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3-12 【急募】母親にバレずに爆速で生き返る方法

田中英二は死んだ。しかし、どうしても生き返りたい。

母による遺品整理によって、万が一友人から預かったマザコン御用達作品が見つかれば、事実無根のマザコンのレッテルを貼られかねないからだ。

単身では現世に戻れないと考えた英二は、いったん地獄の深部に向かい現世に未練のある仲間を募る。織田信長、源義経、平将門……。錚々たる面々と挑むは、死者が蘇る世界。

英二の名誉をかけたタイムアタックが始まる。


 田中英二。

 享年二十一歳。死因:熱中症。

 整理番号:20XX0817-2308


 手の甲に三行の文字が。いつの間に俺は死んだんだ?

 顔を上げると、目の前には今日行った夏の祭典以上に長そうな人の列。


 そう、そうだ! 思い出してきたぞ!

 俺は夏の祭典でお高いワンダフルな薄い本をスーツケースいっぱいに手に入れて、家に帰って読みふけって……、そこからの記憶がない。

 そういえば、読むのに夢中で水を飲んでなかったかも? それで熱中症で死んだ……。


 って、納得できるか!

 せっかく買ったのに半分も読めていないんだぞ!


 しかも、しかもだ。

 それが真実なら、死んだ俺の部屋を片付けるのは十中八九、母さんだ。

 母さんに俺がケモミミ褐色肌白髪ロリ愛好家だってことがバレるのは、致命傷レベルだが、まだ、なんとか、受け入れられなくもない。

 ヤバいのは友人から「鞄に入らないから」と一時的に預けられた母子相姦系作品と人妻NTRモノ。スーツケースの実に三割を占めている。


 鍵はかけたはずだが、万が一、中身を漁られて、母さんに俺がマザコンだと勘違いされてみろ!

 あのとびっきり厚かましくてポジティブでサイコパスな母さんのことだ。俺の葬式では、いかに自分が息子に愛されていたか、盛りに盛ってありもしない思い出を語るに違いない。


 そんなの耐えられねえよ。

 あのマザコンドストライク作品群を処分してからでないと、夢の中であっても死ぬに死ねない。

 冤罪が恐ろしすぎてどうか夢であってくれと祈るだけでは心許なさすぎる。鳥肌立ってきた。

 生き返らないと。

 母さんが俺の部屋を物色する前に!!


 後ろを向くと、点々と火の玉が続いている。少しするとボヤーっと人の形になる。

 さては人魂だな? これを辿れば元の場所に戻れるかも!


 ダッシュでやって参りました、黄泉比良坂。


【黄泉比良坂】

【極楽・現世↔︎地獄】


 親切にも看板があるので間違いない。

 山の合間みたいに、左右に穴が開いている。平たく言うとトンネルだ。

 奥は暗くてほとんど何も見えないが、極楽・現世方面からポツポツと人魂がこちらに流れてきていて、その周りだけほんのり明るい。蛍光灯レベルで光ってくれていいんだぞ。もっと自己主張していけ。

 その流れに逆らって、傾斜のあるトンネルを進む。


【獄卒注意】

【亡者の方はご親族の付き添いが必要です】

【この先自動審判。積んだ功徳は考慮されません】

【大人しく戻り審判を待ちましょう】


 標識多いな。

 繰り返し同じ標識がしつこいほど何度も掲げられている。

 俺も自分の名誉がかかってなかったら引き返していただろうなっていう、ヤバげな雰囲気。

 体感1キロくらい進んだところで、電子の歌姫めいた声が響いた。


『自動審判を開始します』

『亡者照会──完了』

『罪業の照会を開始』


『田中英二。成人。殺生:有。偸盗(ぬすみ):無。邪淫(うわき):無。飲酒:有。妄語(うそつき):有。邪見(ごくあくひどう):無。破戒:非尼僧(にそうにあらず)

 判定:第5層・大叫喚地獄相当』


「俺は殺しなんかしてない! せいぜい虫くらいしか……はっ、もしかして蚊か!? 判定厳しすぎだろ!」


『これより移送いたします』

「うわあああああ!」


 地面が滑って、あっという間に入ってきた所を通り過ぎ、下へ下へと押し流された。

 やっと止まった場所は、すごく熱かった。暑いではなく、熱い。汗が出た瞬間に蒸発するくらい。キツすぎて脱いだ。パンツは流石に我慢。

 だが、脱いだら脱いだで日焼けのヒリヒリなんて目じゃない痛さ。着ても脱いでも地獄じゃねーか。


 眼下は火の海で、男女関係なくBBQ──もとい、拷問されていた。

 オエッ!

 しばらくゲロゲロしていると、足音が近づいてくる。


「異臭じゃない、亡者だ! 担当は何をしている!?」


 掃除道具を持った鬼に見つかった。しかも複数。


「急ぎ縛りつけろ! 舌を抜いて延ばして叩け!」

「逃げるな! 罪が重くなるぞ!」


 物騒!

 慌てて再ダッシュ。足の裏がじゅっと焦げる端から再生して痛い! 痒い! 痛い!

