第四十話 芽衣ちゃんとの会話
舞湖は神田川の向こう側を見つめて少ししてから芽衣ちゃんの質問に答え始めました。
「さっきも言ったけどジェンジェンわっかりませーんなんだけどね」
「ゲソじゃない、けどって言いましたわね。つまり続きがアルゼンチン」
舞湖は真面目に話そうとしていたので芽衣ちゃんのくだらないギャグが壺にハマってしまい大笑いです。
「なんでゲソなのよ。どっからアルゼンチンが出てくるのよ。芽衣ちゃんの脳みそ見てみたインドネシア」
「なんとなくヨーロッパ。ヨーロッパって国だっけ?」
違うよね?
「後で図書館行って調べよう」
舞湖はさっすが芽衣ちゃんと思いながら深呼吸をして話をして続けた。
「小石川はこの東京ドームの辺りまで流れて来て土に吸収されて消えてたんだと思う。それで神田川ができる前、えーとここは神田山って言って山のような台地だったんだって。その神田山から湧水として水が出て小川町の方へ流れていた。それを小石川上水だったと思うんだけど、ただ徳川家康に言われて大久保さんが最初に小石川上水を整備したって記録があってね。その頃は今ここにある神田川はなかったから小石川はこの坂の下の水道橋駅辺りを真っ直ぐに線路の向こう側へ行ってたのかもしれない。それを作ったのが大久保さんなのかも。ただね」
「ただね」
「真似しないで」
「真似しないで」
「芽衣ちゃんはかわいいね」
「舞湖ちゃんはかわいいね」
「おーい、いい加減にしましょうね。続きを聞いてくださいませませ。なんで坂の上に橋を作ったのかなんだけど、一回小石川上水で失敗して神田上水は坂の上にしたんじゃないかなっとも考えられるの。小石川は一度消えて神田山の湧水として復活して小川町まで流れていた。それこそ名前のとおり小さい川がね。名前には意味があるってお父さんが言ってたから多分そのはず。とすると、小石川を湧水じゃなくて普通の川にして………」
舞湖はここで目が覚めた。なんでこんな夢を見たのだろう。そういえば私芽衣ちゃんに何て説明したんだっけ?覚えていないけど………。
舞湖はそのまま二度寝を始めました。また夢を見たのですが場面が変わっています。
「芽衣ちゃん。ここは小石川後楽園と言いまして観光名所でございます」
「舞湖ちゃん。わざわざ舞湖ちゃんが来るという事はまた水絡みですね」
「その通りでございます」
「さっすが水博士ですね。水野さんだけに」
芽衣ちゃんはこのフレーズが大好きなのです。
「またそれを。芽衣ちゃんはその話が本当に好きなんだね」
「くだらないんだけどね。あの小学生の遠足が忘れられなくって。あれで舞湖ちゃんを親友だと思うようになりました。あの先生なんて名前だっけ?」
「玉川先生です。玉川上水を作った人の子孫って言ってたよ、それは覚えてないんだ」
「そういえばそうだったような」
なんで水の話が水野さんだけを覚えているのか全く理解できない舞湖だった。
「それでね、ここに来たのは小石川上水の謎を解けるかと思って来て見たのです」
「ふーん、ここってなんなの?」
「この紋所が、で有名な水戸のお方のお屋敷の跡らしいです。中は池があったり綺麗みたいですよ」
「ご勘弁くだせい、あっしは何にも悪い事はしてやせん」
「この悪代官めが、これにて一件落着!」
2人して笑い転げてます。何が面白いのかわかりませんが。
中に入って少し行くと円月橋という古い橋がありました。
「風情のある橋ですね」
と芽衣ちゃんはこういうのが好きみたいで橋の周りをうろちょろしていますが、舞湖はこの橋の下を流れる水が気になっています。舞湖の目的の一つは、神田上水の名残の確認です。
「この水はどこから?」
水の出所を辿ろうとするとそっちへ行く事ができない造りになっているようで周囲を歩いて場所を覚えました。
「後楽園の外へ行かないとわからないわね。仕方ない、下流を見ましょう」
橋に戻ると芽衣ちゃんがいません。歩いていくと芽衣ちゃんは池を見ていました。
「芽衣ちゃん。私はこの川を辿って見るけどどうする?」
「もう行ってきたよ。そっちの壁で無くなってる。この池すごいよね、綺麗。さっすがご老公様よね。風情があって素敵。風車の人もここに居たのかな?」
「どうだろうね。ここは江戸のお屋敷でお供の人は水戸にいたんじゃないかな?わからないけど」
池を見るという芽衣ちゃんと別れて川の水を辿ると神田上水跡という小さな看板を見つけました。
「これね。神田川と違うところを流れている神田上水。あれ、本当にここで行き止まりじゃん。水は一体どこへ?」
舞湖はここで目が覚めました。そういえば小石川後楽園にも行ったんだった。小石川後楽園は大江戸では小石川の医療所があったところのように思えます。ここに神田上水を流すのがやはり正解なのでしょう。舞湖が作ろうとしている溜池が芽衣ちゃんが気に入った池になるのかしら?
神田上水は小石川後楽園を出ると暗渠になっていたといいます。舞湖がここからを暗渠で作ろうとしているのもその知識があったからなのですが、なぜ昔の人が坂の上にまで水を持ち上げて橋を作ったのかを大江戸で自分で見た事を合わせて考えてみることにしました。
どうやってここまで持ってきた水を供給するか、やはりそこです。水を上から下へ流す、つまり大江戸への供給地点の高さが必要だった。それだけでしょう。
舞湖が行っている工事は江戸と時系列が合ってないと感じています。ですので舞湖が大江戸で見た景色は実際の江戸とは違うのかもしれません。その中で舞湖は小石川上水はそのまま大江戸城下へ供給するのではなく井戸として使い、並行して神田川の工事を進めたのです。




