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3-04 転生したら、大好きな君も一緒でした。

主人公、椎名日和は、学校から帰宅途中にトラックに轢かれ、目を覚ますと豪華な屋敷にいた。そこで彼女を心配して涙を流すメイドに、自分の名前がエリシアだと知らされ驚く。転生した世界は、かつて大好きだったアニメの舞台そのものだったのだ。そして、そのアニメが好きな理由だった、現実世界で好きな相手。赤嶺結翔に似た執事。だが、彼は不穏な様子で、思わず「結翔」と呼んでしまうと、彼がその名前に反応。驚きと混乱が交錯する中、二人の関係が新たに動き出す。


 教室の窓から見える飛行機雲を眺めていると、いつの間にか授業が終わるチャイムが鳴っていた。今日は六限目が現代文で、そのまま私たちの担任だったから連絡を終えていたらしい。ガタイの良い男の子たちがぞろぞろと教室を出ていく。


「ねえ、日和。今日はカラオケにいかない? 男子たちもいくでしょ?」


 私と一緒に誘われた男の子たちはそのまま明るい笑顔で返す。


「ちょ、日和! なにぼーっとしてんの。ほら、教科書仕舞って!」


「いくよ~!」


 私は舞歌と莉子に急かされて、慌てて教科書を学生カバンに突っ込んで席を立つ。床と椅子の足が擦れてキッと言う音がなる感触はしたけれど、舞歌が楽しそうに男子たちと話している声に掻き消されていった。


 そんな普通の日、だったはずだった。


「危ないっ!」


 その瞬間から、()()()の日常は大きく変わることになる。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


「お、お嬢様ぁぁ……っ! も、申し訳ございませんっ……」


 意識が晴れると、すぐにガンガンと耳の奥を鳴らすような甲高い涙声が聞こえてきた。そのまま体が左右に揺すられて、頭がガンガンとする。髪の毛を越えて感じる枕の感触はなんだか味わったことがないもので、それと同時に記憶が蘇ってくる。


 そうだ、私は学校を出たところでトラックに轢かれたんだ。確か、その時は……


「わ、私……また……またやらかしてしまいましてぇぇぇ……っ!」


 少し落ち着いて記憶を取り戻そうとしたけれど、隣の人が五月蠅くて仕方がない。どうやら泣いているようで時折、鼻をすする音が聞こえてくる。足元からはバタバタとカーペットを踏み鳴らす音もなっているし、とにかく状況がよくわからない。


 ここが病院かあるいは学校の保健室だとしてもカーペットも、お嬢様と呼ばれる筋合いもない。ここがどこなのかを確認するために、私は目を開いた。


「どこ、ここ?」


 視界に飛び込んできたのは、真っ白な天蓋付きのベッド。金の刺繍がきらきらと光るカーテン、天井には煌びやかなシャンデリア。まるで、おとぎ話の中に迷い込んだみたいな光景が目の前に広がっている。


「え、ええぇぇぇぇぇぇっっ!!?」


 跳ね起きた拍子に、ふかふかの枕がポンっと床に落ちた。見たこともない、けれど明らかに高級そうな家具たち。窓の外に広がる庭園には、色とりどりの花が咲き乱れていて、とてもじゃないけれども私がいていい場所じゃないことがわかる。


「お嬢様ぁ……っ!」


 そして何よりもの違和感は、隣にいるメイドさん。いや、メイドさんというよりは小柄なメイド服の少女だった。頬は真っ赤で、目には大粒の涙。おそらくまだ中学生くらいの年齢だろう。頬のあたりがまだ幼少期特有の膨らみ方をしている。


 そんな彼女に戸惑っていると、目が合った瞬間に。


「よ、よかったですぅぅぅっ!!」


 ぎゅうっ、と胸に飛び込んできた。柔らかい感触とともに、腕をいっぱいに広げて私にしがみつく彼女。その勢いに押されて、私はもう一度ベッドに倒れ込む。家で使っているような敷布団なら間違いなく畳を背中に感じていただろうけど、このベッドなら痛みは無かった。ただ、彼女の重さだけが腰のあたりに負担をかけている。


「申し訳ございません……っ! お嬢様が目を覚まさないから、わたし、わたし……もう、どうしようかと……!」


 ぽろぽろ涙をこぼしながら、必死にしゃべるメイド。その背中を、私はぎこちなくぽんぽんと叩いた。その背中は激しく震えている。


「え、えっと……だ、大丈夫、だから……?」


 正直、状況はまったくわからない。でも、彼女が心の底から私を心配してくれているのだけは、痛いほど伝わった。実際、ちょっと痛い。


「お嬢様ぁぁ……」


――まだ離してもらえそうになかった。



 ようやく彼女が落ち着いて、どれくらいの時間がかかったのかはわからないけど泣き止んだところで私はとりあえず話を聞くことにした。


「えっと、ちょっと聞きたいんだけど」


「なんでございますかっ! お嬢様」


「どうして私はここに寝ていたのかな? わかる?」


 質問の言葉を終えてから、もっとはっきりと聞くべきだったと思いなおす。あまりにも抽象的な質問だった。しかし、彼女はどう受け取ったのかわからないけど、再び涙ぐんでいる。いったい、なんなのだろう。


