剣と魔法の世界。
顔を出したばかりの太陽が、地面を少しずつ、照らしていく。
水面に光を散りばめる湖。時々、口をつける動物たちによって、波紋が広がる。
その上を舞う蝶。そうしてゆっくりと、この世界に朝が広がっていく。
ふと、宙を舞っていた蝶が、一匹の、草原で寝ている犬に近づいた。そして、その鼻先に柔らかく、そっととまり、朝を伝える。
「クウン」
目覚めた犬は立ち上がり、少し伸びをしてから走り出した。大自然の中を駆けていく。
少し遠くに、街が見えた。加速した犬は川を飛び越え、街に入り、坂や階段を駆け上がる。向かう先には建物。
風のように駆け、開いていた窓に向かって勢いよくジャンプをした。
「ぐえっ。」
華麗な着地を決めたその足の下から呻くような声が聞こえる。
犬が僕を起こしに来たのだ。
「ちょっと、痛いよ、ヴィス。降りて。」ヴィスと呼ばれたその犬は、言葉を理解したかのようにベッドから飛び降りた。
「いたたた。起こし方をもう少し考えてくれてもいいと思うんだけどなあ。」「ワン!」「それは『了解!』って意味?それとも『嫌だ!』って意味?了解なんだとしたら毎朝のこのやり取りはなんだろうね。」
「ワン!」「だめだこりゃ。」
意味のない会話を繰り返しているうちに、僕に眠気が襲いかかる。
「いまだ!」ヴィスの気が緩んだ隙に、毛布をしっかりと掴んでくるまる。
「ワン!ワン!」うーん。到底寝れたものじゃない。
はあ、と軽くため息を付いた僕は、立ち上がって伸びをする。
「おっ!」階下から漂ってくるいい匂いを肺の中いっぱいに感じた。
「ご飯の時間だ。行くぞ、ヴィス!」「ワン!」「わかるぞ。それだけは『了解!』のワン!だな。」
何も聞こえなかったかのように、真っ先に階段から降りていく。
「おいこら!フライングだ!」僕の言葉が聞こえていないかのように駆け下りていくヴィス。フフフ。僕に火をつけたな。思わずニヤリとしてしまう。
「我が肉体に力を与えん。身体強化!」
青白い光とともに力が湧き上がる。「おりゃああああ!」ここは3階だ。でも全力で壁を蹴って一瞬にして一階に到着。
「今日は僕の勝ちだ、ヴィス!」あれ?まだ来てない?おかしいな。
ほんの少し僕が早いくらいかと思ったんだけど。なぜか背筋に寒気が走る。
「ヒエッ!」階段の上を見上げようとしたら、後ろからとてつもない殺気を感じた。ゆっくりと振り返る。
「こーらー!あんた、建物の中で魔法を使うなって、何度言ったらわかるんだ!」そう叫んでいるのはこの宿屋のおばちゃん。
ちょうど朝食を作っていたのだろう、その手には包丁が握られていた。怖い。怖すぎる。思わず後ずさりながら弁解する。
「いやあでも、ヴィスだって精霊術を使って・・・ほら!」階段を指差す。
そこには落ち着いた様子で優雅に階段を降りてくるヴィスの姿。
「嘘だろ・・・」思わず口を開ける。「ほら、今日はヴィスはしっかりとしているじゃないか。御主人様と違って偉いねえ。こらルカ!あんたは朝ごはん抜きだよ!」「そんなあ。」「ほら出てった出てった。」まったく。ヴィスのやつ、覚えてろよ。そう思っていても、外に出た途端頭が冷える。
「やっぱりすんごくきれいな街だなあ、ここ。」目の前に広がる絶景にため息を付く。僕がいるのは、ドロムという街。僕は15年前にこの街に生まれた。大きく息を吸う。
僕はこの街が大好きだ。ここに住んでいる人たち。空気のきれいさ。かなり発展している街とは思えないほど、周りの自然が家々と共存している。そんな事を考えていたら、後ろから声をかけられた。
「何度も言ってるが、ここは街じゃあなくて、都市なんだがなあ。」
「あ、八百屋のおっちゃん!おはよう!」
「今日も元気がいいなあ、ルカ。」
ルカというのは僕の名前だ。自分でも結構気に入っている。
「おっちゃんも今年70とは思えないよ!」
「ありがとさん。じゃあな。今日はたくさん仕入れがあって忙しいんだ。」
「うん、またね。」
会話が終わっておっちゃんを見送った後、無駄に元気な体を動かすべく、全力で坂道を下る。風が気持ち良い。しばらくすると、目的地が見えてきた。
僕の行きつけの料理店。看板には「れすとらん」という文字が見える。これがその店の名前だ。
店名からわかる通り、店長も変わっている。「よし。」ドーン、と扉を開ける。「たのもー!」「道場破りか。」勢いよく入った僕に、すぐに声が飛んでくる。ボケてからツッコミまでのタイミングが天才的だ。
「店長、いつもの!」
「はいよ、カウンターで待ってな。」
年季を感じる店内は、どこか心を落ち着かせてくれる。
「なんだ、ルカ。今日も朝飯抜きか?」
「まあね!」
「誇らしげに言うことか?」
やっぱりすぐツッコミが返ってくる。
