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3-05 カフェ・モンスールへようこそ! 〜最弱テイマーの触れ合いカフェ〜

モンスターを“倒す”ということがどうしてもできなかった元・テイマーのナギは、最初にテイムした少し変わったピンク色のスライム『パンナ』や個性豊かなモンスター達と共にカフェを開くことに。

森の奥、人間とモンスターが触れ合う癒しの空間に、今日もまたおかしな客が訪れて──?


絶えないトラブルにナギとモンスター達があの手この手で立ち向かう、ドタバタコメディー風ファンタジー!

 木々の隙間から差し込む陽の光が、天井の梁をなぞるように伸びている。風に揺れる枝葉のざわめき、遠くで小鳥たちがさえずる声。まるで森そのものが大きく伸びをしているみたいだ。


 ここは森の奥、ひっそりと佇む一軒のカフェ──その名は『モンスール』。

 モンスターと人が一緒にくつろげる、不思議な癒しの空間。


 私は、その店の店主。

 元・テイマー。今はカフェ経営者。肩書きだけ見ると妙な人生だけれど、私はこの道を選んでよかったと思っている。むしろ、こうして平和な朝を迎えられることが幸せだ。



「ん……もう少しだけ……」


 布団の中で、ぬくぬくと夢の余韻に浸っていたそのときだった。


「ぷるっ!」


 何かが勢いよく飛び乗ってきて、顔面にぶつかった。


「ふぎゃっ!?」


 ぬるんとした感触。……ああ、もう、わかってる。


「パンナぁぁぁ……!」


 私の顔にべっとり貼り付いているのは、ピンク色でぷるぷるのゼリー状モンスター──スライムのパンナ。毎朝こうして“起こして”くれるのが日課になっている。


「ぷるぷるっ」


 得意げに跳ねるパンナを押しのけて私はむくりと起き上がった。


「おはよう、パンナ。今日もありがとう……次は顔じゃなくて肩とかにしてほしいけど……」


 パンナは「ぷるっ」と音を鳴らし、満足げに私の足元へぴとりとくっついてきた。ふわふわのクッションみたいで、不思議と今度はほんのりと暖かさを感じた。


 かつて冒険者を目指していた私にとって、最初にテイムした存在がパンナだった。

 でも、私は戦えなかった。他人の痛覚を無意識に共有してしまう私にとって、モンスターを傷つけて“倒す”ということは、どうしてもできなかった。

 だから、私は冒険者への道を諦めた。かわりに選んだのが、「モンスターと触れ合える場所を作ること」。


 こうして森の奥に『モンスール』を開いて、私とパンナは新しい人生を歩き始めたのだった。



 #



 一階に降りると、カウンターからコーヒーのいい香りが漂ってきた。


「お嬢様、おはようございます」

「おはようルーファス。今日も早起きね」


 銀のポットを手に、優雅に微笑むのは給仕係のルーファス。狼の獣人“ルーガ”の青年で、接客も所作も完璧すぎるくらいに完璧。

 彼は私をずっと「お嬢様」と呼ぶ。いつまで経っても慣れないけれど、何度訂正しても直らない。


「どうぞ。モーニングコーヒーです」

「ありがと」


 慣れた仕草でカウンターに置かれたコーヒーカップを手に取り、一口飲む。コーヒーを口に含んだ瞬間、鼻にかけてなにかが抜けていくような爽やかな香りが広がった。


「これは……新しい豆?」

「お気づきになりましたか。昨日市場で入手して参りました、マルミヤ地方特産の青い吐息(ブルーブレス)という品種です。眠気も吹き飛ぶ逸品ですよ」


 ルーファスはお茶目な笑みを浮かべて、くるりと身を翻した。スーツの裾がひらりと揺れるたび、パンナがふよふよとそれを追いかける。なんだかほのぼのする光景だ。


 私はコーヒーを楽しみながら店内を見渡した。ドラゴンが通れるほど高い天井や、壁も木の温もりが感じられ、どこか落ち着く雰囲気が広がっている。小さな窓からは、森の中に差し込む朝の光が暖かくカフェ全体を包み込んでいる。

 カウンターと木製テーブル席が数脚並んでいて、壁に飾られた手作りの絵や、花瓶に活けられた花々が何とも言えないリラックスした空気を作り出していた。


「ナギ、起きたの?」


 その時、キッチンの奥からメイド服を身につけた金髪ツインテールの少女が顔を覗かせた。小悪魔風味の新入り――リリィアだった。サキュバスの少女で、見た目通り年下っぽい生意気な言動が目立つ。

 リリィアは私の顔を見るなり、口元を抑えて笑い出した。まったくもう、絶対バカにしてる!


「うっわ! 何その寝癖、ヤバいんですけどぉ〜? 髪の毛の中にグリフォンとか飼ってるのぉ?」

「う、うるさいよ、リリィア……」

「そういうことは気づいても指摘しないのがエチケットかと」


 と、ルーファスが謎のフォロー。


「いや、接客あるんだからそこは指摘して?」

「はっ、申し訳ありません」


 近寄って私の髪の毛をつつき始めたリリィアを押しのけながら髪を整えていると、背後から悲鳴が上がった。


「ぎゃぁぁぁぁっ!!! なにすんのざこスライムぅぅぅ!!!」


 慌てて振り向くと、床をぴょんぴょん跳ねるパンナを、顔を真っ赤にしたリリィアが追いかけるところだった。リリィアの態度に腹を立てたパンナが、ちょっかいをかけたに違いない。リリィアはパンナを追ってそのままキッチンへと消えていく。


「ぷるるっ!」

「待ちなさいよ! このざこ、ざーこ!」

「あっ……!」



 ──ガラガラガラガッシャァァァン!!