「ううっ」


「ほら、大丈夫だから。ね、あなたが知っていることを教えて?」


 私がそういうと、彼女は涙声で話を始めた。


「申し訳ございません、わたし……洗濯物を運んでいて……それで……階段で、お嬢様に……ぶつかって……!」


 鼻をすする音の間に聞こえてくる情報をもとに考えると、どうやらさっき私はこの屋敷らしき場所の階段から落ちたらしい。そもそもここがどこなのかわからない以上、どうすることもできないんだけどこんな広くて天井が高い屋敷の階段、その上から落ちてこんなに無事で済むものだろうか。手を見てみると、傷ひとつない。


「じゃ、じゃあ次ね。ほら、泣かなくて大丈夫だから。ね、ほら、元気」


「ううぅ~」


 なんとか涙を収めてくれたらしい。続きの質問を私はする。


「ここはどこなんだろう? わかる?」


「ま、まさか頭を打って記憶が消えてしまったのですか!?」


 私の質問に対して、彼女は少し目を赤くしながら言う。記憶喪失ではなくて、単純にここがどこなのかを知りたかったのに。でも、その誤解を解くためにも私はまた質問をした。


「ううん、違うの。だけど、ちょっと確認したくて。ほら」


 私がそう言うと、どうやら納得してくれたらしい。少し落ち着いた声で話を始めた。


「ここは、レオニス・フォン・リュミエール伯爵様のお屋敷でございます」


「れ、れおにす?」


 あまりにも流暢な発音に戸惑う。どうやら外国の人らしい。メイドさんの発音があまりにもよすぎて、英語があまり得意ではない私はしっかりと聞き取れなかった。


「レオニス・フォン・リュミエール伯爵様です!」


 その名前になんだか聞き覚えがあるけど思い出せない。ただ、この部屋といい先ほどから私の事をお嬢様と呼んでいること。それにメイドさんの態度からしても、私がその伯爵のお屋敷にいるというのはおそらく間違いないのだろう。なら、私は誰かというのが気になる。


「じゃあ、次は私の名前を教えて」


「や、やっぱり頭を打って記憶が……」


 すごくショックそうな顔をしていたから、なんとか私は誤魔化すことにした。


「ほ、ほら。あなたが私の名前を言えないなんてことはないわよね? 私を階段から落とすなんてことをして、挙句の果てに名前を忘れるなんて」


 下手なごまかしだ。でも、彼女は私の言葉を受けてハッとしたように答えた。

――そして、私はその名前を聞いて驚いた。

 それは、私が知っている名前だったから。

 ()の大好きなアニメで、何度も聞いた名前だから。


「エリシア・フォン・リュミエール様です! えっへん」


 エリシア・フォン・リュミエール。私の一番好きなアニメの嫌われキャラ。いろいろとあって最後には主人公の家に敗れて追放されてしまう悪役令嬢。もちろん、キャラクターとしては良いキャラなんだけども。


「え、じゃ、じゃあここはリュミエール屋敷?」


「そうですよ、名前を間違えなかったので褒めてくださいっ!」


 私はとりあえず頭の上に手を置いて撫ででみると、嬉しそうに鼻息を鳴らしていた。どうしよう、私はついに頭が可笑しくなったのかな。でももしもここがアニメの世界なら、もしかすると彼がここにいるのかもしれない。


「ねえ、私の執事は?」


「執事ですか? 執事ならそっちにほってます。意地悪なので私、嫌いです!」


 そう言って指さされた方向をみると、ベッドの足元に一つの影があった。


 その彼は、私がこのアニメを最も好きな理由。


 私の好きな人。でも、思いを伝えることは許されない人。


 赤嶺結翔にそっくりな執事が出てくるから。


「ちょ、ちょっと大丈夫なの?」


 しかし、そんな恰好良い姿はどこへやら、服は乱れ、髪はぼさぼさになっている。体全体に砂埃がついていて、どこかでひどく転んだみたいだ。ベッドから起き上がってとりあえず体を揺すってみる。大丈夫、脈はある。


 顔をしっかりと観察してみると、やっぱりそうだ。


「うん、結翔にそっくり」


「んん?」


 彼の整った眉がピクリと震えた。そのまま、私の手を握った。


「ひゃっ!」


 思わず、驚いて変な声が出た。今までにない感触。固い筋肉の感触。その瞬間にバシンと強い音が鳴る。


「お嬢様から離れやがれです! この変態!」


 ちょ、ちょ、ちょ!


「やめなさい! 大丈夫? 結翔?」


 焦っていたあまり、私は結翔と呼んでしまった。しかし、彼はそれに反応する。


「結翔? もしかして椎名さん?」


──え?


 頭が真っ白になる。


 今、彼は……私の、本当の名前を呼んだ。


 いや、そんなはず──


 でも、確かめずにいられなかった。


「結翔? 本当に結翔なの?」


 その時の瞳孔の動きからわかった。そうだ、絶対に間違いない。

 この人は──私がずっと想ってきた、あの結翔だ。

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