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3-19 回帰世界と負け犬ラスボスの勇者団

 勇者に敗れた魔王ウルガが目覚めた先にあったのは、謎の空間と五人の男女(一匹の肉塊含む)だった。

 困惑する皆の前に現れた神を名乗る存在は、ウルガたちに語る。


曰く、数多の世界は上位存在の娯楽として閲覧されており、定められた運命に沿って進行している。

曰く、“敵対者”の役割を担っていた六人が“主人公”に敗れたせいで流れが狂い、それぞれの世界は破棄されてしまった。


──負け犬の皆さん。責任、取ってくださいますよね?

 額に青筋を立てた神に送られた先は、ツギハギに修復された六つの世界の集合体。


 魔王、古き京の大妖怪、ディストピアの管理AI、霧の都の犯罪姫、崩壊後世界の生体兵器、現代日本で汚職してたオッサン。


 生まれも経歴も規模も全く違う物語のラスボスたちは今度こそ正しい結末を掴み世界を再生するため、勇者団として奔走する。

 もちろん、お役目の傍ら第二の生を存分に満喫するつもりで。

「よく燃えてるな、魔王城(俺ん家)


 派手に炎を噴き上げ崩壊していく実家を眺めながら、黒衣の少年──元魔王、ウルガは呟いた。

 感情に欠ける、だが同時に重圧を伴った声である。

 その姿、まさに肩書である冷酷無比な魔王そのもの。


「二回目になるとこう……また違った辛さがある……」


 ……では、なく。

 直後、大きなため息と共にウルガは目頭を押さえた。

 元魔王だって人間である。

 嬉しければ笑い、悲しければ涙を流す。

 一度死ぬ時すら共にした生家が二度も爆破炎上、しかも今回は自分たちの手によって、となれば平静ではいられない。

 先までウルガが表情を見せなかったのは、感慨がないわけではなくショックで無になっているだけだった。

 もし彼がこの場に独りきりだったとしたら、直後男泣きしていたこと間違いなしだろう。


「燃えておるのう、妾たちの新居……」


 そう、独りきりなら。

 

