第8話 メテオシャワーフェスの 誘い
名前だけですが、山崎山様の綺羅みなも、如月文人様の御堂寺敦司と弁財秀人。悠月星空様のジストペリド、綺羅なみま様の海原みなも、いでっち51号様の歌ウ蟲ケラにハンソックを出しました。
「これがメテオシャワーフェスの詳しい詳細です」
秋本美咲の個人事務所、セイレーンは一戸建ての住宅だ。その居間にソファーに歯黒いスーツに黒メガネ、禿頭で丸っこい体格の男が座っていた。髭を生やしており、反社会的団体に所属していそうな雰囲気がある。
実際は配信サイト、ニコヤカ動画の運営会社ドドリアの人間である。名前はレザボア早乙女だ。
早乙女の正面には金髪碧眼の美女秋本美咲と、マネージャーで見た目は冴えない黒髪男の岩佐康が座っている。
他にもゴスロリマッチョの石原克己と、関羽ひげを生やした大男の田亀明宏も一緒にいた。二人は立ったままである。
「北海道で開催される音楽フェス……。会場は全部で3つ、SUNHALLにEARTH HALL、MOONHALLか……。MOONHALLは北海道の日本海側にある小さな町にある体育館で開催ですか……」
康は書類を見ながらつぶやいた。MOONHALLは200人か300人程度の集客できない規模の小さい会場がメインだ。
他は5000人規模で、こちらは石狩市の港を利用したフェスとなっている。
EARTH HALLでは人気ロックバンドのLAST BULLETSが参加決定の様だ。
他にも如月奏と葉月陽翔率いるジストペリド、海原みなもを含むアイドルグループなどがそろっていた。
以前美咲とコラボ動画で出演した綺羅めくるや、御堂寺敦司に弁財秀人も出演する予定だという。ラッパーのハン・ソックも同じだ。
その一方でMOONHALLは札幌で活動するバンドや地下アイドルなど、知名度が高いとはいいがたかった。
「MOONHALLには歌ウ蟲ケラも出演します」
早乙女がそう言った。歌ウ蟲ケラはかつてはガールズバンドであった。ただメンバーの一人梓ことあずにゃんが性転換手術を受けたことにより、男になった。
彼女たちは学生時代に結成し、一回は解散したが、再び結成したそうである。
「いいじゃない、面白そうだわ。私はオファーを受ける!!」
美咲は即答した。康は慌てる。別に美咲の待遇に対して不満を言うつもりはない。
しかし美咲が大きなフェスに参加させることに危機感を抱いているのだ。
それは美咲が前にいた事務所、キツネ御殿である。あの会社はまだまだ巨大だ。社長の木常崑崑が寝たきりでも、いつ起きるかわからない。社長は若い以外にとりえがない烏丸りあを溺愛していた。そして美咲を蛇蝎のごとく嫌っていたのである。
そして美咲に対して嫌がらせをすることに夢中になりすぎていたのだ。
新聞では美咲は無謀なドン・キホーテだの、反骨心が強すぎる自尊心丸出しのバカだの好き勝手に書いていた。しかしSNSではファンたちが出版社にかみつくが、美咲の公式SNSでは人の悪口を書くな、私はそんなの望んでいない、言わせたい奴に言わせてやれと書いたのである。
そのため真っ当な美咲ファンは悪口をやめたが、中には人をだしに中傷を楽しむものがいるのでそちらは無視した。
「美咲、安易に答えるな!! それに開催される町は問題があるぞ!!」
康は書類の文章を読みながら、早乙女をにらむ。主催される町は北海道原発がある町だ。そのために漁業では原発があるという理由で魚が売れなくなる風評被害に悩まされている。
さらに北海道では核燃料廃棄施設を誘致する話も起きていた。美咲はその街に行き、学者とともに原発があっても魚に何の影響がないことを動画で宣伝したのである。
それが気に食わない反原発団体は美咲に対して嫌がらせを行ったことも、一度や二度ではなかった。
地元の野菜と魚を食べたら被爆するぞ、それを卸す町の奴らは人殺しだとヘイトスピーチを繰り返していたのだ。
美咲に対しても暴力をふるい、警察に逮捕された。執行猶予で出られたが美咲の家に嫌がらせをしたため再び逮捕され、禁固刑を食らったものが多い。
大抵は克己と明宏が守っている。基本的に手出しはしない。あくまで相手に暴行させた後現行犯逮捕で警察に通報するだけである。警察は証拠がなければ動きたがらないが、証拠があれば動かざるを得ないのだ。
「うちはすべてを承知でオファーしております。すでに他の出演者たちの了解もとっておりますし、当日は警備員の配置も万全を期しております」
