会いたい理由【オスカー】
「もッ…申し訳ないッ!!」
いつものように起き抜け謝罪をしようとすると、セスが笑いながら肩をポンポンと叩く。
「オスカー様、賢いんですからいい加減覚えてください。今回も揉んでいたのは私の腹です。贅肉っていうのはそんな簡単に落ちないんだ…と私が自覚して落ち込むので、謝るのはやめてくださいってば」
軽く体を伸ばしながら彼女は茶葉を掬う。にこにこしながらいつものようにハーブティーを淹れる彼女をソファから見つめ、私は溜め息をついた。
「もう半月になるが…まだ記憶が飛んでしまうようだな…。恥ずかしい限り…」
「舐めるだけでひっくり返っていた上級下戸が、今は三杯目まで記憶残ってるんです。上出来だと思いますよ?」
「しかし…今回もまた奪い取って飲んだのだろう?」
「そうですね。あのあと追加で三杯ほど。今回も見事な手捌きでしたよ」
「そこも問題なのだ。か弱い女性から物を奪い取るなんて野蛮な…」
もう一つ大きな溜め息をつくと、彼女が笑いながら首を振る。
「うーん、何度も言いますけど、強奪してるというより、ある種曲芸を見ているみたいで、盗られる方もちょっと楽しいですけどね。オスカー様はスリでも一流になると思いますよ、保証します」
「そんな太鼓判はいらないんだよ」
「へへ、でも本当に身のこなしが素晴らしいですから。そこは自信持ってくださいね」
相変わらず褒めてるんだか何だかな内容だが、にこにこと笑いながら話すセスに悪気はないようで、つられて私も頬が綻ぶ。
彼女が淹れてくれたハーブティーを受け取り、私は一息つき、彼女に向き合う。
「最近は大きな粗相がないとは言え、セスも毎日酔っ払いに付き合うのは大変だろう?明日は私も仕事が休みだから、セスさえ良ければ一緒に買い物でも行かないか?たまには息抜きに。お礼に何か贈らせて欲しい」
訊ねると、しばらく間が空いて迷ったような声が出る。
「えー…と、それは」
「あ、すまない。毎日セスの時間を拘束しているのに、休日まで縛るような事を言って。君と話している時間が楽しいから、つい」
「………」
「セス?どうしたんだい?無理を言ってしまったなら謝るよ」
何も言わずにこちらに視線を寄越す彼女を見て、浅はかな提案をしてしまったかと気付く。
ただでさえ酔っ払った状態の私に付き合ってくれているんだ。休日はゆっくりしたいに決まっている。
「セス、すまない。忘れてくれ。また次回頼む」
「…いえ、大丈夫です。あまり休みに外出する習慣がないもので。…私で良ければお付き合いします」
そう言いながら茶器をさげる彼女の後ろ姿を見ると、耳が少し赤い。
「照れて…る?」
彼女の肩に緊張が走り、ピタリと止まってこちらに振り返る。
「あのですね、オスカー様。あなたみたいなご身分もあって見目麗しい男性と休みの日に外出するなんて、庶民にはとぉーーってもハードルが高いんです。……それに…」
続きを言う彼女の頬の紅色が濃くなる。
「何だかデートみたいじゃないですか…,」
それを聞いて私は彼女以上に顔に熱が集まってしまう。
「ちょ…どうしてそっちが頬を染めるんですか!無自覚に人をたらすのやめてください!」
「すッ…すまない!そんなつもりはなくて」
「わかってます!だから!オスカー様にそんな気がないのに変な意識をしてしまった自分を恥ずかしいと思ったんです!…言わせないでください」
どちらも頬を染めてうつむいてしまう。確かに年頃の男女で出掛けるなんて、そういう意味合いの方が強いか。
「もう!何て初々しい会話してるんですか私たち。裸で風呂に入った仲です、一緒に出掛けるなんて今更…」
「そ、そうだ!私はセスに全て見せてるからな!は…ははは!」
「……ともかく、明日楽しみにしています。では、今日はこれで」
