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化かし合いはお嫌いですか?〜たまたまざまぁ対象が被ってしまった令嬢と令息が結ばれるお話〜

作者: 砂糖ふたつ

 王立学園の卒業パーティーの会場で、男爵令嬢フィオナは婚約相手の伯爵令息・ドグラスと相対していた。ドグラスの手には公文書と思しき書類が握られており、周囲は奇異の目で二人を見つめている。


「フィオナ・ダントン。貴様は私の婚約者の身分でありながら、片時も私に愛情を示さなかった。妻として不適格として、貴様との婚約を破棄する!」


「別によろしいですが、私も耳寄りなお話が―――」


「ドグラス様、一言申し上げたいことがあるのですが」


『……誰?』


 予定外の闖入者に、二人の声が重なる。フィオナとドグラスの会話に割って入ってきたのは、眉目秀麗な金髪の青年だった。


「君は確か―――」


「レイツァルト・シュレスヴィヒ。確か成績優秀者と美術の技能で表彰されていましたね」


「僕を知っているのですか? それは光栄の至りです、フィオナ様。それで話というのは―――」


「ま、待ちたまえ! せっかく私がこの女の悪事を暴こうとしていたのに水を差すとは、父上に言いつけるぞ!」


 荒々しく言うドグラスに、レイツァルトはにこやかな顔を崩さずに答える。


「これは奇遇なことです。実は僕も貴方の悪事を暴こうとしていたのですよ」


「私の―――?」


 突然の事態にドグラスは話を飲み込めない様子だ。


「おや、レイツァルト様もですか? 実は私も今からこの浮気男に恥をかかせようとしていたのですが」


「浮気男だってぇ!? 貴様ら正気なのか? 伯爵令息たる僕をそのように中傷するなんて―――」


 突然の集中砲火にドグラスは焦りを見せる。先程までの自信有りげな態度はどこへやらだ。一方、フィオナとレイツァルトは今のやり取りで大体の状況が飲み込めたのか、初対面ながらも意味ありげな目配せを交わす。


「では、フィオナ様に先をお譲りしましょう。どうぞ」


「あら、紳士の振る舞いですこと。では、始めましょうか」


 パーティー開始時の和やかな雰囲気は一転、周囲は好奇の目でこれから始まる事態に注目していた。


◇◇◇フィオナ視点◇◇◇


 思えば婚約してからただの一度も、婚約者らしく扱われたことがなかった。婚約者を差し置いて密かに別の女性との交際をドグラスは楽しんでいた。私が自分から婚約を破棄するのを期待してのいじめも苛烈さを増していた。


 卒業パーティーでの婚約破棄の計画を聞きつけたときから、綿密な計画は立てていたつもりだった。ただでやられるようでは気が収まらない。だが、私以外にも復讐を企てている人がいたとは。


 レイツァルトの方をちらりと見やると、相変わらず好人物そうな笑みを湛えている。普通の人であれば、その美貌に虜になってしまうに違いない。あの表情の裏で復讐の計画を企てていたとは気づかなかった。―――だが、この際利用できるものはなんでも利用させてもらう。


「……ドグラス様、アン・シャルルという名前に聞き覚えがありますか?」


「さあ、わからないな」


「クラスメートの名前すら覚えておられない、と……それともしらを切っているのですかね。まあ一旦話を進めましょう。単刀直入に言います。貴方はこの娘と交際していますね」


「…………嘘だ」


「嘘かどうかは今にわかるでしょう。婚約期間中の浮気とあれば、婚約破棄の際にはそれ相応のものを頂きませんと……」


「……証拠は! 証拠はあるのだろうな!」


 来たか。ここが一番の芝居どころだ、私。並み居る群衆の中から、ドグラスと一番近しい腰巾着の男を探す。集団の中に隠れるようにして、彼はいた。


「ハービー・クレルモン。貴方が私に教えてくれましたね、ドグラスとアンのことを」


 ハービーはひっと小さく声を漏らすと、小さい体を更に縮めるようにしてこちらを見た。彼の服に似合わない上品な帽子が顔にかかる。可哀想に、彼ははめられたことにまだ気づいていないのだろう。生憎、ドグラスの手先となっていじめをしていた彼は格好の的でしかないのだが。


