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3-09 金獅子の救世主と黒づくめの執行人

『新月の夜は外に出てはいけない』という謎の不文律が存在する極東の都マガツモ・シティ。そこで、禁忌を破って外に出た金獅子族の少女ダリアは、八咫烏族の青年サクバと出会い、殺されそうになったところをすんでのところで命拾いする。


のちに、ダリアは、長らく虐げられてきた金獅子族の救世主として祭り上げられる。しかし、救世主の器に適合しないことが判明して、一転して迫害の対象に。その原因がサクバにあることから、彼もまた、異種族の抗争に巻き込まれる。そして、人間も含めた大規模な争いへと発展するのだった。


これは、虐げられた少女と誰にも顧みられない青年が、世界なんてどうなってもいいと言いつつ己の使命を全うして、ついには、自分の居場所と生きる道を見つけるまでの物語。

 かつてヒノモトというクニの一部だったらしい極東の都は、今はマガツモ・シティと呼ばれている。欲と混沌にまみれ、来たるもの拒まずのドブ臭い大都会だ。

 ただし、他とは違う特色が一つ、法律や条例よりも上位の不文律がここには存在する。それは『新月の夜は決して外に出てはいけない』というものだ。大人から子供までこの鉄の掟を知らぬ者はいない。禁を破る者は『執行人』によって『浄化』されても文句は言えないとされている。だから、こんな夜にあえて外に出る者は、犬畜生以下の存在と言っているようなものだ。

 ここに一人、犬畜生以下の少女がいた。名をダリアと言う。金色の髪と目は金獅子族の末裔を示している。誇り高く崇高な存在だった金獅子族がなぜこんな扱いを? 理由は簡単、人間に負けたからだ。数百年前に人間に敗れた金獅子族の子孫は、いつか現れるという一族の救世主の誕生を信じて、虐げられる日々を耐え忍んでいた。ダリアもその一人だ。

 ダリアは恵比寿家という大きな屋敷で下働きをしている。使用人の中でも最も身分が低い雑用係だ。だから、翌朝の醤油を切らしたという些細な理由で、新月の晩にもかかわらず使いに出された。この日は、禍々しいネオンサインも街灯も全部消灯して文字通り真っ暗になる。夜目の利く彼女は、こんな時にはうってつけの存在だった。

 ペラペラの単衣をはためかせ、迷路のような路地を抜ける。目的の醤油屋まであと少し。表口から行くと迷惑がられるので勝手口に回り、棒きれのような腕でドアを叩く。

「すいません! 恵比寿家の使いの者です! 醤油を切らしてしまって!」

 無言。それでも構わずに叩く。やっと醤油屋の主人が出てきた。

「よりによって新月の夜に来るとはね! 非常識もいいとこだ!」

 主人はドアを開けると、空の一升瓶を抱えて立ちすくむ鶏ガラのような少女を一瞥した。

「お前だけならともかく、うちまで巻き添え食らったらどうするんだ! これだから恵比寿家は!」

 主人は虫ケラを見るような表情のまま一升瓶をひったくると奥に引っ込み、醤油を詰めてから戻ってきた。そして、ダリアが恐る恐る差し出したお金をひったくると勢いよくドアを閉めた。

「ひとまずよかった……あとは戻るだけだ」

 一人安堵のため息をもらす。だがここからが正念場だ。醤油が入った瓶を抱えながら急がなくてはならない。もたもたして執行人に見つかったら最悪だ。

 裏路地のさらに奥まったところを選んで慎重に歩く。ゴミのすえた臭いもこんな時は気にならない。醤油が並々入った一升瓶はとても重く、両手で抱えても手が痺れる。緊張のあまり脂汗をかいて何度も滑り落としそうになった。

 その時、来た時とは違う異変を察知した。

(何だろう、赤い点々が落ちてる……これは血!?)

 細い路地を横切るように、赤くて粘性のある液体がぽたぽたと垂れている。

 亡き母に『困った人がいたら助けなさい』と教えられていたダリアは、どうしてもこの状況を放っておけなかった。自分の命が風前の灯なのを一瞬忘れ、一升瓶を静かに置き、そろそろと血の跡を辿っていく。

 それは更に細い路地へとつながっていた。大きな罠のような気がしつつも後戻りできない。心臓が早鐘を打ちながら、一歩一歩踏みしめる。

 血痕の先にはうずくまる黒い人影があった。ただ事ではないことを悟り恐怖心も忘れて駆け寄るが――。

「どうしたんですか……うっ!」

 一瞬何が起きたか分からなかった。気づいた時には、首根っこを掴まれ宙吊りにされていた。相手は体格のいい青年で、黒づくめの山伏のような装束に艶のある黒い羽を背負い、片方の肩から真っ赤な血を垂らしている。手負いとは思えぬ速さで、ダリアの細い首をつかみ、片手で持ち上げられるほどの怪力の持ち主だ。圧倒的な力の差に、ダリアはなす術もなく、だらしなく涎を垂らしながら、顔を真っ赤にしてうめくしかなかった。

「誰だ! 新月の夜に出歩くたぁ命が惜しくねぇのか!」

「……だずげで……だずげでかあさま……」

 息も絶え絶えにもういない人に助けを求める。すると、興味を失ったように手がパッと離れ地面に落とされた。ダリアは、地面に突っ伏し、涙を流しながら苦しそうに咳き込んだ。

