ラグvsグランツ
「俺たちって、何すりゃいいんだっけ?」
「第二出口に向かって、警備兵の注意を引くとかなんとか……」
「んー、よく分かんねぇけど、そこにいるやつ全員殺せばいいってこと?」
「まぁ、そういうことになるんじゃないか」
俺の隣を我が物顔で歩く男に問いかける。期待はしていなかったが、こいつはセドリックさんの言葉をちゃんと覚えていた。俺の隣を歩く権利くらいはあると認めてやってもいい。
「しかし、ラグっつったか? さっき兵士をぶち殺した手際、ありゃあ痛快だったぜ」
その言葉に、俺の気分は一気に高揚した。
「だろだろ? いやぁ、やっぱり分かる奴には俺の凄さが分かっちゃうんだよなぁ」
自分でも鼻が高い。何度も首を上下に振りながら相槌を打つ。
「……だけどよ、お前とあのガロスってデカい男、どっちが強いんだ?」
「流石に今はガロスさんかなぁ。まぁ、俺は自分より弱い奴に敬語を使ったりしねぇからよ」
「となると、あのセドリックとかいうガキは、めちゃくちゃ強いってことか?」
「違うね。セドリックさんは頭がいい上に、ぶっ飛んでるんだ。それに、俺が何をしても許してくれる。だから俺はあの人を尊敬してるのさ」
その後も、他の囚人どもに俺とセドリックさんの偉大さを分からせてやろうと饒舌に語っていると、隣の男が俺を制した。
「地図によれば、この角を曲がれば第二出口だ。不意打ちされないよう気をつけろ」
「――ああ、そうだな」
返事の代わりに、俺はそいつを殴り飛ばし、突き当たりの曲がり角へと放り投げた。
直後、グサリという重い音が響く。宙を舞った男の身体から槍が突き出し、血が四散した。
「なんだ、バレちゃってんのか。どこから地図の情報が漏れたのやら……」
後頭部を掻きながら現れたのは、無精髭を蓄えた男だった。俺の肉体は、髪の毛一本から足の爪先までが「こいつと戦うな」と強烈な警告を発している。
「そうかよ。お前がモーランってやつか」
俺は即座に、どうやってこいつから逃げるかを逆算し始めた。
「いや? 俺はグランツだ。モーランさんに比べたら、俺なんて蟻んこみたいなもんさ」
冗談じゃねぇ、と思う。だが同時に、それが真実であることも理解した。こいつの瞳が「マジ」だと言っていたからだ。
「一人だけでしたね、殺れたのは」
奥から槍を携えた真面目そうな若い男が出てきて、状況の緊迫を肌で感じた。
「こいつら強いから、雑魚どもはデリックの所まで合流してろ! 俺も後で行く!」
後方の囚人たちに怒鳴りつけ、退路を確保しながら武器を抜く。
「行かせると思うか?」
「俺が本気出したらお前ら全員殺せちゃうからさ、足手纏いはいらないんだよ」
「……そうか。じゃあクラフト、お前に死なれたら寝覚めが悪い。下がってろ」
「しかし、グランツさん!」
「いいから。……おっと!」
会話が終わるのを待つ気なんてない。
最短距離で右腕の自由を奪うつもりだったが、反応された。
「その程度なら、勝負はすぐ終わっちまうぞ」
胸を狙って突き出された片手剣を、身体を捻って回避する。そのまま、剥き出しの眼球にナイフを叩き込もうとした。
だが、ナイフは空を切り、同時に強烈な衝撃が脇腹を襲った。
「が……っ!」
内臓まで響く蹴り。尋常ではない痛みが腹部を駆け巡り、俺の身体は後方へと吹き飛ぶ。
ガツン、と頭を壁に打ち付け、視界が火花を散らした。
「なんだ、思ってたよりずっと弱いな。元から心配しちゃいなかったが、モーランさんの方は手助けもいらなそうだ」
グランツがトドメを刺そうと近づいてくる。俺の目の前に立ち、頭部めがけて剣を振り下ろした。
肉を断つ鈍い音と同時に、俺は奴の腹に渾身の蹴りを入れた。
「いっっってぇなぁ、クソッタレが!」
「いつから俺の持ってる武器が一つだと思ったよ?」
「グランツさん、大丈夫ですか!?」
慌てる若造の声が聞こえる。
「大丈夫だ。まさかトドメを刺す直前に、腕にナイフを刺してくるとはな。動揺しただけだ」
「失礼ながら、私も加勢を――」
奴らが会話に注意を割いた一瞬。俺は少しずつ体勢を変え、壁に両足の裏を密着させた。
「……待て。奴の目はまだ死んでいない。安全圏から槍で殺せ」
「分かりました!」
若いのが槍を突き出してくる。その瞬間、俺は壁を力一杯蹴って地面を転がった。先ほど手放した武器を拾い上げ、若造に向かって投げつける。
即座に、上空から降ってくるグランツの連撃。俺はそれを、左腕を盾にしてすべて受けた。
ザクザクと肉を刻まれる感覚。だが俺は、左腕に剣を深く刺させたまま強引に起き上がった。
「これでお互い、武器なしだなぁ?」
「腕の怪我も、お互い様ってわけか」
一瞬の静寂の後、アッパーが飛んでくる。
後方へ飛んで回避し、右ストレートを放つが、肘を的確に突かれ、鈍痛が走った。
――気づけば、奴が懐に入っている。
もう遅い。鼻、鳩尾、人間の急所をこれでもかと殴り抜かれ、意識が一瞬だけ闇に飛んだ。
目を開けると、俺の左腕に刺さったままの剣を、グランツが引き抜こうとしているのが見えた。
俺も武器を、と手を伸ばしかけたが、それより早く俺の胴体が右肩から左腰にかけて一文字に斬り裂かれた。
「あ……」
意識はあるが、身体が重力に従って崩れ落ちる。
だが、倒れゆく俺の左腕が奴の胴体を通過する間際――腕に突き刺さったままの剣が、グランツの腹を貫いた。
「っへ……ただじゃ死なねぇって根性だけは、見せてやるぜ……」
俺の意識は、そこで深い闇へと落ちていった。