「わ、私にはなんのことだかさっぱり……」


「おや、ではその仕立てのいい帽子はどこで手に入れたのです? 私が情報の対価に差し上げたものではありませんか」 


「違う、これは学園内で拾ったんだ! 信じてください、私はドグラス様を売るなど………」


「その帽子を作った職人に確認すれば済む話ですわ。買い付けたのは私であると証言してくれるでしょう」


 自信たっぷりにそう言い放つ。聴衆がハービーに向ける顔を見て、自分の策がひとまず成功したことを確信した。だが、後はドグラスがこれに乗ってくれるか―――。


「ハービー、貴様が僕を売ったんだな。あれ程アンとのことは秘密にしておけと言ったのに!」


 うん、救いようがないバカである。これなら、もうあとひと押し。


「―――今の言葉、自白と受け取ってもよろしいですか? 少なくとも、お集まりの皆様はそう考えているようですわ」


 芝居がかった仕草で群衆を指す。ドグラスは羞恥心で顔を真っ赤に染めた。


「わざわざ人の集まる場で私に恥をかかせようとしたのが仇となりましたね。では、お望み通り婚約破棄を致しましょう。勿論、手切れ金はたっぷりと頂きますが」


 ドグラスは何か考えるような顔をすると、醜悪に顔を歪めて言った。


「ふ、ふふふふふふ……それで僕に勝ったつもりか? どうせこの場には僕より家格が低い家の人間しかいないんだ。僕の父上を敵に回すような話の証人に、果たして立ってくれる人がいるかな? どうだお前たち!」


 ドグラスが大声で呼びかけると、ざわざわめいめいに喋っていた群衆は水を打ったように静まり返った。


 ある程度予想はしていた抜け穴(ジョーカー)だったが、まさかそれを切ってくるとは。こちらも講じておいた策を披露すべきか? でもあれは調査方法に問題があるから私もただでは済まないだろう。さて、どうするか。私の読みなら、そろそろ―――。


「そろそろ、僕のお話もよろしいですか? とは言っても、ドグラス様は既に瀕死のようですが」


 沈黙を守っていたレイツァルトが口を開いた。いつものように美麗な顔でにこやかに微笑む。後ろで束ねた長髪が揺れた。そんな彼の姿に、少し心が揺らぐ。


「貴方と貴方のお父上に関わるお話です」


◇◇◇レイツァルト視点◇◇◇


 心の中は、既に憎悪でいっぱいだ。だが、こんなときこそポーカーフェイスを崩さずに。母の教えに、忠実に。もうすぐ、全てが終わるのだから。


「シュレスヴィヒ家は今では没落貴族ですが……我が母上、ニンフィアは元は王女でした。騎士の一族に降嫁したことで位はなくなりましたが。母上に密かに思いを寄せていたドグラス様の父上、ドール様はシュレスヴィヒ家を妬み敵対的干渉をした―――ここまで、間違いはありませんか」


「全くのでたらめだな。父上がそんなことをしたとは聞いていない」


「まあ、こちらの件は糾弾するには余りに証拠が少なすぎます。作物の風評被害を流すなど、自らの手を汚さなくてもできますからね。問題は直近の件―――国庫の金の流用です」


 ゆっくり、はっきりと罪状を述べる。先程は静まり返った群衆がまたざわめき始めるのを待って、声を更に張る。少しずつ、場の主導権を握り始めている感覚があった。


「ドグラス様とドール様は美術品を集めるのが共通の趣味だそうですね。最近は絵の落札に興じておられるとか」


「……それが、なんだというのだ」


「最近落札されたとか聞くガッホの絵―――あれ、贋作なのですよ。実を言うと僕が描いたのですが」


 ドグラスが目を丸くした。目利きには自信があったのかもしれないが、生憎こちらは彼らを欺くその一点のために絵や知識をひたすら磨いてきたのだ。母上の無念を晴らすために。


