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始まりは行き止まり【セス】

「…死んでる?」


 暗がりで()()を見つけたのは偶然。


 馴染みの裏通りで今日の()()を確認している時に思わず声を出してしまった。

 毎月城下町で催される夜市。活気や華やかさの裏には同じ濃さの影がある。スリや窃盗、詐欺まがいな商売も。

 遠くに喧騒を聞きながら他人の財布を握りしめる私は、影側で生きている人間だった。


 中身を拝借して放り投げた3つ目の財布の先に()()を見つけ、私は眉を顰める。


 いろんなゴミに紛れて、えらく長い足が飛び出していた。人形にも見える()()の上半身はゴミに埋もれている。

 投げた財布が、ポス…と当たった時、僅かにその足が動いたように見えたのだ。


 酔っ払いか屍か。念の為、口元を隠しながらその死体(仮)に近付くと、ここらでは滅多に見掛けない上等な服が見える。近付くとやはり足は僅かに動いていた。

 服はどうやら騎士団員の正装のようで、最初は仮装の類いかと思い訝しむ。


 近付いても起き上がる気配の無い死体(仮)を見ながら、釦の1つでもくすねようかと思案する。…いや、駄目か。王室の紋が施された正式な装飾品を、足がつかないように売るのは結構難しい。


「…というかさ」


 いくつもの勲章がジャラジャラと胸元に付いた服は、ただでさえ豪華な隊服を更に煌びやかにみせる。

 飾りの豪華さと数から察するに、この人物は中々の役職ではなかろうか?

 ちょっとした好奇心から私は死体(仮)をゴミの中から引っ張り出し、恐る恐る触ってみる。万が一、覚醒の気配を感じたら逃げればいいや。あぁ、やっぱり何か装飾品を頂戴したいな…。この中の1つでもあれば来月までは生活出来そうだもの。


「……ん…ん」


 吐息が聞こえて、初めてその死体(仮)の顔に目を向ける。服装にばかり気を取られていたけれど、スヤスヤ眠るその人は中々の美丈夫だ。閉じた瞳の睫毛は長く、火照った肌もキメ細かくて美しい。目を閉じていても分かる位に輪郭も整っている。


「えらく飲まされてしまったみたいだね。しっかりしなよ、騎士サマ」


 自分で呑んだのか呑まされたのか知らないけれど、息はまだ随分と浅く、濃いアルコールの匂いがする。

 それにしても裏道で1人、こんな上位の騎士団員がひっくり返っている理由が分からない。夜市の巡回にしても、だいたい2人以上の人数で組むはずなのに。


「ま、お酒さえ抜ければ大丈夫っぽいかな。………身ぐるみ剥ぐのは流石に可哀想だから、1つだけ頂戴ね、騎士サマ」


 私はどうしても誘惑に勝てず、胸元の釦を1つ拝借する事にした。釦には碧色の美しい宝石が嵌め込まれていて、これをお金に変える事が出来ればしばらくは生活に困窮しないはずだ。

 換金に多少のリスクがあるけれど、隣街まで持っていけば上手く売れるだろう。


「代わり…にはなんないけど、()()()()()しとくかな。ふふ、特別だよ、騎士サマ」


 こんな生業をしながらも、貰いっぱなしは何だか申し訳ない気がして、私は彼の瞼に手を添える。私だってこんな事ばかりしたくないけれど、()()()()()()市民が1人で生き抜くには結構厳しいのが現実なのだ。


 そんな事を考えながら、私は『おまじない』の言葉をゆっくり紡ぐ。


 『おまじない』を受けたその人の顔から、お酒の赤みが消え、呼吸が整ってくる。本当に綺麗な顔立ちだな…なんて事を考えながら私はどんどん言葉を紡いでいく。


 寝顔の美しさに気を取られ、私が『おまじない』をやり過ぎてしまっていた事に気付いたのは、その美丈夫騎士団員に手首を掴まれた時だった。



------


 しまった、と思った時には遅かった。勲章が示す通り、大変有能な人物であるのは間違いないらしく、とんでもない早さと力で手首を掴まれる。

 辛うじて相手の目元に私の手があるから、まだ顔はバレていないはず。私は大急ぎで()()『おまじない』の言葉を紡いだ。


 すぐに掴んだ手の力が抜けて、瞬く間に相手の顔色が悪くなる。いけない、ちょっと加減を間違えてしまったかもしれない。


「……誰だ、お前は?……な、に、を…した…」


 辛そうな顔さえ色気がある美丈夫騎士サマは、目を開けるのもキツイらしく、唸るように私に尋ねる。


「えーーっ…と。死んでいるのかと思い、近付いたのです…けれど、……大丈夫そう?なので……なので、私はここで…へへ…」


 そこまで話すと私は逃げた………つもりだったが、目を瞑った状態の騎士サマに後ろから羽交締めされる。こんな状態でも私の位置を把握出来るなんて、騎士団って流石…なんて思っているけれど、これは結構なピンチである。


 あと少しだけ…もう少し弱ってくれれば…。私は言葉を小さな音で紡ぐ。呻き声と共に拘束している手が緩んだ。

 よし!と思った瞬間、ズシリと体重が私に乗って、2人とも地面に倒れ込む。その瞬間に騎士サマが盛大に嘔吐した。


「ッ!ちょ….勘弁してよ!」

 この人、弱いんだか強いんだか。酒には完全に負けているくせに、まだ弱々しい力で私を拘束しようとしている。


 彼を背負う形になっていた私も盛大に汚れてしまい、半分ヤケクソで彼に『おまじない』を追加する。

 彼はまた呻き声を上げながら上体を起こす。目元を押さえているので今度は上手くいったようだ。


「ちょっと騎士サマ、頑張って5分だけ歩いてください。…目を使うのは今は難しいでしょうから、私が誘導します。いいですね?」


 私は返事を待たずに酸っぱいニオイのする男前を引っ張る。


「…ま、待っ」

「待ちません。仮にも騎士団の偉いさんが、こんな路地裏に吐瀉物まみれで転がってどうするんですか?!ついでに私まで汚して…。さぁ行きますよ。あ、目は瞑ったままで大丈夫ですからね」


 もうヤケクソだ。今日捕まるのが明日に延びたと思えばいい。私は汚れた騎士サマを家に連れ帰る事にした。


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