 案の定、すぐにキッチンから大きな物音がした。私は思わず額に手を当てる。ほんと、あの子たちはトラブルメーカーなんだから。


「……片付けておきます」


 恭しく一礼したルーファスがキッチンに向かう。ここは彼に任せておけば大丈夫だろう。



「さてと、私もそろそろ準備に取り掛からないとな」


 エプロンを身につけながらふと窓の向こうに目をやる。

 店の奥、ガラス戸の向こうに広がる縁側と、その先の庭。その一角に、堂々と身体を横たえる漆黒の巨体が見えた。


 森の主──古竜のグロームだ。


 カフェ『モンスール』には、彼専用の奥座敷──いや、もはや“竜座敷”とでも呼びたくなるような広い間取りがある。だけど、天気のいい日はこうして庭で日向ぼっこをするのが、彼の日課だった。


 黒曜石のような鱗が朝日に照らされ、うっすらと湯気が立っている。まるで巨大な石像がぬくぬくとあたたまっているみたいで、なんともシュールな光景だ。


「……おはよう、グロ爺」


 声に反応して、グロームの片目がゆっくりと開いた。だが、返事の代わりに低いうなり声が漏れる。

 年老いたグロームは、一日の大半をこうして眠って過ごしている。だが、このカフェは私が運良くテイムした彼の古びた住処を改造したものであり、今でも彼はここの守護竜として君臨している。その代わり、毎日私は寂しがり屋のグロームに寄り添って、声を掛けたり鱗を磨いたりするのだ。


「グロ爺、キッチンに火を入れたいの。手伝ってくれる?」


 グロームは、ぐぅ……とまた低いうなり声を漏らした後、ゆっくりと首を持ち上げた。岩のような頭が縁側の屋根をかすめ、やがて喉の奥からふわりと白い吐息が漏れ出す。グロームの『竜の吐息』は専用の炉に入れておくことで一日中温かい料理が作れるという便利なエネルギー源だ。


「……ありがと。あったかいね」


 その吐息が、キッチンへと続く煙突のひとつへ吸い込まれていくのを確認し、私は小さく手を振った。グロームはそれに応えるように、片目だけでこくりとうなずき、またまぶたを閉じる。



「まったくもう、あのざこスライムったら逃げ足だけは早いんだから……あ、ナギ! 今日の焼き菓子どうする?」


 キッチンから顔を出したリリィアが、唇を尖らせながら聞いてくる。エプロンの裾にうっすらと小麦粉がついているのは、さっき転げ回ったせいだろう。


「昨日の“葉っぱのタルト”、意外と評判よかったから、今日もあれにしようか。あと、少し甘さ控えめのものもお願い」

「しょうがないなぁ……はいはい、了解〜」


 ぱちんと指を鳴らし、く踵を返してキッチンへ戻っていくリリィア。すると、テーブルの下に隠れていたパンナがぴょこっと飛び出し、私の頭の上に乗ってきた。


「ぷるるっ」

「そうね。そろそろ開店だね」


 玄関に向かおうとしたその時──ふわりと背後で気配が動いた。


「……ん?」


 振り向くと、いつの間にか私のすぐそばに、白くてもふもふの大きな影が腰を下ろしていた。まるで綿毛の山に命が宿ったような、丸く柔らかな体。ゆったりとした動きで、大きな耳がふるふる揺れ、二本の長い尻尾が左右になびいている。


「モコ……いつの間に来てたの」


 もふ、と低く息を吐いたその生き物は、私の背丈の半分以上ある。大人がそのままもたれかかっても大丈夫そうな体格。その柔らかな背には、うっかりすると眠ってしまいそうな安心感があった。


 モコは『モンスール』の看板モンスターのひとり。姿はどこか猫や狐に似ているけれど、そのどれでもない。ふわふわとした被毛に包まれた大きな体で、来店するお客さんに「寄りかかる幸福感」と「包まれる癒し」を与える、触れ合い専門のモンスターだ。“フロウル”という名前の希少種のようだが、その生態は謎に包まれていて、テイムした私もよく理解出来ていない。


「……モコ?」


 少し様子がおかしい。モコは小刻みに身体を震わせ、どこか怯えている様子だった。グロームの話では、フロウルには簡単な未来予知の能力があるらしい。

 モコはふるりと身体を揺らし、私の方へ頭を寄せた。大きな耳がぴくりと動く。どうやら不安を感じ取っているらしい。


「……誰か、来るの?」


 問いかけに応えるように、モコは低く、短く鳴いた。威嚇ではない。ただ、警戒の気配。何か“いつもと違う”ものが近づいているのだろう。


 そのとき風が止んだ。森の囁きも、小鳥の声も消えていることに気づく。まるで空気ごと息を潜めたみたいに。


 私は玄関に向かいながら、息を吐いた。胸の奥が少しだけざわめく。


 ……大丈夫。きっとただの旅人か、道に迷った誰かだ。


 だけどその朝、カフェ『モンスール』の一日は、ほんのわずかに音を違えて始まったのだった。

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