「よよよ……現世(うつしよ)の存在のなんと儚きことか……」


 彼の隣では、着物姿の女が九本の尻尾と頭頂から伸びた耳を力なく垂れさせ、悲嘆に暮れていた。

 今ウルガが込み上げる感情を堪えられているのは、ここまでの道程を共にしてきた仲間たちのおかげである。

 同じ想いを共有する彼女に対してうんうんと頷き、ウルガは。


「誰のせいでこうなったと思ってんだココノエぇ!」

「こゃんっ!?」


 容赦なく、その頭目掛けてチョップを繰り出した。

 竜鱗すら容易く両断する、禍々しい闘気を纏う手刀。

 魔王による致死の一撃を受けて、女、ココノエは頭を押さえて蹲る。


「タンコブができたらどうするのじゃこの暴力男め!」

「もう一度言うぞ。だ・れ・の・せいで! こうなった!? 言ったよな? 目指すは滞在拠点の確保、建物の方は無傷でいこうって事前に話し合ったよな?」


 患部をさすりながら抗議するココノエを、ウルガは容赦なく問い詰めた。

 ウルガたちの中で戦闘に炎を扱うのは彼女のみ。

 魔王城炎上事件の主犯は火を見るより明らかだ。火だけに。

 というか、隕石と見紛うようなサイズの炎塊を小石感覚でぽいぽい投げていた犯行現場を、当のウルガが見ている。


「妾は悪くない! そこのポンコツ絡繰が暴れたのと頭でっかちの作戦が不出来なせいじゃ!!」


 しかしプライドの高い妖狐は譲らない。

 責任転嫁しながら彼女が指さしたのは、ウルガの背後にある空中である。

 ウルガが振り向くよりも早く、その空間に開いた裂け目より人影が──つい先程まで城内での破壊工作を担当していたふたりが現れる。


「評価の訂正を要求する。当機はパフォーマンスを平常戦闘比352%発揮し任務を遂行した。絶好調と言い換えてもいい」


 ひとりは電子回路が刻まれた金属の筒。その背後には、光で編まれた刃からレーザー砲まで、数多の兵器が翼を模るように整然と並んでいる。

 人間かどうか以前に生命体ではないそれを『ひとり』と呼べたのは、半透明の人型が上に腰かけているからだ。

 以前ウルガに『人間の少女を模した統括えーあいとしての交流用いんたーふぇーす』と理解不能な説明をした彼女は、無感動な表情に反して不満を表明していた。


「やれやれ……随分な言われようですね。わたくしは『皆さまがきちんと力を抑えられたら』と前提を申し添えたはずですが」


 もうひとりは、ステッキをついた洋装の少女。暴力を担当するウルガたちとは異なり、小動物が近付いただけで息絶えるような殺気は纏っていない。

 代わりにその瞳に宿っていたのは、深く暗い智慧の色。

 かつて霧深き街の裏側に潜み幾人もの探偵にその身を追われていたという彼女は、にこやかに微笑みながら自身の責を否定する。


「音声認識受付時間、残り5秒に設定。訂正と心を込めた謝罪がない場合、実力行使に移行する」

「ほほぉ、ココノエ様に随分な態度じゃなあガキ共! ここで上下関係を叩き込んでくれようぞ!」

「ふふ……このメアリー、なまみバトルは得手ではありませんが……。貴女がたがその気ならば、また一興です」


 誰一人として失火の責任を認めない三人の間に、火花が散る。

 九つの尾に火が灯り、無数の機械兵器が唸り声を上げ始め、へろへろのシャドーボクシングが披露され。


「お前ら、いい加減に……」


 頭痛を覚えながら、ウルガは三人の喧嘩に足を向けた。

 仲裁のためではない。参戦する気満々だった。

 大妖怪VS黒幕系犯罪者VS統括AI。

 非戦闘員が一名混じっているのはさておいて、ウルガ(魔王)までここに加わればまさにこの世の終わりのようなマッチアップだ。

 本気で戦えば、きっと魔王城の火はこの周囲一帯が焦土と化すことで鎮火されるだろう。


「ななっ、何をやっとるんだ! 私たちまで巻き込む気かね!?」

「わうっ、わぅぅっ!」


 だが、今にも爆発しそうな空気はさらなる闖入者によって待ったをかけられる。

 焦りが混じった怒声に、愛らしい鳴き声。

 割って入ってきたのは、絶賛爆発炎上中の魔王城を脱出し皆の元に駆けてきたひとりと一匹だった。

 中年の男と、肉塊に無数の手足を生やした異形の生命体である。

 鱗や毛皮が無秩序に体表を覆い、様々な動物の手足が好き勝手生えた姿は邪教の神と言われても違和感がない。

 その有力候補『どっかの邪神説』を否定するのは、首と思われる僅かなくびれに巻かれたピンクの首輪と、繋がったリードに引きずられる平々凡々とした男の姿だ。


「おかえり、シュウスケのおっさんとヴァル」

「はぁ、はぁ……! 無駄な破壊活動はやめろといつも言っているだろう! これ以上やらかしたら自称神の奴になんと責められるか……!」


 かつて生きた世界ではスーツ、と呼ばれていたかっちりとした衣服に、神経質な人格が伺えるげっそり痩せた頬。

 非常識の集団に常識を説くというむしろ非常識的な行為を働いた中年男性──シュウスケは、胸を抑え苦しげに息を付く。


「うっ……現代日本人にどうしてこうも無理をさせるんだ……!」


 その理由は心労だけではない。

 シンプルに、運動不足気味な体に限界を超えた速度での全力疾走は辛かったようだ。


「きゅうん……」

「ほら見ろ、ヴァルヴェルガも私と同意見のようだ! 静まれバケモノ共!」


 甘えているのか、心配しているのか。

 ヴァルヴェルガと呼ばれた肉塊が鳴き、肩で息をするシュウスケに体を擦り寄せる。

 形容し難い色の粘液まみれになりながら、彼はその反応を御旗に超常者たちをしかりつけた。


「もふもふを観測」

「おおよしよし。ヴェルちゃんは今日も可愛いですねぇ……」

「はん、こやつよりも妾の方がよほど毛並みが……やめよ、舐めるでないわ!」


 場に漲っていた殺意は、それで霧散した。

 この場で唯一の常識ある大人に怒られたからではない。

 団のアイドルが帰ってきたとあらば、不毛な争いなどしている場合じゃないのが必然である。


「これでよかったのかね?」

「……たぶん」


 思い思いにヴァルヴェルガを愛でる女性陣を横目に、ウルガは曖昧に頷く。

 シュウスケが自分を気遣ってくれているのは、わざわざ確認せずともわかった。


 ふたりの視線の先には、いよいよ形を失っていく想い出の城がある。

 かつて和平を望み裏切った配下たちを先んじて他所に拘束し、ウルガを殺し世界を救ったはずだった“主人公”を城内に誘い出して、逆に袋叩きにして打ち破った。


 世界に祝福されていたはずの善が敗れ、後ろ指を差される悪が勝利する。

 それが二度目の──いちどやり直してまで得られたこの物語の、結末だ。


「こんなのが、あと五つもあるのかよ……」


 自分の番は、これで終わり。だが自分たちの旅は、全く終わってなどいない。

 ウルガは、かつて世界を滅ぼす目前まで迫った魔王は、うんざりする程頼れる仲間たちを──これから巡ることになる世界を思い、憂鬱そうに呟く。

 それを聞いて、場の全員がウルガへと目を向ける。


「いえ、いいえ。正義の味方を蹂躙するという貴重な経験が、あと五回しかできないのですよ? 悔いの残らないよう、みんなで楽しみましょう」

「くくくく……腕と腰が鳴るのう……!」


 霧の都に名を轟かせた犯罪姫に、幾千年の封印から解き放たれた大妖怪。


「次こそは間違えない。全ての人間が幸福に生きる世界を、永遠に」

「うー、きゃんきゃんっ」


 ディストピアの支配者だったマザーコンピュータと、最強の兵器たるべくして生み出された人造生命体。


「その……本当に私の世界もこうやって燃やすのかい……?」 


 なんか取締役なる偉いヤツにゴマ擦って汚職してたらしいおっさん。


(約一名除き)悪い意味で錚々(そうそう)たる顔ぶれは、好き勝手に楽しそうに、あるいは怯えるようにこれから自分たちが成す行いへの所感を語る。

 その物騒な会話を見れば、誰が自分たちのことを『善なる最終目的を持って行動している集団である』などと信じるだろうか?


──正しく物語を終わらせられなかった負け犬のラスボスどもに、今度は責任を持って世界を救ってもらいましょう。


 呆れるウルガの脳裏で再生されるのは、それぞれの“主人公”に敗れ最期を迎えた自分たちをこのやり直しの世界に導いた、自称神様の声。


「……なんで、こんな事になってんのかなぁ」


 そして、元魔王の少年は思い返す。

 このふざけた“勇者パーティ”が結成されるに至った経緯と、ここに至るまでの旅路を。

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