第四十三話 水道歴史館
舞湖は昔の事を思い出している。あれは確か小学5年生の時、本で読んだ神田上水が壱岐坂というところを通っていたという記述があって、意外と家から近いので歩いていってみようと思って何も考えずに向かったのだった。すると当たり前のように迷子になった。
「あれ?湯島から本郷三丁目まで来てクネクネ行けば壱岐坂、のはずよね?」
舞湖は道を一本余計に進んでしまっていたのです。迷ったと気付いたもののどうせ神田川か東京ドームかどっかしらにぶつかるから平気っしょ、と気にせず歩いていくとお目当てではなかったのですが、前に行ってみたいと思っていた建物が見えた。
「えっ、ここにあったの?こんなに近いところに」
そこには東京都水道歴史館と書いてあった。
中に入るとちゃんと受付があって綺麗なお姉さんが笑顔で
「いらっしゃいませ」
と声をかけてくれる。舞湖は軽く会釈をして順路と書いてある2階へ向かって階段を登る。平静を装ってはいるがどきどきワクワクだ。この水道歴史館は最近この場所にできたらしい。新宿にあったのを移転してきたという。舞湖はそれを知らなかったので、中学生になったら新宿へ行ってみようと思っていたのです。それが突然目の前に現れたので大興奮です。この時代はネットとかないのでただの小学生には情報が入る事はないので超驚きびっくりしているのです。
2階に登ると玉川上水を詳しく知る事ができました。小学校の先生のご先祖様だという玉川兄弟の活躍とか、失敗とか。舞湖はなんで遠くの羽村から水を引いたのかに疑問を持っていたのですがそれも理解できました。普通なら立川とかもっと下流とから水を引いた方が近いのに、とは小学生でも疑問に思えるのです。
玉川上水は四谷に監視場みたいのがあって水の管理をする人がいたのも初めて知りました。ただ水を運ぶだけではダメというのに衝撃を受けました。
「何気なく飲んでいる水道の水ってものすごい知恵と苦労の結晶なのよね。ご先祖様にもっと感謝しないとなのです」
「そうなのです」
「えっ、芽衣ちゃんなんでいるの?」
そこにはランドセルを背負った芽衣ちゃんがいました。
「なんか面白そうだから尾行してたのです。ジェンジェン気が付かないからどこで声を掛けようか悩んじゃったのよ、オホホホホ」
「尾行って。芽衣ちゃんは過保護なのです、オホホホホ」
「大事な舞湖ちゃんに何かあったら大変ですわ、オホホホホ」
て事は迷子になったのもバレてる?舞湖は顔が赤くなっています。芽衣ちゃんはそれに気が付かないふりをして、
「ここは凄いところですね。こんな博物館みたいなのが無料って素晴らしいよね。で、これはなんですか?」
「これは木でできた水道管ですね」
「木でできている水道管ですか、水が漏れそうですね」
「ここに書いてあるよ。木屑を詰めてってそんなんで平気なのかな?」
「なあるほど、まあ木の船があるから平気なんじゃない?ダメだったらみんな沈んじゃう」
「あっそうか、そうだね。さっすが芽衣ちゃん」
まだ小学生なのでこのレベルの会話です。そして2階を歩いていくとそこには例の水道橋の展示があったのですがその時はスルーしています。その時は玉川上水に夢中だったのでそっちにばかり気を取られていたのです。玉川上水は羽村から立川、小金井を通って三鷹から新宿、そして四谷まできていました。
「こんな距離の川を作ったなんて昔の人はすごいですね」
「本当、歩いて調べて掘ってなんて気が遠くなるね」
「ねえ、さっきの木の水道管ってどう使うの?川があるところでは使わないよね?」
「そうなんですよ芽衣ちゃん。水道管ですので地面の下を通って家の間を一軒一軒って大変ですねー」
「舞湖ちゃん、こっちにそれらしい説明があるよ」
そこには川が暗渠になった後の水道管が巡らされているイメージの展示がありました。
舞湖は秀光から地図の写しをもらい、
「ちょっと書くね」
そう言ってから、
「ちょっと待って。落書きできる紙ってないかな?一発本番はキツい」
それを聞いて玉井が、懐から紙を出しました。用意周到な秘書です。玉井は舞湖がすぐに出さないと機嫌が悪くなる事があるので色々と準備をしているのです。いつも怒られて喜んでいるわけではないのです、とアピールしたいのか自信満々に、
「舞湖様、これをお使い下さい」
と、目を輝かせて素早く出しました。舞湖は、あれ?なんかいつもと違う、と思いましたがなんか嬉しくなっています。若様といい玉井といいだんだんできるようになっている気がして仕事がスムーズに進むのがなんかいいなあと思いました。男達の色気モードの思惑と舞湖の仕事しか見ていない考えは全く噛み合っていません。
「玉井殿、ありがとう」
舞湖は嬉しそうな笑みを浮かべながら玉井から紙を受け取りました。玉井は顔を真っ赤にして嬉しそうにしています。それを見た若様の足は震えていましたが舞湖は全く気にせず、玉井から貰った紙に
「確かこんな感じで………、分岐して、うーん」
東京都水道歴史館で見た事を思い出しながら書き始めました。




