3-03 赤貧高校生の現代ダンジョン~「広告視聴」スキルで何とかなれーッ!
世界中にダンジョンが出現した世の中――よくあるやつ。
高校生・幌巳正平は実家の窮状を救うためにダンジョンへ赴くも、初心者をカモにする悪質パーティーに引っかかって肉盾にされかける。パーティーは凶悪なモンスターに遭遇して壊滅したが、正平はそこに居合わせた熟練探索者、直谷東子の助けで一先ず難を逃れた。
背後に迫るモンスターを振りきろうと踏み込んだ未踏査領域で、二人はスキル付与のオーブを発見、正平がそれを使用する。だが付与されたスキルは「広告視聴」という意味不明なものだった。
土壇場でスキルの意外な利用法に気づいてからくも生還する二人。探索者としての日々が始まる中、正平はスキルで脳内に配信される「広告」に不審を抱き、やがて東子と共にその謎に手を伸ばしていく。
石造りの回廊を、俺たちは這うようにゆっくりと、しかし必死で進んでいた。
疲れてはいるが止まるわけにもいかない。後ろからはくぐもった呼吸音がゆったりペースで後を追ってくる。それは俺のいたパーティーを先ほど壊滅させた、六本足の巨大トカゲのものだ。
「大丈夫、まだ歩ける?」
心配そうに声をかけてきたのは、ブレザー型制服に身を包んだ女子高校生だった。
名は直谷東子。俺と同じ高校の生徒で、クラスも同じだった記憶がある。とはいえ、俺は新学期以来ろくに登校できてないので確証は持てない。
熟練のダンジョン探索者らしい。動画配信もしていて、彼女のチャンネルには同時接続一万人くらいのアクセスがあるとか。
色白の美少女だ。眉の上で切りそろえた綺麗な黒髪。下まつ毛の目立つ、微妙にタレ気味の目が愛らしい。
こんな状況でなかったら、お近づきになれて嬉しいと思うところなのだろうが――今はさすがにそんな余裕はなかった。
「うん、足は無事だからまだなんとか。腕は痛えけど」
トカゲの尻尾で叩きつけられたのをなんとかガードした結果だ。左腕は今、ほとんど動かせない。
「そっか……早く脱出しないとね。折れてるかもだし……ったく、初心者を騙して肉盾にしようなんて、ひどい奴ら!」
「……ああ。だけど、もういなくなった」
「うん」
相づちを打つ声が少し震える。
大の男五人がひとまとめに上半身を食いちぎられて、瞬く間にトカゲの口の中――そんな場面に出くわしたのだ。
まだ表面的にでも平静を保てているのは、むしろさすが熟練者と褒められるべきか。
「アレは私でも、一人じゃちょっと無理ゲーね……なんとか振りきって地上に戻るしか」
俺はうなずいた。だが東子によれば、この辺りは脇道や迂回路がないらしい。まともに出口へ戻ろうとすれば、トカゲとの鉢合わせが避けられない。
「なあ、今の状況を配信で流して、救援に来てもらうとか、そういうのは……?」
「難しいかな。問題が二つあってさ」
「というと?」
「一つはアレに勝てる探索者が、駆けつけられる範囲に多分いない……もう一つは、初探索途中の場所はギルドの協定で配信できない、って事。素人が分かった気になって真似すると危ないからね。ちなみにこれ、違反すると死んだほうがマシな感じの罰則があるわ」
ああ、そういうことか――納得は出来なかったが、理屈は通っている。
そんなわけで、俺たちはこの第三階層に残っている未踏査区画を目指していた。
そこには地上までの転移ゲートか、現状を打破し得る何らかのアイテムがあるかもしれないのだ。だが無茶苦茶に望みの薄い賭けだった。
始まりは五年ほど前。
全世界で異変が起きた。突如あちこちで崩落や陥没が発生。穴の底からは現実離れのした怪物が姿を現した。
警察や自衛隊がやっとのことで穴まで押し返し、なんとか一旦封鎖したが――怪物の遺骸から謎のエネルギー結晶「魔石」が、手に入ると判ってから、いろいろとおかしくなった。
一攫千金を当て込んだ人々が、穴へ侵入しての探索を始めたのだ。魔石以外にも、穴の奥にある異空間では由来不明の様々な器物――武器や防具、それに奇妙な力を秘めたアクセサリーや護符のたぐいが見つかった。
世にいう「ダンジョン探索者」。ラノベやアニメで散々お目にかかった世界が現実になった。
俺、幌巳正平も、今日からその世界に足を踏み入れたところだった。
父の会社が倒産、解雇された父はあろうことかわずかな退職金を慣れない株式投資ですべて溶かしてしまった。
両親は離婚。母は俺と妹を置いてどこかへ出ていき、父は首つり未遂をやらかして入院中だ。
俺はダンジョンに活路を見出すことにした。父のやったことと本質的に変わらない気がしてうんざりしたが、とにかく新学期から学業返上でバイトに精を出し、どうにかギルドへの登録料と、武器の代金を都合したのだ。
親切げに声をかけてきたパーティーを、うかうかと信用してついていったのが間違いの元だった。いきなり第三階層まで連れていかれ、最前列に立たされた。
たまたま三階層に居合わせた東子が見かねて声をかけ、こちらのパーティーと少々険悪な雰囲気になったところに――あいつが現れたのだ。
