3-08 ボタニカル・アドベンチャー
バンレーンは、植物学的に珍奇な植物を探して冒険するボタニカル・アドベンチャー。
冤罪で宇宙を逃げ回っていた彼を拘束したのは「帝国宇宙軍情報部」――汚れ仕事はもちろん明らかな捨て駒任務まで微笑みを浮かべてこなす冷徹至極なプロ集団、であった。
だがこの荒っぽい一団のトップであるアーレンは、意外にも輝く瞳を持った細身の美青年。彼はバンレーンのある秘密に興味を持っていた――。
噂どおりだ。目の中に星がある――。
バンレーンは自分の前に座った男を見て眉をひそめた。
帝国宇宙軍辺境情報部。
帝国側の言うところによれば、ここは『話の通じない辺境の蛮族ども』に対応する各星域の情報部のなかで最もスマートに解決を行う部署、らしい。
スマートかどうかは別にして、治安が悪く常にどこかで戦闘が行われている辺境にあって、彼らは荒っぽい汚れ仕事はもちろん明らかな捨て駒任務まで微笑みを浮かべてこなす冷徹至極なプロ集団として、同業者から恐れを通り越して奇異な目で見られていることは確かであった。
そのトップである情報部長の瞳が、湖に映る光のようにキラキラと輝いているのだ。
まるで女の子達が大好きな飛び出る3Dストーリーのキャラクターだが、彼の瞳を間近で見た者は早晩この世に別れを告げるともっぱらの噂であった。
人呼んで「凶毒星」、思わずバンレーンはその禍々しい輝きから目を逸らす。
今の彼はまさに、これで無事に済むわけがない――という状況であった。
「私の顔がどうかしたのか、バンレーン君」
柔らかい猫なで声がかえって気持ち悪い。
ここで動揺しては相手の思うつぼだ。平静を装おうとウェーブのかかった茶色の髪をロープで拘束された手でかき上げながら、バンレーンは肩をすくめた。
「どうせ私を見て3Dストーリーの王子様か、とでも思っていたんだろう」
王子様? むしろお前は冷酷な悪役顔だ。とは言えず、バンレーンは仕方なくうなずく。
まあ、想定外なのは当たっている。情報部長、アーレン・サーヴェイみずからの尋問と聞いてもっと筋骨隆々とした闘士型の男が出てくると思っていたのだ。しかし目の前の相手は強く押したら折れるんじゃないかというほど細身で、か弱い女性と取っ組み合っても難なく投げ飛ばされそうな――つまり荒っぽい一団を率いる大将としては、最も想像から遠いタイプであった。
バンレーンの反応を見て、薄ピンクの細い髪を青白い額に垂らした、どこかあどけなさを残す青年は細い唇をかすかに引き上げる。微笑んでいるのかもしれないが、透き通ったセルリアンブルーの瞳は生き物が住めないガメライアの猛毒泉のように冷たい。
幼さと老獪さが同居したようなその表情は、底知れない不気味さを醸し出していた。
「それにしても君は一晩で8人も殺害したらしいじゃないか。なかなかいい腕をしている」
空中に浮かんだスクリーンに並ぶ罪状を見て、年齢不詳の情報部長は細い眉を上げ口笛を吹くように軽く唇をとがらした。
「その方法を詳しく教えてもらおうか。どうやって奴らを操った」
「操ってないね。いいか、これは濡れ衣なんだ」
バンレーンは眠たげな二皮目を精一杯怒らせてそっぽを向く。
「操り方を聞いているんだよ、質問には答えて」
まるで学食で親友と話すような親しげな口調。この優男の真意を測りかねてバンレーンは眉間に皺を寄せる。
この尋問室も妙だ。
お世辞にも屈強とは思えない情報部長とバンレーンの間には衝立の一つもない。尋問室に普通は取り付けられているはずの自動追尾銃もないし、警備員もいない。一般人のバンレーン相手で気を抜いているにしても余りにも無防備だ。
「どうせ俺は無期懲役、ご存じのように弁護人すら逃げ出す鉄板案件さ。もう釈明も追いかけっこも疲れたよ。こうなったら一生刑務所の中でただ飯を食ってやる」
「君は見かけによらず肝が据わっているね。それとも食い意地が張っている、というべきか。その体型なのに今日の朝食も3人分ぺろりと平らげたらしいじゃないか」
「意外にもここの飯は美味いからな。俺は煙草はやらないし、酒も飲めないから、飯さえまともに食わせてもらえれば文句はない。こんなことならさっさとムショに入って、模範囚として懲役20年くらいに減刑してもらって――」
「は。甘いな、君は死刑で間違いない」
顔色一つ変えずにアーレンが言い放つ。
反対に余裕をかましていたバンレーンの顔色が一瞬で変わった。
「な、何を言っている。宇宙刑法によれば、死刑は治安を揺るがすような殺人、もしくは10人以上の大量殺人――」
「残念ながら先日刑法の改正があって3人以上の殺人は結審後即死刑ということに決まったんだよ。君の言うとおり、逃げ回らずにもう少し早く捕まっていれば良かったな」
青年の目尻がかすかに垂れて口角が巻き上がった。この男、笑い顔が禍々しい。バンレーンの背中に悪寒が走る。
机の上に出された両手を組んで、歌うように猛毒泉の瞳を持つ男は切り出した。
