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ゲドーの呪い

 会社から106億円という膨大な額を借り入れ、特別背任で逮捕された男が、ある日こんな主張をした。

 

 「俺は会社から借りた金を全て利子付きで返したぞ」

 

 この事件の詳細についてはここでは述べない。企業のコンプライアンスや、私物化の問題は大いに興味深いが話がややこしくなってしまう。ここで注目したいのは、彼があたかも自分の力で金を返したかのように表現している点だ。

 ――106億円。

 普通に考えれば、個人の力で稼げるような金額ではない。仮に収入を“労働に対する正当な対価”だと考えるのであれば、はっきり言って不可能だろう(もちろん、資産運用等で稼いだ分もあるのだろうが、元手だけで考えても不可能ではないかと思われる)。

 “権力の腐敗”という心理現象がある。これは部下の成果を「自分の指示のお陰だ」と考え、自分の成果のように錯覚してしまう事を言う。

 彼がそのような心理に陥っているだろう点は想像に難しくない。そしてだからこそこのような問いかけをしてみたい。

 

 「――我々は収入の妥当性に、どのような根拠を求めるべきだろうか?」

 

 仮にたった一人の人間に、この世の全ての富を集めてしまったなら、社会は荒廃する。否、その前に社会自体が成り立たないだろう。逆に世の中の人間全てに平等に富を分配したとしてもやはり問題がある。労働意欲が削がれ、社会は衰退してしまうはずだ。

 つまり、“一人に集中”と“完全な平等分配”の間の何処かに“適切な富の分配”が存在する事になる。

 では、それはどのようにして求めるべきなのだろう?

 どんな事をしたどんな立場の人に高い収入を与えるべきなのか。逆に低い収入しか得られない人とはどんな人なのだろう?

 市場経済の自動調節機能では、“適切な富の分配の状態”を作り出すのに不十分であるのは自明だろう。そもそも金融経済においては自動調節機能は正常に働かないケースがある。だからこそバブル経済が発生してしまうのである。

 実際、世の中には、たった一人で国家予算規模の富を持っている人物がいる。それが適切な富の分配だと納得する人は少ないのではないだろうか?

 

 現在、世の中には、収入の妥当性を理論的に研究した分野は存在していない。生産面だけでなく、消費面をも考慮した“それ”が今の世の中には必要なのではないだろうか?

 そして、恐らくは、“それ”には、心理的な納得性も重要な要因になって来るのではないかと考えられる。

 

 「――イラストを描いてくれないか?」

 

 不意に僕の家にやって来た藪沢は、ぶしつけにそう僕にお願いをして来た。「イラスト?」とそれに僕。

 僕が趣味で絵を描いている事を彼は知っているのだ。

 頭を掻きながら彼は言った。

 「AIに描かせても良いんだけどさ、やっぱり似たようなタッチになっちまうし、こーいうのはやっぱり人間の創造性に頼る方が良いと思うんだよ」

 「別に良いけど、どんなイラスト?」

 「イタチとか、鼠とか、そっち系で、“ゲドー”って名前が似合いそうなやつ」

 「なにそれ?」

 と僕は首を傾げた。

 何かのイメージキャラクターだろうか?

 「それはゆるキャラかなんかか? なら、ラフくらいあるんだろう? 見せてくれよ」

 もしそうなら、あまりにかけ離れたものを描く訳にはいかないと思ったんだ。それを聞くと藪沢は、「ハハハ」と軽く笑ってから、

 「いや、違う違う。俺もそんなに詳しくはないんだがな、なんでもそういう名前の憑き物がいるらしいんだよ」

 「憑き物~?」

 「そ。人に憑いて、色々と悪さをする。ま、あんまり良いものではないな」

 僕はそれを聞くと頭を軽く掻いた。

 「なんでそんなもののイラストが欲しいんだ?」

 「ちょっとした遊びみたいなもんだよ。実はスマートグラス上に映像を浮かび上がらせるってな新技術が開発されてな。それでお前の描いた絵を使って皆をビックリさせてやろうと思って」

 「なんだそりゃ?」

 僕はそれを聞いて呆れた。丸い言い方をしているが、早い話がイタズラをやろうって言うんだ。

 「お前なぁ。何歳だよ?」

 因みにこいつ既に30代だ。

 「うるさいなぁ。良いじゃないか。思い付いたらやりたくなるのは人の性ってもんだ」

 僕はその説明で、どうしてこいつが生成AIを頼らなかったのかを察した。やり方にもよるが、AIに生成させたイラストには独特の特徴があるのが普通だ(巧くやれば、そういう気配も消せるのだけど)。それでイタズラだとバレるのを警戒したのだろう。