「法外な値段で競り落とされたようですが、その値は八億五千万ダルク。国庫から消えた額とピタリと一致していますね。汚い金はさっさと使ってしまいたいといったところでしょうか」


「……偶然の一致だ!」


 ドグラスは声を荒らげた。それとは対象的な穏やかな声色で続ける。


「私の贋作で罠を張ったのは金貨の現物を手に入れる為です。鋳造場所と時期を調べた結果、全て一致しました」


 正直、国庫の目録と金貨の種類を照らし合わせるのは骨が折れる作業だった。しかし、無念の思いで亡くなった母上のことを考えれば、不思議と苦にはならなかった。


「このことは既に僕の祖父―――先王にお話してあります。貴方や貴方の父上は彼より格が下―――もう家格云々は勘定に入れるに値しませんね」


 旗色が悪い事を悟ったドグラスは絶叫し、力なくくずおれた。後ろ盾を失った挙げ句に罪を詳らかにされた彼に待っている結末は、火を見るより明らかだろう。


 フィオナの方を見ると、彼女はゴミでも見るような目でドグラスを見ていた。彼女とは偶然にも復讐対象が一致したが、お互いがお互いの話を補強した。彼女の芯の強そうな瞳を見ると、胸をわしづかみにされたような不思議な気持ちになる。


「……フィオナ様、少し風に当たりませんか。馬車を待たせてあるんです」


「ええ、喜んでお供しますわ。行きましょう」

  

 親密そうに話しながら会場を出る二人はどんなふうに見えただろうか。生憎、卒業した今となっては知る由もない。


◇◇◇


 月光が馬車の中に差し込み、二人の卒業生を照らし出していた。お互い、相手の一挙手一投足から相手の考えを探ろうとしている。二人が口を開いたのはほとんど同時だった。


『もしよければ―――』


 一瞬顔を見合わせる。気まずい沈黙を先に破ったのはレイツァルトだった。


「失礼しました。フィオナ様、どうぞ」


「いえ、先程は私が先に話しましたから、今度はレイツァルト様が」


「わかりました。では」


 レイツァルトは不意にフィオナの手を取ると、真剣そうな瞳で真っ直ぐにフィオナの瞳を捉えた。


「僕と結婚してくれませんか」


 フィオナは唾を飲み込んだ。が、主導権は渡さないとでも言うように強く手を握り返した。今度はレイツァルトが目を丸くする。


「その結婚、喜んでお受け致しますわ。不粋ですが、理由を聞いてもよろしいですか?」


 レイツァルトはいつもの微笑みに戻り、本心を悟らせない。


「……フィオナ様とは、どこか通じるところがある気がするんです。それに領地も隣同士ですし、経営に都合が良いですよ」


「ふふ、契約結婚ということですね。私の領地は隠れた不採算事業がありますわよ」


「奇遇ですね、実は僕もです」


「やはり私達は似た者同士ですね。では、結婚に当たって一言だけ言質を頂きましょうか。御者さんも、証人として聞いていて下さいね」


 今度は、フィオナがレイツァルトを真っ直ぐ見つめる番だった。月がフィオナの顔を淡く照らし出す。


「化かし合いは、お嫌いですか?」


 馬車がガタンと大きく揺れ、フィオナの声はすぐにかき消される。一瞬、レイツァルトがたじろいだ―――ように見えた。が、それも一瞬。普段の表情でレイツァルトは優しく言った。


「勿論、愛していますよ」


 その言葉は、嘘か真か。

 

 フィオナとレイツァルトの奇妙な契約結婚の幕は、まだ上がったばかりだ。

本作を読んでいただきありがとうございました。この作品を面白いと思ってくれた方は、ブクマやいいね!広告下の★★★★★評価、感想をいただけると、今後の創作の励みになります。

改めて、最後までお付き合いいただきありがとうございました。


9/24追記 誤字報告ありがとうございます!

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