「あぁ、ありがとう」
そそくさと片付けて帰る彼女の耳たぶはまだ赤い。それを指摘するのは野暮かと私は何も言わず見送った。
今日はセスが帰った部屋を妙に静かに感じて、ソファに深く腰掛ける。本当にそんなつもりはなかったが、言われると確かに女性と出掛けるのはずいぶん久しぶりな気がする。そうか、逢瀬ともいえるか…。
それを指摘してきた彼女を思い出して、再び頬に熱がこもる。いつもは冷静な彼女の動揺した表情は…
「……かわいかった、な」
こういう気持ちの時に酒を飲みたくなるのだろうか、と私は片付けられた机を見て呟いた。
--------
「あのー…目立ち過ぎてません?」
「そうか?」
「はい、主に女性からの視線で射殺されてしまいそうです、私」
「気のせいだよ。セスがいつもより素敵な格好をしているから、みんな君に見惚れているんじゃないか?」
「オスカー様みたいな方が言うと逆に嫌味ですよ、勘弁してください」
「どうして?思った事をそのまま言っているのに。今日はいつもと違って柔らかい格好なんだね。よく似合う」
「…ッ!……あ、ありがとうございます」
照れながら俯く彼女は本当に可愛らしいな…いつもはこちらが教授願う方だから、ほんの少し揶揄いたくなってしまう。
「近くに美味しい焼菓子のお店があるんだ。美味しい茶葉も売っているから、そこへ行こうか」
「はい、楽しみです」
--------
目当ての店は混んでいて、二人で店外の列に並ぶ。
「外までいい匂いがしますね。試食した木苺のクッキーはオスカー様のお家にある紅茶に合いそうです」
「そうだね、気になる味は全部買って帰ろうか。二日酔いの楽しみが出来るよ」
「お金持ちの発想ですねぇ…こんな高級な焼菓子、なかなかまとめ買い出来ないですよ」
「いつもはこんなに買わないよ。今日は師匠が一緒だからね、いいトコ見せたいんだ」
「困ったお弟子さんです」
ふふ、と二人で笑い合っていると、不意に声を掛けられた。
「ヴィエンタイナー様…?ですわね!まぁ、珍しい!こんな所でお会いするなんて!王城から出てこない麗しの医師団長様がお昼にいらっしゃるなんて…!」
大きく巻いて整えられた髪に、上質な絹の服を着た婦人がこちらにやってくる。どこかでお会いした事があるだろうか?私の属する第三部隊は医療班で人と関わる事が多い為、覚えていない人もいるはずだが。
「….それに、一緒にいるの….は、あらあら、どこぞの狂人一家の末娘では?」
口元に扇を寄せて、婦人はセスを頭からつま先まで蔑んだ視線を向ける。側から見ていても不躾なその態度に、私は思わず眉を顰める。
「こんな事、言いたくございませんけれど、騎士団長ともあろうお方がそんな狂人と一緒にいると悪い噂が立ちますわよ?その娘は手癖も悪いと言われておりますし、姉もとんだ狂…」
「姉は狂ってなんかいません。私はともかく、姉に対する発言は撤回してください」
彼女らしからぬ突っかかり方をして、巻き髪の婦人にセスは視線をあてた。
「まぁ…!怖い怖い。側にいるだけで気狂いが移ってしまうわ」
「…何が分かるっていうの?あんた達みたいな…恵まれた人間に…!」
聞こえるか聞こえないかの声で、セスが俯き下唇を噛む。
「………オスカー様、すみません。用事を思い出してしまったので、今日は帰ります。あと、これ…」
すぐに分かる嘘を吐いて、彼女は紙袋を私に差し出す。
「いつも頂くお給金が多いので…。上等なものじゃないですが、二日酔いの時に使える酔い覚ましのポプリです。綿と一緒にくるんで縫っているので、気持ち悪い時はその匂いをかいでください。胃の気持ち悪さは少し軽減されると思います」
「セス…」
「すみません、失礼します」
彼女は私の胸元に紙袋を無理やり押し付け、走って行ってしまった。