 僕は少し迷った。イタズラに使うと知っていながら協力をするのもどうかと思ったんだ。ただ、

 “ま、どうせ直ぐにバレるか、そんなイタズラ”

 と考えて、描いてやる事にした。

 他愛のない罪のないイタズラだと思ったからだ。

 ……が、彼のしようとしていたイタズラは、僕の想像以上に性質が悪かったのだった。

 

 ――小学校の休み時間、教室、

 

 カケル君は戸惑っていた。

 スマートグラスを外し、グラスの表面を観察し、何もないのを何度も確かめてからもう一度かけ直しクラスメイトのツルミ君を見る。そんな動作をしばらく繰り返している。

 「んー」

 首を傾げる。

 彼は今年で小学五年生になった。進級したばかりで、まだよく知らないクラスメイトもたくさんいる。ツルミ君はそんなクラスメイトの一人で、最初の学級会での自己紹介では、

 「ぼくのお父さんはとてもお金持ちなんです」

 と皆に自慢をしていた。

 聞いた話によるとそれは本当で、彼のお父さんは資産運用で大金を稼いでいて、この円安の時勢にかかわらず、海外旅行にも頻繁に出かけているらしい。彼と友達になると外国の高いお菓子をお土産で買って来てくれると仲良しのミナちゃんも言っていた。

 「だから、仲良くしておいた方がいいよー」

 彼女の得意げな顔が思い浮かぶ。

 ちょっとだけ、ちょっとだけそれがカケル君には気に食わなかった。

 その日、カケル君はスマートグラスでそのツルミ君を見た。いや、見たというか、偶然、視界に入っただけなのだけど、その時に奇妙なものが映っているのに気が付いてしまったのだった。

 “ポ〇モン?”

 彼の第一印象はそれだった。ゲーム内に登場するモンスターのような外見をしていたからだ。

 知らない間にゲームアプリでもスマートグラスにインストールしてしまったのだろうか?

 そう思って調べてみたが、そんな履歴は一切残ってはいなかった。

 「んー」

 納得いかずにもう一度スマートグラスで、ツルミ君を見てみる。彼の机の上には複数のネズミようなクマのような形状の小さなものがチロチロと動き回っていた。屈伸をしたり、駆けて転んだり、忙しない。微妙に可愛くない外見をしていて、印象的な球体の目がギョロギョロと動き回っている。何か不吉なもののような気がした。

 「どうしたんだよ?」

 カケル君が首を傾げていると、不意に誰かが話しかけて来た。見ると、クラスメイトのトモビキ君が彼を不思議そうに見つめている。

 「なんか、変なのが映っていてさ」

 そう彼が返すと、「変なの?」と首を傾げるので、彼はトモビキ君にスマートグラスを渡した。

 「ほら、ツルミ君の近くに不気味なネズミみたいなのがたくさんいるだろう? マイナーなゆるキャラみたいなやつ」

 トモビキ君はスマートグラスをかけると「うわ! 本当だ。あれ、やべーよ」などと声を上げた。

 その声に反応して、周りのクラスメイトが彼に注目をする。だからなのか、彼は大声でこう続けた。

 「あれ、きっとゲドーだよ。近所のおじさんに教えてもらったんだ」

 「ゲドー?」

 「お化けだよ。人に憑いて、盗みとかをするんだって。おれもスマートグラスで見てみよう」

 トモビキ君は、クラスの中では一目を置かれている。面白いアプリとか、サイトだとかをたくさん知っていて、皆に色々と教えてくれるからだ。つい先日も、彼が薦めたインディーズの映像加工アプリがクラスで流行ったばかりだった。そのアプリをスマートグラスやスマートフォンに入れると、映像を簡単に加工してくれるのだ。

 発言力のある彼がそう言って騒ぎだすと、クラスメイト達がそれに倣って自分のスマートグラスやスマートフォンでツルミ君を見始めた。そして、驚いたことに、カケル君の他にも彼の言う“ゲドー”がスマートグラスやスマートフォンに映る子供達がいたのである。

