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既視感も数が多けりゃ飽きる【オスカー】

 むにむに。むにむにむに。むにむにむにむに…。


 頭が痛い…。割れそうだ。それにしても本当に触り心地の良いむにむに……むにむに?……!!!!


 慌てて体を起こす。


「ッ…」


 頭の中を鐘が殴りにくる。知っている痛みだ。それに知っている感触。


「あ、起きた。おはようございます、オスカー様」


 前と同じく重たい瞼を持ち上げて横を見ると、ローソファにセスが座っていた。格好から察するに膝枕でもしてくれていたのだろう。


「すっ…すまない!私はまた…!!!」

「あ、大丈夫ですよ。オスカー様が揉みしだいていたのは私の横っ腹です。掴める程にドッサリ肉があるのか…と、そういう意味では傷付きましたけど、色っぽいやり取りはありません。正しい未遂です」

「正しい未遂…」


 それよりもハーブティーでも淹れましょうか?とセスは立ち上がる。私に酒が残っているのを案じてくれているようだ。


「まぁまだ5回目ですから。さてオスカー様、今回はどの辺りまで会話をしていたか覚えておられますか?」


 温かいハーブティーを渡しながらセスが問い、私は頭を振って答える。


「そうだな……最初の乾杯をして『今日こそは3杯を目指そう!』の、あたりだろうか…」

「なるほど、とんでもなく最初ですね。あと今日()私からグラスを奪い取って5杯ほど飲んでらっしゃいます」

「そうなのか……私は何と乱暴な…」

「あ、決して強引な方法ではないですよ。スリみたいに私からグラスを掻っ攫うので、最後は感心してしまいました。手品のような手つきはさすが騎士団様ですね」


 褒められているのかよく分からないまま私は頭を抱える。


「あ、でも吐かなくなりましたし、チリコ酒の濃度もすこーーーし上げているんです。少しずつ前進はしてますよ、多分」

「多分、か…」

「はい、私の言う事もだいぶ聞いてくれるようになりました。お話に夢中になった時、羽交い締めする癖もずいぶん少なくなっ……」

「もッ…申し訳ない!!!」


 あはは、と笑いながらセスが言う。


「初日に比べると新生児から乳児くらいには成長されていますよ。さすがに連日の飲酒は体によくないので、明日はお休みにしましょう。オスカー様、今日もお仕事ですよね?」

「あぁ、もう少ししたら私は出るよ。セスは好きなだけ居ればいい。それと、今日の分」


 小さな麻袋に入った給金を彼女に渡す。彼女がきちんと酒量を調整してくれているせいか、酔い潰れて朝まで寝る事もなく、どの時間からの仕事でも支障が出る事はない。

 今日は夕刻から会議がある為、彼女を残して家を出る。頭は痛いが目を覚ますと横にセスがいてくれる安心感と、気怠くなりながらも過ごす空間は悪くない。

 起きて毎回謝罪をしながら私はハーブティーを飲んでいて、頭痛はともかくこの時間は心地が良い。


「いけない、もうこんな時間か。セス、悪いが私は行くよ。今日もありがとう」

「はい、行ってらっしゃい」


 次も頑張ろう、眉間を揉みながら決意を新たにするのだった。


--------


「おい、酒くせぇぞ。それくらいちゃんと抜いてこい」


 席に着いた瞬間、隣りから声がする。見ると黒髪の精悍な男が座っていた。セスよりも深い黒色の髪を持つ彼は、自分の鼻をつまみ、(おど)けた顔でこちらに向いている。


「抜いてこれなんだよ。それにお前の鼻が利きすぎるんだから辛抱しろ」

「下戸のくせに連日そんな酒のニオイさせてたら気にもなるわ。まだ諦めてねぇのかよ」


 呆れたように言うのは第二部隊隊長のシオンである。


「当たり前だ。お前がもっと協力的なら私のこの問題も早々に解決していたはずなのに…」

「ふざけんな。どれだけ付き合ってやったと思ってるんだ。ゲロまみれの隊長様をこの俺が運んでやってたんだから感謝して欲しいよ」


 思い出すだけでゲンナリした様子のシオンを見て、そうだろうなと思う。

 彼は隊長としてはもちろん優れた人物で、身体的な特性として鼻がとても利く。

 何故か王室付き騎士団の隊長はそういった特性がある者が就く事が多く、彼もその1人だ。その為、最初の頃は『王の忠犬』なんていう通り名もあったくらいに。

 鼻の利く彼なので、酔っ払いの相手は大変だったのは間違いない。私は記憶にないのだが、最初は嘔吐も酷かったらしいから、酸っぱいニオイに耐えながら私の介抱もしていたはずだ。まぁ私はさっぱり記憶にないのだが。

 それでも付き合ってくれる優しい人物でもある。


「まぁ酔ったお前の状態に付き合えるのは、よっぼどの好事家じゃないとな…」

「シオンがそうって事でいいか?」

「馬鹿かよ。俺は隊長様の醜聞を防いでやってるだけな。あとは同僚のよしみ」


 面倒そうに話すシオンは悪態はつくが根のいい奴だ。


「マッジ隊長が退役されてから、第三の方もやっと落ち着いてきたとこだろ?あんまり外でゲロまみれになってる場合じゃないぞ、()()()()()()()()()()殿()


 片眉を上げながらシオンが揶揄う。


「分かってるよ。今は可愛らしい師匠がいるからね。外で体たらくを晒す事はなくなったよ」


 ふん、と息をついて私は彼にどうだ、と視線を向ける。


「あー…なるほどな。お前がここ最近機嫌がいいのはそれでか。前まで酒を飲んだ次の日なんて一日中使いモンにならなかったのにな。何ちょっと酒覚えて楽しんでるんだよ」

「楽しんでなどいない。まだ頭だって痛いし、飲んでいる最中の殆どは覚えていないのだから」

「その割には頭から音符出てんぞ」

「揶揄うな。こっちは真剣にやってるんだ」

「まぁ晩酌相手と相性がいいんじゃねぇの?吐かなくなったら俺とも酌み交わそうぜ」

「そうだな。記憶が飛ばなくなったら付き合ってくれよ。詫びも兼ねて奢らせてくれ」

「はは、楽しみに待ってるぜ。お前、記憶が飛ぶからってその可愛い師匠とやらに手ぇ出すんじゃねぇぞ」


 バサリ、思わず動揺して書類を落とす。


「バッ…バカな事言うな。彼女とはそんなんじゃない!」

「お前…」

「違う違う!出してない!」

「ほー…そんな作戦で囲うとは隅に置けないねぇ」

「違うって」


 隊長会議が終わった後もシオンはニヤニヤと含んだ笑顔を向けて来て、説明すればするほど言い訳がましくなる不思議と戦いながら、私は帰路についた。

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