あとは述べた通りの大惨事。東子がとっさに手を引っ張ってくれなかったら、俺も奴らと同じ運命だったろう。
* * * * *
「見て……あそこの突き当り」
東子が指し示した先に、ドアがあった。開けてみると、小部屋の中に簡素な木箱が鎮座している。
「ゲートはここじゃなかったか……アイテムね。当たりだといいけど」
箱には鍵もなく、簡単に開いた。スノードームを逆さにしたように、キラキラした何かの粒子が立ちのぼる。底にはぼんやりと輝く一個の玉があった。
「なんだ、これ……」
「これ、スキルオーブだ! 使用すると異能が手に入るの。かなりのレア品よ!」
「スキルね。何のだろう?」
「分かんない。鑑定できればよかったんだけど」
スキル。おおよその事は俺も知っている。ダンジョンが人に与えるのは形あるものだけではないのだ。
「普通は探索を続ける中で覚醒するものなんだけど、たまにこういうオーブも出るみたいね」
「……俺が使っていいのか?」
「使うならキミよ。私の持ってるスキルと同時には使えない可能性があるし、有用なスキルなら、ここ切り抜けた後も役に立つから」
「ありがとう」
とはいえ、だいぶシビアな運試し。俺が一番苦手なやつだ――ツイてない事に関しては絶大な自信がある。
だがこのままでは死ぬだけだ。それも、親切に助けようとしてくれた女の子を巻き添えにして。
オーブに手を伸ばして掴み、念じた。
――スキルを習得する。
頭の中に謎の声が響いた。
【広告視聴スキルを習得しました。スキルをアクティブにしますか?】
「こ、広告視聴……?」
なんだそりゃ。ええ、ままよ。
――広告視聴をアクティブにする
念じると、視界がおかしな映像に切替わった。
どことも知れない、むやみに明るくて清潔な草原が広がる中を、少女たちがカラフルな武器を構え、前傾姿勢で一散に駆けていく。それぞれどこか普通の人間とは異なり、頭に角があったり耳の代わりに小さな翼が生えていたり。
感動的な音楽がどこからか響き渡り、一人一人の顔が順繰りにアップになったあと、全員が武器を掲げて頭上で打ち合わせた――
【三十秒経過、報酬を獲得できます】
【自然治癒の時間が短縮されました】
「……何だ、今の」
俺だってスマホくらいは持っている。どうも、今のは動画サイトの視聴中に差しこまれるゲームのCMと似たようなところがあった。
ただし、映像は超リアルな実写風。それであれだけの美少女を集めたとしたら大したものだが。
「ちょっと、大丈夫? キミ、いま何十秒かモノクロ画像みたいに色味が消えて、固まってたけど……」
「そうなんだ?」
「うん。呼吸とかもしてる様子がなかったし、瞬きもしてなかったよ」
「分かんねえな……とりあえず報告、腕の痛みが消えた。自然治癒らし――」
言いかけたところで、再び視界が切り替わる。
石造りの巨大な塔の壁に取り付いて、埋め込まれた金属棒を引き抜こうとしている甲冑姿の騎士がいた。
【五秒経過、報酬を獲得できます】
【――適用可能なタスクがないため、ポイント1点に換算されました】
(ウソの広告って腹立つよなぁ!)
なぜかそんなセリフを吐き捨てたくなった。続いて現れた映像は、どうやら金融商品の広告らしい。言葉は分からないが「スキマ時間に副収入」みたいなことを言ってる気がする。そしてむやみに長い。
「ざっけんなクソがぁ!!」
俺は叫びながらスキルを非アクティブに戻した。
【――途中でキャンセルしたため報酬は得られませんでした】
(今の、親父が失敗したやつの仲間じゃねーか)
しかも苛立たしいことに、これらの「広告」は、どうもこの現実の世界には存在しない商品やサービスのものらしいのだ。
見たこと起きたことの一切を説明すると、東子は「変なスキルねえ」とうなって肩をすくめた。
「たぶん……治癒とかなにか時間経過が必要な時に、それをすっ飛ばす能力、ってことね。リソースは視聴時間……言うなれば、キミの余命を少しづつ」
「そう言われると凄いハズレを掴んだ気がしてきた……で、俺は今もやっぱりモノクロに?」
「うん。あと、途中で揺さぶってみたら全然動かなくて。んで、私の頭ン中で『広告の視聴は最優先となります』って、ドスの効いた声がした」
「へえ……」
普通に考えると、明らかにハズレだ。だが、俺はふと頭の中で閃くものを感じた。
東子に頼んで、視聴中に殴ってもらう。結果は全くのダメージなし。むしろ彼女の方が、拳をさすって涙目になった。
推測がほぼ確信に変わる。
「……なあ東子さん。攻撃全部引き受けるやつがいれば、トカゲに勝てる?」
「ええ? まあ、その条件なら何とかなるかな……『弱点斬り』と『防御貫通』のスキルあるし。って、まさか……」
「俺がその役をやる。結局肉盾しか能がないのは腹立つけどさ」
ルールは多分把握できてる。広告視聴中の俺には、何ものも危害を及ぼせないのだ。
トカゲが近づいてくる気配。やるしかない――俺は小部屋の外へ踏み出し、「広告視聴」をアクティブにした。
(何とかなれ……!)