 その騒ぎを、当のツルミ君は不思議そうな目で遠巻きに見ていた。恐らく、その時はまだ自分には関係がないと思っていたのだろう。

 

 「ツルミ君には近づかない方がいいよ。ゲドーを憑けられちゃうよ」

 

 次の休み時間には、トモビキ君はそんな事を言い始めた。

 トモビキ君の言葉を信じるのなら、ゲドーは悪いお化けで、憑いた人の為に物や運を盗んだりするのだけど、それは最初の内だけで、ドンドンと増えて、やがてはその人の身を滅ぼしてしまうのだそうだ。当然ながら、彼の家がお金持ちなのは、ゲドーに運を盗ませているからだというような噂が流れた。

 そして、「関わると憑かれてしまうよ」とも彼は言った。それを聞いたクラスメイト達は恐れてツルミ君を避けるようになった。

 ツルミ君が金持ちだからと、彼と一緒に遊んでいたクラスメイト達もその話を聞いて少しずつ離れて行った。

 「ゲドーに憑かれると、煩くて堪らなくなるらしいよ。夜だって眠れなくなるんだ」

 トモビキ君はそう言っていたのだけど、その言葉通りにツルミ君はやがて元気がなくなっていった。顔付きからいって、寝不足であるように思えた。それを見て、クラスメイト達は、

 「やっぱり、トモビキ君の言ったことは本当だったんだ」

 なんて噂し合っていた。

 そのうち、きっとゲドーに憑き殺されちゃうぞ……

 

 しかし、カケル君はその話を疑っていた。ツルミ君が眠れなくなったのは、皆が彼を疎んじているからじゃないだろうか? それに傷ついた彼は眠れなくなってしまったんだ。

 

 「――は? お化けが出る? 君の友達の周りに?」

 

 僕がカケル君から相談を受けた頃には、その噂は既に随分と浸透していた。子供達の間だけじゃなく、大人達の間にも広まっていて、しかも少なからず信じてしまっている人もいるようだった。

 「うん」とカケル君は頷く。彼は近所に住んでいてよく話をする。自治会で開かれる子供会のイベントなんかで時々助けたりしているから頼りにされてもいるらしい。彼は子供ながらにその“お化け”に疑問を抱いているようだった。それで僕に相談に来たのだ。

 「トモビキ君が言うには、ゲドーってお化けらしいのだけど」

 僕はその名前に思い切り反応した。

 「ゲドー?」

 もちろん、それが藪沢から頼まれて僕が描いた憑き物の名だったからだ。

 「もしかして、そのゲドーってこんな姿をしていなかった?」

 パソコンに保存してあった藪沢に渡したゲドーのイラストを見せる。するとカケル君は目を大きくして言った。

 「これだよ。どうして絵を持っているの?」

 僕はそれを聞いて頭を抱えた。

 

 “藪沢のヤロー! 何を考えているんだ?”

 

 ――憑き物筋の話。

 

 とある村に高利貸がやって来た。

 “こんな村にお金を借りる者などいるはずがない”

 と、村人達は彼を馬鹿にしていたのだが、高利貸は一人だけでやって来た訳ではなかったのだった。田の工事を行い、水の量を巧みに操作できるようにする仕組みを作れる技術者も一緒に連れだっていたのだ。

 高利貸は人の好さそうな村人を一人見定めると、

 「一度、試しに田に手を入れてみないか? もし失敗したら金は取らん。上手くいったら払ってくれれば良い」

 などと誘った。初め渋っていた彼は言葉巧みに説得され、結局は工事を依頼してしまった。すると技術者の腕は確かだったらしく、その工事のお陰で米の収穫量は大幅に増えたのだ。その技術者は村で評判になり、他の者達も田の工事を依頼するようになった。だが、先とは違い、金を前払いで技術者は要求して来たのだった。大金を用意できる者は少ない。高利貸はそんな村人達に声をかけた。

 「金が無いのなら、ワシが貸してやろう。米を多く取れるようになるのなら、簡単に返せるだろうからな」

 しかし村人達の多くは読み書きも覚束ない。ましてや金利の計算などできるはずがなかった。高利貸から金を借りたなら、どれだけの金利が付くのか、どれだけ返さなくてはならないのか、分かっている者はいなかったのである。

 高利貸から金を借りた村人達は、その金で田の工事を行った。お陰で確かに米の収穫量は大幅に増えた。だが、それで増えた利益のほとんどは高利貸への返済で消えていった。どれだけ働いても、ほとんど生活は楽にならなかった。