 そして鬼たちはどこまでも追ってくる。


「そこの青年、こっちでござる!」


 もうダメかと思った時、藪に引っ張りこまれた。

 鬼たちが通り過ぎるまで、俺は大人しく口を塞がれていた。


「助かった……、誰?」

「デュフッ……名乗るほどのものではござらん」


 もちっとした指で眼鏡をクイッと上げ、にちゃりと笑う。バンダナにチェック柄のシャツ、パツパツのジーンズ。すごい。昔のオタク像がここに。

 熱くないのかと尋ねると「慣れでござる」だそうだ。っょぃ。

 ちなみに名前は山田で、亡くなった歳はそんなに変わらなかった。


「ところで田中氏の趣味をお聞きしても? 拙者は学園百合主従ハピエンだとなおヨシ村の民でして……」


 目には目を、歯には歯を、性癖には性癖を。


「ケモミミ褐色肌白髪ロリを少々」

同類(オタク)神引きキタコレ!」


 何???


「これから田中氏を拙者らの楽園にお連れするでござるよ」

「楽園?」


 この灼熱の地獄で?

 山田さんが言うには、亡者たちが獄卒(おに)の目を盗んで何百年、何千年と協力して作った隠れ家があるそうだ。罪が軽いと獄卒の目が緩いうえに、刑期が終わるまでは死ねないのもあって、ご先祖様たちがハッスルしたそうだ。

 アフターライフ満喫してんな。


「大叫喚地獄は嘘つきが落ちる地獄でして、文豪や作家、漫画家……フィクションを作る人間はだいたいこの地獄に落ちるんです。プロアマ関係なく」

「つまり?」


 話を促すと、山田さんは誇らしげに胸を張る。


「作者死亡により未完の作品の続きが、この先にあるんですよ。ドラのすけですとか、サイボーグ900ですとか……」


 な、なんだってーーー!?


「つ、つまり、砂漠の夜のティータイムの続きが読める!?」


 俺の高校時代を捧げた聖書であり、運命であり天啓であり俺のフェチの原型であり、棺桶に入れるよう遺言する予定だった最推し作品なんだが、数年前に作者の先生が亡くなられて打ち切り。あの時は泣いた。

 その続きも読める……!?


「氏は趣味が良いですなあ。先生から当時は全然売れてなかったとお聞きしましたが、こうして同志にお会いできて光栄ですぞ。僕は死後からのファンですが、褐色百合主従たいへんに良き……」

「で、どうなんだ!? 続きはあるのか!?」

「現在先生が鋭意執筆中ですぞ」

「地獄じゃなくて極楽の間違いでは!?」


 死んでよかったーーー!!!


「ハッ、でもでも、お高いんでしょう?」

「いえいえ、ご安心なされよ。なんと今なら存命の作者の作品の最新情報の提示でオタクの楽園にご案内」

「……なるほど、最近の作品について教えればいいんだな?」


 納得の交換条件。

 俺も楽しみにしている週刊連載作品の更新がないとその週の生きる気力が消えるからな。全力で思い出すとも!


「その通り。まずは図書館に案内するでござるよ」


 頼りになる背中に付いていきかけて、足が止まる。

 そんな俺に気づいて、山田さんは不思議そうに振り返った。


「ものすごく行きたい! 行きたいがッ……! 俺はそこに行く前に、やらなければならないことがある……ッ!」


 かくかくしかじか、苦渋の決断。


「ははあ。確かに、その系統の作品が家族に見つかるのは、ものすごく気まずいですな」

「そうなんだ。ただ、ここの図書館には絶対に来たいから、ヤバい同人誌を友人に届けたらちゃんと死んで出直すよ。世話になりっぱなしついでに、生き返る方法を知ってたら教えてくれないか?」


 俺をバカにすることなく、山田さんが「ふむ」と顎をさすった。

 その反応は期待するぞ?


「黄泉がえりといえばイザナギとイザナミ、オルフェウスとエウリディケでしょうが、現世に戻れたのは結局、生者であった男だけ。小野篁殿も当時は生者でしたし……。死者が蘇るとなれば、それは死者の理が変わる必要があると愚考しますぞ」

「理が変わる……」


 そうだよな、単純に上ろうとしてもさっきみたいに自動で流されるだけだろう。

 蘇れない世界を蘇れる世界にしないといけない。

 そうと決まれば。


「俺は下に行く」

「下ですか? ここより下層は肉親殺しの極悪人や聖職者に手を出した犯罪者くらいしかおりませんぞ」

「そりゃいい! 戦国武将とかもたぶんいるだろ? 一緒に生き返ろうぜって誘う!」


 我ながら名案!

 生き返りたい奴の一人や二人いるはず。

 山田さんはポカーンとした後、「あっはっは!」と大爆笑した。


「……確かに、紫式部殿はこの階層におりますし、かの義経公は地獄に落ちて軍勢を率い獄吏を破った経験もあるとか」


 ひとしきり笑った後、眼鏡をずらして涙をぬぐってこう言った。


「いいですな、地獄革命。拙者もお供つかまつります」

「いいのか?」

「何、取材でござる。次のヨミケでは歴史ものを検討しておりまして」

「心強い! よろしく!」


 俺は山田さんと一緒に黄泉比良坂へと戻ることにした。



 現世と地獄の境目に、亡者を管理する閻魔庁(えんまちょう)がある。時代の流れに合わせ増改築を繰り返しているが、伝来元である中国の文化がそれなりに色濃く残っている。

 その庁舎の前に一台のチャリが停まった。


「英二く〜ん、ママが迎えに来ましたよ〜! 良い子にしてるかしら〜?」


 英二の母・明子は、軽い足取りで閻魔庁の扉をくぐり、受付へと向かった。



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