慮なく厳しい言葉をぶつける。もともと一人娘であるわたしに両親は甘く、本当は嫁にやりたくない、家にずっといてほしいと言われていたのだ。

 それに、旅行中は当然部屋は別だったし、婚約が継続していたとしても婚前に一緒に住むのはどうかと思う。


「じゃあ、婚約は解消してもいいから、今すぐ結婚しよう」


 国外追放を言い渡された元だと思っていた婚約者に突然求婚されて、わたしは戸惑う。けれど、淡い恋心は消えていなかったようで、心のどこかがフワフワと喜んでる。

 ひとまずいったん両親の屋敷に入れてもらい、話し合うことになった。

 そうして話し合う過程で、政略だと思っていた婚約はサミュエル様の強い希望で結ばれたことを知った。子供の頃に王家で主催されたお茶会で一目惚れだったらしいことも聞いて顔が真っ赤になる。


「ずっと好きでした。結婚してください。出来れば今すぐ!!」


 王太子としての体面や男としてのプライドが、とゴチャゴチャ仰っていたけれど、最終的にはとてもシンプルに直球でプロポーズをしてくださった。


 ずっと政略で結ばれた、わたしには不釣り合いな尊い方だと思っていたサミュエル様のお気持ちを知って、わたしはとても驚いた。

 芸術品のように美しいお顔に、服の上からでもわかる鍛え上げられた肉体に密かに心奪われていた。

 王子らしく感情の起伏をあまり表に出さない彼が、時折少年のように瞳を輝かせて新しく知ったことや物の話をしてくれた時は夢中で聞いた。

 恋や愛ではなく、国のための関係だと思って押さえつけていた恋心ぶわりと膨れ上がったのが自分でもわかる。


「もう浮気はしませんか?」


「あれは浮気ではないが、でも悪かった。浮気はこれまでもこれからもしない。隠し事もしない」


 真面目な顔で返事をするサミュエル様は、みんなが認めるいつも冷静で優秀な王太子ではなく、同じ年の男の子みたいに見えてくすりと笑って彼のプロポーズを受け入れた。





 そうして、三年経って、わたし達はすっかりイースウッド国の暮らしに馴染んだ。

 祖国であるナタディシャ国は今は国名を改めて新しい国となった。改革を期に国を出た者も多く、わたしの知人の多くもイースウッド国に移住してきてくれたので、わたしはあの国にいた頃よりもずっと賑やかで楽しく暮らしている。

 父はもともと反乱を期に他国へ移る計画を立てていたらしい。そのうち候補にあがっていたイースウッド国に決めたのは、なんとわたしが断罪されたその日だったという。


 サミュエル様は第一王子として生まれたからには大義を背負う覚悟をしていたけれど、強い志があるわけではなかった。一目惚れしたわたしを婚約者に指名したことで、好きだった絵を描く時間を奪って従順な大人しい淑女へと変わっていく様に後悔を覚えたが、離してやることも出来ずに苦しかったという。

 そんな時に、アイリーン男爵令嬢にハニートラップを仕掛けられたことで第二王子派や改革派の思想に触れることになり、自国の新しい在り方を考えるようになった。


 サミュエル様はやってみたかったという家庭菜園を極めて、今は自分の育てた野菜を中心に小さなカフェレストランを経営している。

 筋肉喜ぶランチが特に人気で、お店はマッチョな人や健康志向なお客様を中心に賑わっている。

 店においてもらっているわたしの絵も、時折買い手がつく。


 王子でも侯爵令嬢でもなくなったわたし達は、祖国を出て幸せに暮らしている。

 わたしは今、彼のお店の入り口に飾るサミュエル様と父の筋肉の競演像を製作中だ。

 店の窓から見える中庭には母をモデルにした女神像を小さな噴水の横に作る予定。


 数年後、わたしが筋肉美の匠と称されるようになるのは、また別のお話。



数ある作品の中から見つけてくださり、読んでくださり、ありがとうございます。

ブックマーク、評価、いいね、どれもとても嬉しいです。


プリシラのご両親は大会に出るレベルの筋肉強です。


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