 ――しかも、高利貸本人は、働いていない。ただ金を貸しただけである。

 「ふざけるな! これじゃ詐欺じゃねぇか」

 不満を抱いた村人達は、庄屋に高利貸の件を訴えた。「皆が苦しんでいる、どうにかしてはくれないか?」と。しかし庄屋は取り合わなかった。「約束通りで、なんら不正はしていないではないか? 文句を言う筋合いはない」と言って村人達を追い払ってしまう。

 実は庄屋は既に高利貸達に抱き込まれていたのだ。賄賂を渡され、村人達の味方に付かないようにと説得をされていた。

 そうして高利貸は、誰に阻まれる事なく商をした。金利収入によって富を得られれば、それを元手にして更に金を貸し、また収入が増える。その繰り返しで、高利貸は瞬く間にこの地域でも有力な分限者(金持ち)となっていった。

 高利貸は、己の成功に大いに満足していた。もう自分を邪魔し、貶める者などいないだろうと思っていた。

 がしかし、村人達の復讐は意外な方法で、その頃既に始まっていたのだった。

 

 ――そもそも新参者は疎まれるのが普通だ。その上、恨まれるような方法で富を得たのだから、そこに住む者達から快く思われないのは容易に想像できた話である。

 その対策を、高利貸は一切していなかった。それが彼の最大の失敗だった。

 

 仏教では護法童子、陰陽道では式神、その他にも修験道では鬼神などがいるが、人間が人ならざる神秘的な存在を使役するという考えは古くからあった。

 荒魂あらみたまは祀り込める事で、和魂にぎみたまになり、人の役に立つようになるという文化・思想が日本にはあるが、それら使役される神秘的な存在にもその考えは当て嵌められた。術者がコントロールしている間は大人しく役に立っているが、術者から離れれば、途端に妖物と化してしまう。

 例えば、河童の起源説の一つには、大工が術で使役していた人形が川に捨てられて河童となったというものがあるし、座敷童子も起源は護法童子であるという話がある。

 ――そしてならば、イイヅナ、クダなどの妖物も術者の手を離れ、“野良”となれば、人に害を為す荒魂となってしまうという発想が、民間に浸透していたとしてもおかしくはない。

 

 「……あの家の連中は、ゲドーっていう憑き物を飼っているんだよ」

 

 高利貸の家について、いつの頃からか、そのような噂が囁かれるようになっていた。

 「ちょっと大きめの鼠みたいな姿をしていてよ、人の邪な気持ちに反応して、物を盗むんだよ。“一匹くらいなら”と油断していると手遅れになる。瞬く間に増えていっちまうからな」

 その話は金利収入で瞬く間に分限者になった高利貸の現状と妙に符合していた。金融経済の仕組みを理解していない村人達にとって、高利貸の急速な成功は摩訶不思議な現象に思え、だからこそそのような妖物の存在にも説得力が出たのかもしれない。

 加えて、田の工事を行った技術者はその仕組みを村人達に教えたりはしなかった。技術が隠されれば、それは人々の中で妖術の類に容易く化けてしまうのだ。

 「――あの家に近付くな。嫁に行っても駄目だし、嫁も貰うな。憑き物をもらっちまうぞ」

 つまり、高利貸の家は、村の中で差別を受けるようになってしまったのだ。憑き物筋の家系として。それは一種の呪いと言えた。蔑視され、交流は断たれ、嫌がらせを受ける。

 

 或いは、高利貸にも、村人達のルサンチマンに適切な対処をしなかったという落ち度はあったのかもしれない。例えば祭りなどで村人達にご馳走を振舞い、少しでも富を還元するよう努めたり、自分の富に説得力を持たせる何らかの試みをしてみたり、いくらでもできる事はあったはずである。

 が、仮に落ち度があったにしろ、高利貸の家の子供達にまで、その罪をそのまま着せるのはいくらなんでも理不尽だ。何故、子孫まで苦しめられなくてはならないのだろう? その憑き物筋の噂には、生まれて来る子供達まで苦しめられたのだ。

 従来の、術者に使役される神秘的な存在には社会工学的に捉えるのなら“社会的な装置”としての機能もあった。集団のコミュニケーションを円滑にし、人間関係を調整する役割を果たしていたのである。

