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お詫びついでにお願いしてみる【オスカー】

 セスの説明では、私たちは本当に何もなかった、との事だが…。


「…なんですか?その疑いの目は…。本当ですってば。……それとも、()()あった方が良かったですか?」

「とんでもない!!……だが…未婚の女性を…は、裸でッ…!」

「だから大丈夫ですって。お互いそんな初々しい年齢でもあるまいし」

「年齢など、関係ないッ!どんな女性も丁寧に扱われるべきで…」

「まぁ扱われるべき女性(わたし)はガッツリ2回汚されましたけどね」

「…ッ!!申し訳ないっ!!!!」


 彼女は本当に何でもない様子で「起きたらさっさと帰れ」と言う。


 どうにも申し訳なくて、お詫びの気持ちで隊服の釦を彼女に渡す。施しをしているみたいで気が引ける気もするが、何かせずにはいられなかった。手持ちがあれば迷惑料を払いたいくらいだ。

 

 そんなやり取りをしていると、彼女から「貴方は酒が弱い」という言葉を聞いて、これは天命だと腹を決める。次の夜市までには絶対にどうにかしたい私と、何もかもの状態を知って動揺しない若い女性。

 私は失礼続きの相手に更に指南を願い出る。彼女はうーんと唸った後、私に向いてこう言った。


「オスカー様、元も子もない事いいますけど、お酒の強さや酒癖は個性ですから。努力でどうにかなる類のモンじゃないと思うんです。えーと、その想い人?にさっさとオスカー様の酒癖が赤ちゃんみたいになる事を白状して、極力お酒を遠ざけてはどうでしょう?」


 彼女は至極真っ当な事を言う。最初にその方法は考えたに決まっている。決まっているじゃないか。


「先ず、それを伝えるのが無理なんだ…」

「どうしてです?あまり見栄を張ってお付き合いしちゃうと、後に辛くなっちゃいません?」


 それが叶うならどれほど…!


「とにかく第一段階さえ突破出来れば…!しかし彼女と会う最初の日だけ酒を酌み交わさねばならず、本当に困っていて」


 セスは色々と考えているようで、うーん…とか、でも…とかブツブツと言っている。


「指南して欲しいと言いながら条件を付けるようで申し訳ないのだが…私は王室付き騎士団に所属している身で、あまり外で醜聞を広める訳にいかない。君さえ時間が許すなら、ここ…は、貴女に良くない噂が出るか…。セスさえ良ければ私の家で訓練をして欲しい」


 どうにかして恥ずかしくないレベルまで鍛えなければならいが、そもそもすぐに記憶が遥か彼方に飛んでしまう。

 しかし立場上、ホイホイと其処彼処で醜態を晒す訳にもいかず、出来れば個室で鍛えて欲しい旨も伝える。


「私の屋敷には色んな部屋があって、防音に優れた部屋もあるから出来ればそこで…」

「防音室があるんですか!!」


 今まで非常に面倒くさそうにしていたセスの目が急にキラキラと輝く。


「ああ、我が家は一応伯爵家の端くれだから、屋敷だけはやたらと充実していると思うぞ。他にもダンスホールや温室なども」

「オスカー様、伯爵様なんですか?」

「爵位は父が持っているよ。私は騎士団に所属しているから、家は弟が継ぐ予定になっているけれどね」

「いいですねー。私は兄弟がいないので」

「そういえばセスは1人住まいなんだな」

「あー…まぁ…」


 そこで急に彼女が黙り込む。プライベートな事を訊いてしまったかと、少し心地の悪い沈黙が続く。


 コホン、と軽く咳払いをして私は次の提案もしてみる。


「とはいえ、私も騎士団の任務があるので決まった時間に帰るのは難しいと思う。君さえ良ければ…待っている間、防音室だけではなくどの部屋でも好きに使ってくれて構わないよ」


「もう少し…お酒を克服しないといけない理由を、詳しく訊いてもいいですか?」


 セスはどうするか決めかねているのか、今回の願いの理由を訊ねた。確かに。全ての説明をすっ飛ばしてお願いをしていた事に今更ながら気付いた。


--------


「神秘の占い師、…ですか?」

「あぁ、城下街の夜市にだけ現れる人なのだが、知っているかい?」

「…………いいえ。えー…と、その人とお酒がどう関係あるんです?」


 問題はそこだな。私も最近まで彼女と接触するのにお酒が必要になるなんて知らなかった。

 彼女はいつも布で覆われた小さな小屋の中から気まぐれに喋るだけ。曰く、まじないを唱えるのを生業としているらしい。


「実は…先ほどから想う人、と言っているが、まだ顔も見た事がないんだ」

「…は?」

「あー違うぞ。見知らぬ人に執着している訳じゃ…いや、これは執着しているのか?」

「オスカー様?」

「彼女が言ったんだよ『わたくしとお話をしたい人は、まずチリコを飲んでくださいね』と」

「あー…」


 夜市にだけ現れる占い師。しかも必ず現れるとも限らない希少性から彼女に声をかけるだけでも行列が出来るらしいが、更に彼女に話し掛けるにはチリコというやたらと度数の高い蒸留酒を飲む必要がある。

 とにかく、言葉を交わしたければ、かけつけ一杯、が彼女に近付く条件らしいのだ。


「そもそも私は自身が楽しむ為に夜市に行った事はないんだよ。騎士団として巡回には行くけれどね。だけど、一年前、私がちょうど巡回で彼女のいる小屋の前を通り掛かった時に…」


 当時それが神秘の占い師の小屋だとは知らず、それは何とも形容し難い美しい声の子守唄が小屋の中から聞こえてきた。足を止めて聴き入ってしまうほど、本当に優しくて暖かくて、春の女神のような。


「けれど、一緒に組んでいた隊員は聞こえないという。あんなに美しく澄んだ声を」


 それから巡回の度にその小屋を気にするようになって、あっという間に彼女の声の虜になった。聞いていると、自分の遠い記憶にある何かが揺り起こされそうになる不思議な声は、ずっと聞いていたい心地よさがあった。

 声が聞こえる度に共にいる隊員に聞こえるか訊ねるが、わからないという。私はどうしても彼女に直接会いたくなった。

 そして先月、小屋から『話をしたくばチリコを飲め』という声が聞こえ、そのあと『あと数回の夜市の後、私はこの地を去る』という声で、私は遂に彼女に直接会いに行くことを決めたのだ。


「…セス?どうした?」


 俯きながら聞いていたセスが、不意に顔を上げる。


「…声だけで、勝手に神秘だ何だと想像しておられますけど、本人がとんでもなく醜悪だったらどうするんです?そもそも顔も知らない人の為に特訓だなんて」


 憮然とした様子の彼女を見て、ふ、と笑みが溢れる。


「見た目の話かい?…そうだね、私の想像している人とすごく解離しているかもしれないね」

「だったら…」

「でも、どうしても彼女に会って伝えたい事があるんだ。セス、お願い出来ないだろうか?」


 背筋を伸ばして一礼する。これで駄目ならしょうがない。



 長い沈黙のあと、セスがこちらを真っ直ぐ見つめる。


「防音室、使わせてくださいね」

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