いつもの家庭
コツコツと扉をノックする音が聞こえた。
その瞬間、僕の意識がゆっくりと身体に引き戻されてくるのがわかる。
「セドリック様、朝食の準備が整いました。食堂までお越しくださいませ」
「すぐに行くと、父様に伝えてくれ」
「かしこまりました」と言い残し、メイドの足音が遠ざかる。
僕は寝巻きを脱いで礼装へと着替え、寝癖を整えた後、ネブラ様への挨拶を忘れずに済ませてから、食堂へと向かった。
「父上、おはようございます」
「ああ、おはよう、セドリック」
彼は我が父、ヴァレスタイン国の公爵家・アーム家の当主、クリレオ・アームである。
見事な髭と、立派な腹を蓄え、額は随分と後退している。
その生え際が僕に将来の不安をちらつかせることはあるが――
父は、生きる上で一切の不安を与えない、非常に優秀な貴族だ。
民のために率先して動く慈愛に満ちた心を持ち、
戦となれば常に勝利を掴む、恐るべき軍略家でもある。
加えて経済の采配にも長け、我がアーム家の領土アイルーは、ヴァレスタインの首都・ヴァレスに次ぐ繁栄を誇っている。
見た目以外、父には何一つ欠点がない。
だからこそ、僕はネブラ様の次に彼を尊敬している。
「アランはまだ起きてこないのか?」
アランは僕の兄だ。
やる時はやるのだが、基本的には怠け者で、ネブラ様への信仰もそこまで深くはないように見える。
まったく、許しがたい堕落だ――とは思うが、
一応信徒ではあるし、最低限の規律は守っている。
ダメな兄だがそれでも信頼できる兄なのは確かだ。
「父さん、おはよー」
気の抜けた声が食堂に響いた。噂をすれば何とやら、とはこのことか。
「“父さん”ではなく“父上”だ。それに、“おはようございます”だろう」
父はいつものように注意するが、もはや半ば諦めている節もある。
まあ、兄はいつもこの調子だ。
逆に、もし敬語で話してきたら――偽物を疑ってしまうかもしれない。
「よぉ、セドリック。今日も眠そうなツラしてんな」
「おはようございます、兄上。それと、この顔は生まれつきです」
少しヒヤリとした。
けれど、兄はいつもいい加減な口調なので、深く気にする必要はないのかもしれない。
「では、皆が揃ったな。朝食をとるとしよう」
父の言葉を合図に、僕たちは食事を始めた。
僕は昨夜の光景を思い返す。
火に包まれた彼らの叫び声が、今も耳の奥に残っている。
――彼らは無事、ネブラ様の御許に行けただろうか。
確か、教典にはこうあったはずだ。
「死した者は、焼かれねばならぬ」。
ならば、生きたまま焼かれた者は――
なおさら、確実に救われるはずだ。
きっと、ネブラ様は彼らを御導きくださる。
そう結論づけた僕は、食後すぐに席を立ち、ネブラ様への祈りを捧げに聖堂へと向かう。
――どうか、悪魔に魅了された彼らにも救いを。
僕は手を組み、心から、祈った。