 がしかし、術者がいなくなり、野良になり、荒魂となった憑き物には、その機能はなくなり、もちろん人間関係を調整する役割も果たせない。

 だからこそ、それはただただ人間を苦しめるただの“呪い”になってしまったのだ。

 言うなれば、憑き物筋とは、人間の負の感情を浮かび上がらせて増幅させ、人間関係を壊し、人を不幸にする社会的装置なのである。しかもそれは長期間に渡って残り、下手すれば子々孫々に至るまで引き継がれてしまう。

 

 「どうして、あんな事をやったんだ?」

 

 藪沢に向けて僕はそう問いただした。

 僕はゲドー…… 憑き物筋について軽く調べ、その恐ろしさを思い知っていたのだ。調べた内容そのままが事実かどうかは分からないが、それでもそれに近い事は過去に本当にあったのだろう。

 数年ぶりに藪沢の部屋に入ったが、いつの間にか資産運用を始めていたらしく、“投資必勝法”だとか、“注目銘柄ランキング”だとかいった書籍の類がそこらに散乱していた。

 藪沢は不機嫌そうな様子ではあったが、悪びれる様子も見せず、

 「鶴見が悪いんだよ。俺らを裏切って自分だけ甘い話をものにするから」

 などと語った。

 鶴見というのは、彼が所属している投資グループの一員で、どうやらカケル君のクラスメイトの親であるらしい。

 「よく分からないが、つまり、お前は投資仲間に復讐をする為に子供を利用したのか?」

 「そうだよ。幸い、ツルミのガキと同じクラスに俺の知り合いの子供がいてな。便利なインディーズの画像ソフトだって言って、映像を合成させるソフトをクラスで流行らせさせたんだ。

 後はそのソフトを使って、ツルミのガキの近くにお前が描いたゲドーのキャラを配置してお終い。因みにキャラを動かすのは動画生成AIを使った」

 僕はそれを聞いて大きく溜息を洩らした。

 いきなり“憑き物”なんて話を信じる大人はまずいないだろう。スマートグラスやスマートフォンにしか映らないのなら、トロイの木馬か何かだと疑われて直ぐにバレる。だが子供なら信じてしまってもおかしくはない。そして、子供達の間で噂が広まっていけば、それはやがて大人達の間にも“漏れ”始める。情報源はその過程で曖昧になり、“憑き物筋”が昔から伝わる“怪しい噂”である点も手伝って、「本当かもしれない」と思ってしまう大人も現れ始める……

 「その鶴見って人が何をやったかまでは知らないけどさ、少なくとも子供には何の罪もないだろうが」

 それを聞くと藪沢は肩を竦めた。

 「そのガキは悪い親を持って運が悪かったんだよ。親ガチャ失敗だ」

 「お前なぁ!」

 僕は思わず藪沢を殴ってしまいそうになった。が、なんとか思いとどまった。

 「……とにかく、この事は皆に伝えるからな。武士の情けで、お前の名前は伏せておいてやるけど」

 「ああ、そうか。勝手にしてくれ」

 なんだか投げやりな態度だったが、実は既にこの件は“性質の悪いイタズラ”としてバレ始めているのだ。僕の証言はそれを裏付ける程度でしかない。

 ――いずれ、藪沢が犯人だと特定されるのも時間の問題だろう。

 僕はまた溜息を漏らした。

 “本当に、くだらない事をやったなぁ、藪沢”

 そしてそう思った瞬間だった。

 

 ん? なんだ?

 

 僕の視界に鼠のような兎のような造形の奇妙なものが映ったのだ。複数匹いる。ただ、それは何と言うか、仄かで、目に映っていると分かっているのに知覚できないような、なんとも言えない存在だった。

 目をこすって再び見ると、既に消えていた。

 背筋に冷たいものが走る。

 ただの目の錯覚か。もしそうでないのなら。

 

 あれって、もしかして、ゲドー?

 

 ……それからしばらくが経った後の事だ。

 子供を騙して悪い噂を流した最低男として、藪沢はネット上で叩かれ始めてしまった。炎上である。

 今のネット社会では、一度このように“悪い噂”が憑いてしまうと、下手すれば一生涯逃れられない。いわゆるデジタルタトゥーというやつだ。

 せめてその禍が血縁者にまでは及ばない事を願うばかりだ。何故か本人ばかりか家族まで悪く言われるケースが多いそうだから。

 まるで現代の憑き物筋だ。

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