3-15 preuve d'existence
【この作品にあらすじはありません】
しばらくぶりの雨だった。すっかり忘れていた折り畳み傘の存在を思い出す。すでに気付けば肩口は色を変えるほどにぬれている。駆け込んだ駅舎は暗い無人駅で、僕以外には誰もいない。
跨線橋を渡り、2つしかないホーム、ぽつりと置かれたベンチに座る。誰かが残していったバナナの皮が、捨てられるともなくぽつんとしなびていた。バナナが坐する席を1つ開けて、隣に座りそのしなびたバナナを眺めるともなく見つめている。
手に持った缶コーヒーは、妙に冷たい。
山の向こう、雲の切れ間から少しだけ光を差した夕日が、山の稜線を浮かび上がらせる。
この仕事を始めて、早半年。
ようやく生活にも慣れて、自分のできることがわかってきたところ。
今まで感じていた焦がれるような焦燥感や焦りは消え、健康的な生活をゆっくり過ごす。それ自体に、不満はない。
満員電車に揺られ、提示前に出勤し、ひとまずの仕事をこなして、そして退社。コーヒーを一本だけ買って帰る。それが僕の今の唯一の楽しみ。
なんとも寂しいものだ。真菜と別れてから、もう2年近くがたつ。
忙しくなって。会えなくなって。会わなくなって。
あの展示会を経て得た名声と重圧、そして壊れた自分の心を、誰にも伝えられずに、僕は壊れた。
静かな生活の中で、何も作ることはできなくなっていた。
少し穏やかになった生活の中、一本のコーヒーだけが、いつも僕のそばにいてくれる。そんな風に感じている自分が、どこか虚しいとも思う。
ふう、とため息をついてコーヒーのプルタブを弾く。
カチッ。
といつもとどこか違うプルタブの音に首を傾げ、缶を持ち上げて顔をしかめる。なんだ。いつもと違うコーヒーを買ってしまった。
存在理由。
真菜がよく言っていた。自分の存在理由。自分が生きる意味。
その時の僕は、それを深く考えていなかった。自分のなすことがすべて、自分の存在理由だった。
かつての作品たちは奇妙な進徳を遂げ、崇拝の対象となったそれらはもはや僕の届く場所になく。
気付けば、僕を存在証明していたものは、僕の存在そのものを消し去っていた。
手元に何も残らず、失ったそれらを求めて現実を傷つけ、そしていつしか、真菜は僕のもとを去っていった。
すべてに怒りをぶつけ、それでも生まれない自分の才能に絶望し暗闇へと這ってゆく僕は、そして、現実へと歩き始める。
粘土を捨てて、教壇に立つ。
幸いなことに、両親が遺していたお金は生活のためのみならず、学資保険という名で僕の人生を保護してくれていた。あまり高校にすら通っていなかった僕が大学に通うことができたのは、父と、母と、それから僕の作品を認めてくれていた、高校一年のころの恩師のおかげだった。
勉強に関して無知だった僕に指導をくれたおかげで、よい大学とは言わずとも、塑像によって学べる大学へと導いてくれたことは、僕の人生にとってあまりに有益だった。
「約束だ。」星村先生は僕にそう言っていた。「ひとつ。君が大学に行ったら、必ず教職の単位を取ること。」
「俺が、教職ですか?」
あまりにおかしくて笑いながら尋ねると、星村先生は穏やかな笑みで、けれどあの説得力のある声で言葉を重ねる。
「人の痛みを知る人は、人の痛みを伝えられる。人の痛みを伝えられる人は、他人の痛みを考えてあげられる。」
先生の言葉に顔をしかめる・
「人に共感できたら、もっと生きやすい人間だと思いますが。」
「知らないことまで共感をする必要はない。」先生は首を振った。「でも知っている感情に対しても、君は簡単に共感しない。同じ苦しみだと思っても、その痛みをちゃんと大切に考えて、相手と同じだけ傷つこうとする。」
言っている意味がよくわからなかった。だから、と、星村先生はけれど、気付いているのかいないのか、優しく言葉をつなぐ。
「君が自分の作品で何かを表現できなくなった時、万が一、万が一だ、そうなったときのために、君はそれを人のために使いなさい。そのために、教職免許を持っておけばいい。」
先生は、と僕は尋ねた。どうして教員になったのか、と。星村先生はただ照れたように笑った。
「僕はそんなんじゃないよ。ただただ、社会科が好きだっただけさ。」
その表情は、どうしてか、苦しさをたたえていた気がした。
☪☪☪
雨がやみ、空が燃えるように赤い。しなびたバナナが、先ほどより少し生き生きして見えている。
星村先生は、僕が大学に入ってから1年したころに訃報を聞いた。当時の僕は自分の名を売るのに夢中で、彼の訃報にも足を運ぶことができなかった。
今こうして、あの頃の先生のように、あの頃の自分と同い年くらいの彼らと接していると、あの時先生の言った言葉がなんとなくわかるようになっている気がする。
すべてを失い、心がすさんでいた自分が、彼らの勤勉さと若さに少しずつ情熱を、自分を取り戻しているのを感じていた。
自分が何のために塑像を作っていたのか。
なぜそれらを失ったとき、僕は何もかも失ったような気がしたのか。
存在証明。
哲学における自由の対義。
拘束された自由に対する抗議の答え。
かつては自分がそうだったように。
真菜にとっての僕が、そうだったように。
誰に認められなくてもいい、ただただ自分の思いを形にしたかった。
それを初めて認めてくれた他人が、真菜だった。
肩を窮屈に絞めるスーツを毎日着て過ごしていると、けれどその狭苦しさが、だんだんと僕を少しずつ、あの頃の僕に戻してくれている気がしている。
存在証明。
真菜にとっての僕がそうだったように、僕にとって真菜もまた、存在理由だったのだと気付く。
バナナはすっかり色あせて、空はだんだんと闇をたたえてゆく。
いつもより少しだけ苦いコーヒーを口に含みながら、その闇の中に視線が溶けてゆくのを感じる。
山の向こう側、太陽自身は姿を隠しているのに、空だけが名残惜しそうに明るいのがどこか好きだった。
荒れ果てた生活の中で、僕は作品を手放した。
簡単な話ではなかった。著作権の放棄は、それまでの自分が費やした時間、力、努力、意思、すべてを投げ渡すことを意味する。少なくとも僕の手元に少し残っていたそれらを、大人たちは血走った目でかき集めていた。それは、僕の心に残っていた最後のプライドを穿つに十分な火をつけていった。
偶像崇拝。
言葉は知っていた。
それがまさか、本当に自分の手にやってくるとは思わなかったのだ。
僕の作ったそれが、とある男によって神の宿るものにされ、人々はその信仰をもとに政治への反逆を叫んだ。
「天に楯突いた男の最期」。
天を見つめ、天に殺された男の物語が、僕ではない誰かの手によって紡ぎだされ、僕の手を一切触れることなく、もはや僕の手に届かぬところで動き出していた。
僕はそれを、止めることができなかった。
宗教団体として動き出した「それ」は、立ち止まることを知らず暴走し、まるで突撃するサメのように触れるものを傷つけていった。
そして、あの事件が起きる。
十六階建てのビジネスビルを爆破した大量殺人テロ事件。
そこからの流れるような逮捕、崩壊、そして事情聴取。
僕の作品を愛し、最初のファンだった人は、世界に名を遺す世紀のテロリストだった。
そして、すべてが終わったころ、僕が捏ねた土は、土以外の形になることをやめてしまった。