「おばちゃんが厳しすぎるんだよう。」
「お前が悪いときの言い方だな。」
「ぐう。」
やっぱりこの男には隠し事はできない。
「はいおまち。」
目の前に定食が置かれる。肉をメインにした朝食セット。僕のお気に入りだ。
「うん。やっぱり店長の作るご飯が一番美味しい!」
「おだてたって安くはなんねえぞ。まあそんなことより。」
店長がカウンター席に座る僕の前にたつ。
「ルカ。お前、本当に大丈夫か?そろそろだろう?」
「うーん、どうなんだろう。やれることは全部やった感じかな。まあ後は。」一呼吸置く。あとは。なんだろう。僕が今回達成したいこと。いや、最終的な目標は一つか。
「生きて返ってくるだけだ。」
僕のことばに、店長が真面目な顔になって言う。
「絶対死ぬんじゃねえぞ、『勇者様』」
僕も真剣になって答える。
「ああ。」
いよいよ明日から始まる。この世界を救うための戦いが。
「れすとらん」を出た僕は、大きな建物の前に立っていた。
王立図書館。遠くから見ると、もはや一つの城にしか見えないほどに、それは大きい。僕は小さい頃からここに来ていた。今でも週に3回以上は来ている。要するに、常連、てことだ。
大きな扉の前に立つと、その扉はひとりでに開く。この仕掛けは魔法でできているのだろうか。僕にはわからない。
「今日は、なんの本を読もうかな?」
僕は本当に、本を読むことが好きだ。読むうようになったきっかけはわからない。そもそも、僕は自分が小さかった頃の記憶なんて持っていない。今日は特に読みたい本がこれと行って決まっていたわけではなかったから、手当たり次第に気になるものを探して読みふけった。
この図書館は、広大な建物を活かしたつくりになっている。壁のように本棚が並ぶその真ん中に、椅子やテーブルがおいてあり、いつでも使えるようになっていた。
本は時間を忘れさせてくれる.。今日もまた、気がつくと昼過ぎになっていた。不意に感じた空腹感。やはり本はいい。
「うーん。」小さく伸びをして、次の行動を考える。
「ウーン、この後どうしよう。まずお昼ご飯を食べたいけど、れすとらんには朝行ったから、別の所が良いかな。」
特に行きたいところは思いつかない。商店街回って考えようかな。とりあえずいったん外に出よう。
がらららっ。椅子を引く音がやけに大きく響いた。この時間帯は人が極端に少ない。今も中にいるのは僕とあと2,3人といったところだ。
僕は大きな螺旋のように連なる本棚の間を通って、出入り口がある上へと向かう。
「あれ?こんなところに階段なんてあったっけ?」出入り口までもうすぐ、といったところに、少し小さめの階段があった。でも、入ってくるときにこんな階段はなかったはずだ。
「変だな。」階段の上の方を見上げる。上の階からは特に人のいる気配はしない。何気なくその階段に手をかけると、ガラッと音を立てて、ほんの少しだけ移動した。違和感を覚えて床と階段の接地面を見る。そして気づく。
「ああ、これ、移動できるタイプの階段か。蔵書整理に来た人が、戻すの忘れたのかな。」ゴクリ。一般の客は、この図書館の1階のみの利用が可能だ。つまり、一般の人はここから上に足を踏み入れたことはない。ゴクリ。
「ちょっとなら、大丈夫だよね・・・?」
周囲を見回して、人がいないことを確認する。なるべく音を立てないように上に上がっていく。そして扉を開いた。
「失礼しまーす・・・て、うわあ。」
その階段を登った先には、とんでもない量の本が並んでいた。本以外のものが目に入ってこない。
「なるほど、下に置ききれないはずだ、こんなの。」
この図書館は、小さい頃にいった闘技場ぐらいの大きさだ。それなのに置ききれない程のこの量。
「さすが、国が運営してるだけある。」その時、ふと一冊の本が目にとまった。近づいて題名を確認する。「あ、これ下にあった本の原作じゃないか。初めて見た・・・。」小さい頃から読んでいる好きな本の原作だった。もうかなり昔のものだ。色んなところが破れていて、表紙もかなり色が薄くなっている。
「すごいなあ。」まあ、いくらなんでもこれが持ち出し禁止なのはわかる。諦めて元の場所に戻した。
「他にはどんなのがあるんだろ・・・。」ガタン。突然、さっき僕が登ってきた階段の下から物音が聞こえた。
「おい、誰だよ、こんなところに階段置きっぱなしにしてるやつ。一般客が入ったらどうすんだよ、もう。」
声とともに、ガコッと、階段を動かす音。しばらくすると、音が鳴り止む。階段を片付けに行ったのだろう。
あれ?ちょっと待てよ?
僕はあの階段から上がってきた。2階に続く階段は他にもあるけれど、いつも鍵がかかっているはずだ。
これってまさか。
「閉じ込められた・・・?」
2話目です。この先からも読んでいただけると幸いです。