どうして脱いでいるのだろうか?【オスカー】
………痛い。頭が痛い。めちゃくちゃ痛い。
しかしその痛みでようやく全身の感覚が戻ってくる。頭だけは割れそうに痛いが、それ以外は大丈夫そうだ。
目を閉じたまま細く息を吐き、痛みを散らす事に集中する。ゆっくり呼吸を整えていると、不意に胃から何かが迫り上がってくる感じがして、思わず口元を押さえながら起き上がる。
「………ッ!!!」
体を起こすと頭痛は更に酷くなり、頭の内側から教会の大鐘を叩きまくっているような、ガンガンとした痛みに思わず声が漏れる。
痛みのせいか、瞼も重い。それでも目を擦りながら片目を開けると外は明るく、見慣れない窓から光が差していた。
「……ここは…?」
まだまだ頭の中を大鐘が暴れているが、そんな事よりも。自分がどこにいるか把握せねば。
昨日は城下で不定期に開催される夜市があり、そして昨日は自分の運命の日になるはずだった。
滅多な事では袖を通す機会のない騎士団の正装に身を包み、周りの賑やかさを一切感じる事が出来ないくらいの緊張で、彼女を待っていたのに。
そう、昨日は待つ時間があまりにも長く感じる夜だった。長い緊張は判断を鈍らせる。長く感じていた緊張状態を和らげる為に、屋台で振舞われていた果実水を一口飲んだのだ。
乾いた喉には果実水がとても沁み渡り、3杯くらい一気に飲んだ….気がする。いや、4杯か?5か?ともかくそこからブツリと記憶が途切れていて、今である。
「………酒だったのか…」
目頭を揉みながら、はぁーーと大きく溜め息を吐く。何たる失態。騎士団に属する者が確認もせずに渡された飲み物を口にするとは…緊張を言い訳にする事も憚られる。
しかも知らない場所で目を覚ますなんて本当に….
「情けない…」
二日酔いの大鐘は相変わらず頭の内側を殴ってくるが、他に怪我などはないらしい。
どうやら簡易なベッドに寝ていたようで、とりあえず起きようと上体を動かすと、むに、とした触感が横にある。無意識にやわやわと触りながら、心地良いそれが何かを確認する。
「ん?…んん?……!?………ッッツ!!!!」
むにむにとした感触の正体を見て思考が完全に停止する。一瞬自分の中の時間が止まったが、すぐさま吹き飛ぶ勢いでベッドから離れた。
「お….、おおおお…お…あ…の」
掠れた声で訳のわからない音だけ漏れる。
ベッドの中には誰かがいた。しかもどうやら何も身につけていない。そこで初めて自分も一糸纏わぬ姿だっと気付く。
「…え?……ええ??」
慌ててとりあえず前を隠す。服…服はどこだ?え、夢か?…にしてはあの感触はえらく現実的で…。
己の手を見つめながら呆然としていると、むにむにの主が薄く目を開けた。怠そうに手で自分の横をポスポスと確認すると目を擦りながらこちらへ視線を寄越す。
「んー…あ、騎士サマ起きたんですね。おはようございますゥ…」
黒い短い髪のむにむにが、間の抜けた声と寝ぼけた様子で起き上がる。
「い、いけない!君、服を…!」
反射的に近付き、シーツを体に巻き付ける。
「ちょ…痛いです。私には気になさらずどうぞ騎士サマも服を着てください。…?騎士サマ?」
「いや、あの…そうなのだが、離れると私もその…」
ゴニョゴニョと口籠ると、何だそんな事かと言わんばかりに彼女が笑う。
「今更…ですよ。昨晩しっかり見たので騎士サマの裸は平気です。それより体がバキバキなので、今は体を触られる方が辛いです。いてて…」
今、彼女はとんでもない発言をしなかったか?
「あー…騎士サマ?大丈夫ですか?」
「……なんて事だ」
「え?」
「こ、こんな、ゆっ行きずりで…!!私は何て無責任な事を…!」
「あのー…騎士サマ?何かすごぉーーく勘違いされているようですけど、昨晩は…」
「たいッッへん、申し訳ない!!!」
私は裸のまま床に頭を擦り付ける。いくら記憶を飛ばしてしまったとはいえ、この私がこんな不埒で無責任な事をしてしまうとは…。お酒怖い。
黒髪の彼女はサイドテーブルの服を着て、私にシーツを巻き付け返す。
「騎士サマ、確かに私は(吐瀉物で)汚されてしまいましたけど、洗ったのでもう大丈夫ですってば。体の痛みは…(ただの筋肉痛なので)そのうち治るかと。あー…あと、目のやり場には確かに困っちゃうのでとりあえず服を着てもらっても?」
彼女はそう言いながら私に隊服を渡してくる。
そうだ、このままだと私は裸で土下座する変態暴漢野郎じゃないか!私より冷静な彼女を見て、はたと気付き、急いで渡された隊服を奪い取る。
チラチラと彼女を見ながら、着替えてもよいか考えていると、彼女は面倒くさそうに言葉を吐いた。
「今更って言ってるじゃありませんか。昨日はご自分で全部脱いでるんです。着るくらいチャチャっとやってください」
頭が痛くなるのは二日酔いのせいだけではないようで、私は服を抱えて座り込んでしまった。