「怪しい者ではありません! 使いに出されただけで……」

 まだうまく言葉が出ない中必死で弁明する。相手は、金色の髪と目を持つ少女を見て何か察したようだ。

「……ふうん、金獅子族か。お前ら夜目が利くからな。こんな日に使いに出されるなんて大事にされてるな」

 容赦のない皮肉に目を伏せる。カラスのような黒い羽を背負っているということは、彼もまた異形なのだろう。ダリアはそっと彼を垣間見た。黒い髪を一つに縛り、房のある真っ黒な耳飾りを付けている。もう一つ特徴的なのが歯がギザギザしていることだ。母から聞いたことがある、これは八咫烏族だ。三本の足を持つ八咫烏が獣人化したもので、進化の過程で三本目の足が退化したと言う。

 この一族はとりわけ誇り高く、人間を忌み嫌うとされ、彼らからすれば、金獅子族は『誇りを捨て人間に隷属する恥さらし』と映る。人間にいいようにこき使われるダリアはさぞかし滑稽に見えるだろう。

「あの、傷、本当に大丈夫なんですか?」

「他人に構う暇があったら自分の命の心配をしろ。『執行人』に『浄化』されてもいいのか?」

 ダリアは青い顔で黙り込んだ。と言うことは……まさか? 頭に浮かんだ突拍子もない仮説に愕然とする。でもつじつまは合う。この青年が新月の夜に外にいる理由も、新月の夜に全て真っ暗になる理由も。

「『執行人』って……八咫烏族のことだったの?」

「ああ、そうだ。最重要クラスの国家機密だ。冥土の土産に教えてやるよ」

 それを聞いた少女は自分が『浄化』の対象になったことを悟った。

「お願いします! どうか命だけはお助けください!」

 地面にひざまずき頭をこすりつけて懇願する。骨と皮のような体から出たとは思えない力強い声だ。

「今だって死んでるようなものじゃねぇか! お前如きいなくなっても誰も悲しまねぇよ!」

 神にも見放されたうらぶれた路地裏で、青年の高笑いが響く。腹を抱えて笑うものだから、周囲の空気が変わったことに彼は気付けなかった。

 否、変わったのはダリアの方だ。彼女はおもむろに立ち上がると、人が変わったように背筋をぴんと伸ばし、顔をまっすぐ上げて口を開いてこう言ったのだ。

 

「あなたにはこの娘が愚かしく見えますか?  誇りの形は人の数だけ存在します。己を犠牲にしても未来に希望を託す、それが金獅子族の誇りなのです」

 

 さっきまでとは違う、別人のような声色。金色の瞳はキラキラと輝き、荒れた唇は紅を差したように色付き弧を描いている。痩せこけた少女が、急にぞっとするほど美しく見え、この世のものとは思えぬ深淵と色気をたたえていた。

 何者かが憑依したとしか思えない変化に青年は圧倒され、雷に打たれたように立ち尽くした。

(何だこれ……? 何が起きた?)

 これから何が起きるのだろう。得体の知れない恐怖に身動き取れない。だが、これは一瞬の出来事だった。すぐに、ダリアは我に返り元に戻った。張り詰めた空気が一気に弛緩する。

「…………はっ! 私ったらどうしたの? もしかしてまたあれが起きた?」

 ダリアは、取り返しのつかない事態になったことに気づき顔面蒼白になった。訳が分からないがごく稀に起きるのだ。それも決まって肝心な時に。

「ごめんなさい! 私ったら偉そうなことを! どうか許してください!」

 ダリアはすっかり取り乱し、腰を直角に曲げて頭を下げたが、青年は逆に目をらんらんと輝かせた。

「…………おもしれぇじゃねぇか、この俺に説教するたぁ。気が変わった。生かしといてやる」

「本当ですか? ありがと――」

 青年の言葉にホッとしたのも束の間、彼はおかしなことを言い出した。

「ただし、俺に口付けをしろ」

「は? どう言うことですか?」

 突拍子もない条件に今度は目を丸くする。口付けとは大人の男女がするものではないのか。

「死にたくないんだろ? それなら嫌われ者の『執行人』に口付けくらいできるよな? 『穢れ』も気にしてらんねぇよな?」

 彼の言っていることがピンと来ないが、ここで死ぬわけにはいかない。ダリアはゴクリと唾を飲み、ためらいなく青年に近づくと、背伸びをして、両手で彼の顔を抱えて唇を重ねた。

「!」

 彼が身をこわばらせるのが分かる。自分から言い出したのに何を驚いてるのだろう? さらに顔を傾けて唇を押し当てる。最初からロマンチックな感慨はない。全ては生きるためだ。それでも、唇の柔らかさと、敏感な部分を他人と接触させていることで、どこかゾクゾクした感覚を覚えた。しばらくして顔を離すと、青年は奇妙な表情を浮かべ、こちらをまじまじと見つめた。顔が赤らんでいるのは気のせいだろうか。

「傷が治ってる……。お前、何をした!」

「知りません! 言われた通りにしただけです!」

 ダリアにも意味が分からない。口付けにそんな効果があるなんて聞いてない。質問攻めにあったが、知らないものは知らないと答えるしかなかった。

「これで命は助けてもらえますか?」

「ああ、約束は約束だ。殺しはしねぇよ」

「……よかった」

「ついでだから屋敷まで送ってやる」

「でも……」

「別の奴に『浄化』されてもいいのか?」

 ダリアは慌てて被りを振った。ここは彼に従っておくのがいい。

 ダリアは軽々と抱えられ、青年の黒い羽がばさりと広がった。大人の背丈ほどもある雄大で神々しいほどに艶やかな羽に目を見張る。そして悠然と羽ばたき、二人の姿は闇夜の空に溶けていった。

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