第二話 ここはどこ?
水野舞湖はいつから寝ていたのだろうか、思い出すのに時間がかかったがふと目が覚めると空は青く綺麗だ。ただ空気がものすごく澄んでいる。話によく聞く空気が美味しい高原の朝というのはこんな感じなのかな?と起き上がるとフラフラして視界に入ったのは地面だった。倒れたようだ。少し時間を空けてそこから顔を上げていくと見た事がない風景が目から脳の隅々に展開されていく。目の前には草が生えていてその向こうには古臭い家のような建物が建っている。戦前、いやもっと古い気がする。なんか時代劇で見たような風景だ。そしてその向こうにはお城が見えた。
「ええっ!ちょっちょと、ちょっとまっちんぐ。どうしてどうしてここはどこ?」
確か、神田川の辺りで昔からの夢を実現したはずだ。あれ、そこからの記憶がない。しばらく途方に暮れはしたものの探究心に溢れる舞湖は、さてどうするか、と考え始めた。こういう時は探検というのが相場だとクラスの男の子が言っていたような気がする。こういう時ってどういう時だろうとその時は思ったが、今こそこういう時にな気がする。そう、ここにじっとしているべきか出歩くかどっちがお得?
だがここは安全なのだろうか?舞湖は1984年生まれの14歳、つまり今の年号は1998年の女子中学生だ、そのはずだ。1998年といえば携帯電話が使いやすくなりポケベルが減っていった時代だが、舞湖はやっと買って貰ったポケベルを大事にしていた。なんせ携帯電話は女子中学生には夢の産物だ。クラスにも持っている人は誰もいなかった。なので舞湖達の間では絶賛ポケベルブーム中なのです。さて、と思って試しにポケベルを使ってみたが何も反応しない。お友達の芽衣ちゃんに『14106』と送っても返信はない。ちなみに『14106』というのは挨拶がわりの愛してる、という意味だ。最初は愛してるから始めるのが2人の間では習慣になっていた。
「そもそも電波がないわよね、この風景。って、理解が早い私。でも困ったわね。何なの、これ?もしかして海と大地の間の世界?」
今なら異世界転生が流行っているがこの時代にはそういう概念は広まっていない。お父さんが大好きで強制的に見させられているアニメくらいしか頭に浮かばなかった。
「でもそうすると私は変なロボットに乗る事になるの?私、殺し合いなんかできないわよ。どうしよう」
想像が極端である。まさに厨二病、中二だけに。中二ならではのおかしな想像をしていると、突然声を掛けられた。
「おまえさん、おかしな格好をしているね。綺麗な服だ」
「!!!」
舞湖が振り返ると二枚目のお兄さんがいた。
舞湖は、話しかけてきた20歳くらいの男を観察している。話しかけられたのに無視するのは不本意だがそんな事は言っていられない状況だ。だって景色と服装が合っている。テレビで見た時より色が少ないが。簡単にいうと地味である。和服というか浴衣というかなんて言うのだろうか?いわゆる江戸時代の町民の服だ。
「もし、何をそんなにジロジロ見ているんだい。おいらに何か付いてるかい?」
舞湖は無意識に観察していたようだ。なんとなくこの出会いが舞湖の一生を決める気がする。超適当だけど、だってイケメンだし。
「すいません。ここは何ていう場所ですか?」
「おかしな事を聞くねえ。もしかして大江戸は初めてかい?そんな服が流行りの国ってどこなんだろう?」
大江戸!江戸って事は江戸時代なの?大江戸八百八町って聞いたことある!
「ええと、今は何年ですか?」
「ええと、それはどういう意味だい?」
「たとえば西暦1610年とか寛永3年とか」
「知らねえなあ。あんたの国ではそういうのがあるのかい?どんな意味があるんだい?」
「年齢を数えたり、あっ私は水野舞湖って言います。お兄さんは?」
「苗字持ち!お武家様のお子なのですか。これは失礼いたしました。おいらはこの先の湯島台に住む弥七と言います」
「風車の!」
心の中で叫んだ。だって弥七と言えばねえ。
弥七は岡っ引きの見習いで、湯島台から神田山の間を担当しているそうだ。
「で、水野様は何であそこにいたのですかい?」
舞湖がいたのは神田山と呼ばれる丘だったらしい。城の方へ向かって坂があり下っているのが見える。神田山って聞いた事があるぞ。さて、どうする?
「大江戸は初めてなんですが、どうも記憶が曖昧で。名前と年齢は覚えているのですが」
「そりゃーてえへんだ。番所がいいか小石川の医療所がいいか。まずは番所へ行きましょう。親分がいると思います」
舞湖はとりあえず悪い男ではなさそうなので素直に着いていく事にした。親分とか岡っ引きとかなんかいい感じがしたのです。お父さんが好きな時代劇、『江戸を知る』に出てくるよね、なんて思いながら。確か悪者ではなくていい者というか警察みたいなところだった気がする。それに小石川ってなんかあれだよね。後楽園があるとこだ。
番所へ行く間に周囲を観察したが時代劇に出てくる長屋とかがあって、正に江戸時代だった。でも大江戸って言ってたけど私の知っている江戸とは違うのかしら?湯島台へ向かう前に振り返ったら小さな川が見えた。その時は気にしなかったがその川はこの物語にとって大事な川だった。