「だが、一つだけ君にとって良いことがあるんだ」
バンレーンの怖じ気を察知したのか、湖水色の瞳が楽しそうにきらん、と光った。
「それは君が警察機構ではなく、この僕に捕獲されたって事さ」
空間を弾くように右手の人差し指を軽く跳ね上げる。
と、スクリーンがパラパラとめくれてバンレーンの画像が現われた。
「君の事はちょっと調べさせてもらった。学術的に珍奇な植物を探して未踏の地を冒険するボタニカル・アドベンチャー、なかなか面白い職業じゃないか」
そこには彼に関する情報、冒険の成果はもちろん嗜好から病歴、本人すら覚えていない学芸会の役までもが記載されていた。
「君に選択肢をあげよう。ここで死ぬのがいいか、それとも生死を賭けた冒険がいいか。好きな方を選べ」
意味がわからず、ただ肩を上下させて息を繰り返すバンレーンに、追い打ちをかけるようにアーレンは口を開いた。
「大丈夫、どちらにしても墓ぐらいは準備させよう」
情報部長はプラズマ銃を取りだし、スクリーンに表示された時間を確認すると、おもむろに液体水素カートリッジを入れてピタリとバンレーンに照準を合わせた。
「君の生殺与奪の権利は私にある。返答次第では、君の命日は今日に――」
「するかっ」
この時を待っていた。と、ばかりにバンレーンは床を蹴って後方に飛び下がる。
躊躇無くアーレンのプラズマ銃から青白い光線がほとばしった。バンレーンは一瞬のうちに炭化する――はずだったのだが。
「どうやら俺の命日じゃなさそうだな。食事も充分取ったから生体電流もバチバチだぜ」
返事は無かった。
すべての音が聞こえないかのように、情報部長の目は食いつくように一点を凝視している。
それは、驚くべき光景。
なんとプラズマ銃から出た青い光線はバンレーンの前方で、ドーナツ状の光となってトラップされていたのである。
てのひら大の光の周りには、まるでドーナツに巻き付けて作ったようなコイルでできた円環があった。それだけではない。円環を取り巻くようにして外周、そして穴の部分にもコイルが貼り付いている。コイルを形作るすべての線は緑色で、バーレーンの左手首からまっすぐに延びていた。
「トカマク式制御か――」
口元を不敵に歪ませながらアーレンがつぶやく。
トカマク式、それは古の地球で考案された超高温プラズマを閉じ込める磁気制御法の一つである。バンレーンの手首から伸びた三本の緑色の線は三種のコイルを形成すると同時に彼の生体電流を増幅して流し、ドーナツ型の強力な磁場を作りプラズマをトラップしたのである。
「お前、妙な植物を寄生させているな」
「勝手に住み着いた居候だけどな」
形勢逆転。バンレーンの顔に勝ち誇った笑みが浮かぶ。
「こいつら閉じ込めたプラズマを、磁場を操ってビームのように放出もできるんだぜ」
後ずさりするアーレンを青白く光る生体コイルの集合体が追尾する。
「プラズマを食らいたくなかったら銃を捨てろ。非常警報も鳴らすな」
アーレンはスクリーンに目をやると無雑作に銃を投げ捨てた。
「これで満足か」
「今日がお前の命日――と言いたいところだが、俺が欲しいのは自由だけ。食事も豪華だったし、今回は見逃してやらあ」
バンレーンは腕を一閃させる。連行されて来たときの記憶が確かなら、この地下室の上に建築物は無かった。
轟音と共に天井に大きな穴が開き、土埃の中から青空が覗く。
「あばよっ」
コイルをほどいたツルが一斉に穴の上に伸び、ツルが巻く収縮を利用してバンレーンも飛び上がった。
しかし。
急にツルがずるりと穴から外れ、バンレーンは勢いよく床の上に落下した。
「な、なに……」
うずくまったまま頭を振るバンレーン。
「今朝の朝食の中に、小腸でPHがアルカリ性になったら一斉に解けるような極小カプセルを大量に混ぜさせた。食用アルコール入りのね。そろそろ効く頃だと思っていたんだ」
「な、なんらと……」
バンレーンは真っ赤な顔で立ち上がろうとするが、足に力が入らない。
しっかりしろとばかりにツルがピシピシとバンレーンの頬をひっぱたくが、彼らもすぐにぐにゃりと曲がって手首の中に退散していった。
「君がアルコールに極めて弱いことは知っている。どうせ酩酊するから逃げても捕まえるのは時間の問題、という訳さ」
「ゆたんをさせて、ほ、ほれを試ひたな?」
「あそこで私を撃つべきだったね。能力は高いが、救いがたいお人好し。って情報は当たっていたな」
赤い顔でにらみつけるも、すでに情報部長の顔が三重に見えている。
万事休す。
「に、にんむをうけれは、ひゃくほうひてくれるんだな……」
つぶやきながらバンレーンは崩れ落ちた。
「そうこなくては、ね」
色の悪い唇に右手の親指を当てて、彼はじっとバンレーンを見つめた。
「ふふふ、ずっと興味があったんだよ。ツル、いや正確に言えばテンドリル――巻きひげの使い手にね」
情報部長は凶毒星の宿る瞳を光らせながら、ホラー風味の少女人形のように微笑んだ。