そんな告白されましても【セス】
さて、どう返事をするのが正解か。
体があちこち軋んでいるのは確かに昨晩のせいではあるが、別に色っぽい理由ではない。
目の前で小さくなっている人の介抱に苦戦したせいだ。
私でも運べるかと思ったら、細身のくせに全身が筋肉で出来ているのか、彼はとにかく重かった。
しかし吐瀉物にまみれたままベッドに転がすわけにもいかず、清拭をする為椅子に座らせ服をひん剥いた。声を掛けると「はぃ〜…大丈夫でぇす、脱ぎまぁす…」と途中から自分で脱いでくれたものの、酔っ払ってユラユラとする彼を転ばないように支えながら全身を拭く作業は、とんでもなく重労働だった。
「ちょ….ホント重たいんだけど。騎士サマー?ちょっと体をまっすぐに…うわ!」
上半身を拭き終わるころ、彼は私に覆い被さってくる。うっかり性癖を刺激してしまったのかと身構えるが、どうやらそうではないらしく、グスグスと頭の上から声が落ちる。
「会いたかったのに…会えなかった。どうすれば君を見つける事が出来るんだ……」
鼻をすすりながらシクシクと悲しむ様子は、何だか小さい子でもいじめているような気持ちになるし、お酒に呑まれ過ぎじゃないかと心配になる。
「何ー?失恋でもしたんですか?…て、わかんないか。ほらあとちょっとだから頑張っ……うわああぁああぁ!………嘘でしょ?」
悲しみに打ちひしがれている麗しき酔っ払いは、泣きながら、吐いた。吐瀉シャワー、二回目。
嘔吐の主は吐きながらメソメソと泣いているが、泣きたいのはこっちである。色々と考えるのが面倒になった私は彼に声をかけた。
「もういい。一緒にお風呂入りますよ。目ぇつぶってこっちに来て。はい、こっち」
コクコクと泣きながら頷く裸の騎士サマを、私は手早く風呂に入れる。恥ずかしいと思う間も無く大急ぎで彼を洗い上げたのは、体を温めてまた攻撃されるのを防ぐ為。三度目はさすがに勘弁だ。
男物の着替えなんてないから、とりあえずベッドに湯上がり美男子を放り投げると、彼はシーツにくるまってまだメソメソと泣いている。
それから私は風呂場に戻り汚れた隊服と自分の服をゴシゴシと洗い、ついでに自分の体も洗う。こちとらただでさえ服少ないのに…。ブツブツと文句を言いながら全部綺麗にして浴室に服を干した。
片付け終えてから部屋に戻ると、私のベッドでスヤスヤと眠る男性。改めて見ると本当に良く整った顔だ。こんな綺麗な人が自分のベッドにいるなんて何か変な感じ…と思いながら目尻の涙を拭ってやる。目尻にある涙の跡がまるで小さい子みたいだ。
「何があったか知りませんけど、騎士というのも大変なんですかね」
寝ている途中にも急に思い出してメソメソと涙が出るらしく、その度にトントンと背中をたたく。するとまたグズグズ言いながら寝てしまう。本当に赤ん坊みたい。寝かしつける作業は私の疲れも呼んだのか、そのまま横で眠ったらしい。
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裸で土下座していた騎士サマは、服を着てようやく落ち着いた様子になった。
「す、すまない。こんな事は初めてだったものだから…。私はオスカノーライト。オスカノーライト・ヴィエンタイナー。名前も名乗らず…その…君をその……その…」
「あぁもう…本当に大丈夫です。お名前も大変立派ですが、長過ぎて噛んでしまうのでオスカー様とお呼びしますね。えーと、私はセスといいます。成人しておりますし、決まった相手もおりませんし、未婚ですし、未遂でしたし、どこにも何も言いませんので、オスカー様もご自分で動けるようならそろそろ帰ってもらえると…」
「そ、その事なのだがッ!」
彼は勢いよく立ち上がり、私の手に何かを握らせる。
「釦…?ですか?」
隊服の袖口を見ると、糸が数本ほつれている。どうやら無理やり引き千切ったようだ。
「本当に渡したい釦は無くしてしまい…。こんな急に不躾とは思うが…王城前のフェラー商会という所なら、適正な価格で買い取りをしているから、これらを換金でもして手間賃として受け取ってもらえないだろうか?もちろん盗品と疑われぬように私が店主に口添えしておく。本来なら後に詫びの品物を贈るべきなのだろうが、それでは私の気が済まない」
上目遣いでチラチラこちらを見ながら、大変恐縮そうに釦を差し出され、私はしばし思案する。
うーん、正直ありがたい話である…が、ただの酔っ払いを介抱した駄賃にしては高価過ぎる。
「いえいえ、頂けません。この釦1つで街の高級宿に何泊出来ると思ってるんですか。オスカー様、お見受けしたところ騎士団所属に見えますけれど、色々と危なっかしいですよ。お酒めちゃくちゃ弱いし」
そこまで言うと、彼はまた飛び上がって私に近付き手を握る。
「そッ…その事もなのだがッ!!!」
「えー…まだ何かあるんですか?」
「そ、そんな面倒くさそうに…しないで、くれ」
訝しむ私に、眉毛を下げて先ほどの勢いを萎ませ項垂れながらボソボソと喋り出す。
「じ、実は私はお酒が大変弱く…今までも何度か失敗をしていて…。まぁ失態自体は酒さえ飲まねば防げるんだが……実は、その、近いうちに、その…想う人と酌み交わす機会があって……」
男前はえらく初心な様子でモジモジと話す。
「え?好きな相手にあの状態見せるんですか?…まぁ相手も好意があってご存知なら大丈夫なんですかね。とはいえ昨日みたいなグズグズの成人男性見たら百年の恋も冷めません?まぁオスカー様くらい美しければ、そういうのも需要ありそうですけど……あれ?オスカー様?」
私が思ったままに話していると、彼は顔を白くして黙り込む。しばらくして蚊の鳴くような声で「そうなのだ」と項垂れる。
「実は女性の前でお酒を飲んだ事がなく…。酒は数をこなせば強くなるというので、同僚に付き合ってもらったりもしたんだが、数回で匙を投げられてしまい…店も何件か出禁になる始末で」
「まぁ毎回泣いて吐いてされちゃいますとねぇ…。多少は経験で強くなるかもですけど、体質もあるっていいますよ?無理しない方がいいんじゃないですか?」
好きな人の前で良い格好をしたい気持ちは良く分かるけれど、お酒の強さは生まれ持ってのものなので無理しない方がいいと思うんだよね。
私は思ったまま口にする。酔うと面倒くさいタイプかもしれないけれど、別に根が悪い人でもなさそうだし、ありのままを伝えた方がいいんじゃ……
「そこで!!もはや!全てを見られてしまったセスに!貴女にお願いがあるのだ!!!」
あるのだ!じゃ、ないわよ…と思いながら一応最後までお聞きする事にした。
意を決したのか、彼はもう半ばヤケクソのように私に懇願する。
「次の夜市までに、私を…恥ずかしくない男に仕上げてくれないだろうか?」
「…………は?」
私は初めて目の前の美丈夫よりも間抜けな声を出した。