早乙女は言った。美咲が過激系配信者と知っててオファーするとは、かなりの胆力である。
「地元の反原発団体も、よその団体には辟易しているのです。地元は生活のために反対しているのに、よその団体は反撃できない人間を一方的に誹謗中傷するのを楽しむ人間の屑なのです。そんな屑たちを悉く刑務所に送る美咲さんに対して、拍手喝さいを送る人は多いのですよ。私もその一人です」
「あなたはともかく他の事務所はどうなんですかね? 美咲だけが狙われるとは限りませんよ?」
「そうですね。さっそくキツネ御殿が文句を言いましたよ。なんで烏丸りあを出演させないのかって、さらに美咲さんを出すなと訴えましたね」
康の問いに早乙女は忌々しそうに答えた。よほどりあにむかついているらしい。
「さらにメテオシャワーフェスを中止にしろと訴えたくらいですね。まったく身の程を知らないなぁ」
「それでおたくらは大丈夫なのか?」
克己が尋ねた。ニコヤカ動画の株主は丸山だ。業界で大手の出版社である。
「心配いりませんよ。株主はキツネ御殿が嫌いなんです。烏丸のせいでめちゃくちゃにされて以来、信頼を失いましたからね」
なんでもりあはCMや写真集などの撮影でわがままし放題だという。遅刻はするわ、勝手に帰るわの非常識な行動を繰り返したのだ。おかげでキツネ御殿は丸山から縁を切られたのである。
「ヴィベックスも烏丸のせいでひどい目に遭ったと聞くぞ。あの女は芸能界を何だと思っているんだ? 信用第一だということを全く理解してないぞ」
明宏が腕を組みながら嘆いた。そう芸能界は人気も大事だが、信用も大事なのだ。約束を守らないと見放されるのはどこの世界も同じである。
枕営業でチャンスを得てもまったく生かすことのできない女、それが烏丸りあなのだ。
「正直、うちの動画と違うから、迷惑をかけたくないわね。でも今回のフェスは興味深いわ。だって演歌歌手の私も参加できるんだもの」
「その通りです。メテオシャワーフェスはあらゆる音楽の祭典なのです。美咲さんの場合は卓越した歌唱力を評価しております」
美咲はやる気満々で、早乙女も後押ししている。あくまで彼は仕事だろうが、美咲がフェスに参加してくれることを願っているようだ。
「ところで北海道へ行く移動費はどうなるのですか?」
康が尋ねる。
「もちろんこちら持ちです。さらにセイレーンの皆様全員分の宿泊費もこちらが負担いたします。美咲さんの曲はエルフでも配信されていますからね。きっと生配信後は、曲が売れることでしょう」
早乙女がほくほく顔だ。エルフとは海外で展開している通販サイトである。今はCDを買うよりもダウンロードが主だ。もちろん美咲はインディースCDをエルフで発売している。
インディースCDは流通は少ないが、キツネ御殿の影響を受けないのだ。店側としては品物が売れたらそれでいいのである。
康はドドリアが美咲を純粋に好意的に見ているとは思っていない。美咲は良くも悪くも目立つのだ。動画でも歌より過激な方が受けている事実がある。それでも歌が好きなファンは多い。
セイレーンも独自で動画を生配信するが、ファンは必ず騒動が起きることを期待しているだろう。逆に何も起きなければ落胆し、チャンネル登録から外される可能性が高い。
ドドリアはわざと美咲がアンチに襲撃される機会を作っているのだ。それ故にセイレーンの面々を全員北海道に招待することを負担と考えていない。むしろ必要経費と思っているだろう。
康はそれが気に食わなかった。それでも康はこの話を受けざるを得ないと思っている。問題は金だ。今は稼げても人気が落ちれば稼げなくなる。美咲は売れなくなった時の備えで資格などを取り、地元商店街でも地域貢献をしている。
美咲の外祖母の秋本哲子が生きている間はなんとかなるが、彼女はいずれ死ぬ。幸い社長も地元の企業も哲子の教えを守っているが、絶対守るとは限らない。
他人に頼るのは二の次、人気が落ちた後の自分たちの身の振り方を決めるには、金をためて、それを生かすために投資しなくてはならないのだ。
ただ金を与えるだけではだめだ。それでは金の切れ目が縁の切れ目となる。ここセイレーンにはそんな奴はいない。金を未来のために投資し、人とのつながりを重視する。それが生き延びるすべだと康は思った。
「……いいでしょう。この話は慎んでお受けします」
康はそう言った。早乙女はにっこりと笑う。
「おお、ありがとうございます!! では詳しい内容をお話いたしますね」
そうして事務所では夜中まで話し合いが続いたのであった。