第7話 美咲とHUN:SOCKがコラボしたよ
「それでは佐鰭多祭りを開催します!!」
正午に司会者の女性の掛け声とともに、祭りが始まった。
祭りといっても商店街の近くにある公園で、屋台を出すものだ。テントを建て地元のスナックなどが焼き鳥や焼きそば、ジュースやビールだのを提供している。どこにでもありそうな祭りだ。
佐鰭多町はベッドタウンゆえに歴史は浅い。1973年ほどに着工されており、50年近くの歴史はあるが周囲の町と比べると圧倒的に新参者であった。
だがここは違う。祭りではベトナム料理のテントが並んでおり、ベトナム人が集まって酒を飲んで騒いでいた。さらに県外から来た客も多く、警備員が配置されていた。
この祭りのメインは演歌歌手、秋本美咲の歌謡ショーである。
午後6時から開催されるが、県外から来たファンたちはすでに多い。
あの美咲が普通の歌謡ショーなんかやるわけがない。SNSではそれでにぎわっていた。もちろん美咲の個人事務所、セイレーンも普通のショーをやるつもりはなかった。
大抵祭りには出資者がおり、地元の企業が参加するものだ。
その中で一番大きいのは秋元建設工業であり、美咲の外祖母が経営する会社である。
もっとも今は相談役としてとどめており、事業は娘婿が行っていた。
さて時間になると美咲は着物姿でステージに上がった。お得意の演歌を披露する。しっとりとしたそれでいて力強い歌声に観客はうっとりしていた。
しかし一曲歌い終わると今度は不可思議な言語で歌い始める。ベトナム語で歌っているのだ。
ベトナム人の集団が立ち上がり、パチパチと拍手をする。周囲の客は迷惑そうだった。
「いきなりベトナム語で歌いだすなんてね。あいつは相変わらず突飛だねぇ」
美咲の様子をテーブルに座っている老婆がつぶやいた。80代の女性だが、髪の毛は白く後ろにまとめていた。もっとも見た目と違い背筋がピンとしており、60代と思えるほどだ。
白いスーツを着ており、赤い縁の眼鏡をかけていた。隣には岩佐康が座っている。
彼女の名前は秋本哲子。美咲の祖母だ。
「地元にはベトナムからの実習生が多いですからね。そういった人たちのためにベトナム語で歌うことに決めたんです。秋本さんも似たようなことをしているでしょう」
「まぁね。私は実習生を奴隷のようにこき使う業界が嫌いでね。できるだけベトナム人に親切にしてやることにしているのさ」
哲子は妖怪じみた笑みを浮かべる。どこかぞっとする笑顔だ。伊達に何十年も建設業界にかかわったわけではない。
哲子はベトナム人実習生たちのために、会社では週に一度社員を集めてベトナム語講習をしている。日本に来てくれたベトナム人と会話するためだ。
そもそも日本人はベトナム語に興味がない。日本に来たんだから日本語をしゃべれという乱暴な意識が強いのだ。
さらに商店街にはベトナム料理の店を開設している。そのままではきついベトナム料理を日本流にアレンジしたり、和食をベトナム風にしたりしていた。
「それが地元の企業に広まっているのがすごいですよ。やはり秋本さんの人望のおかげでしょうか」
「人望なんか死んだら終わりだよ。私が教えたのは、人生を荒波を乗り越えるための処方だね。根回しや色々ね」
哲子はにやりと笑う。彼女は慈善家ではなかった。女が軽く扱われる時代に、彼女は根回しを徹底した。そして敵には徹底的につぶしたのだ。
彼女は怒りを押しとどめる性格ではない。しかし決して恩と恨みは忘れることはなかった。
恩人には手を差し伸べ、敵は完膚なきまでに潰す。それが彼女のやり方であった。
実は美咲が大学に入学するまで、哲子と面識はなかった。両親は哲子を嫌っていたのだ。別に美咲の父親が白人だから反対されたとかではない。
哲子のやり方が気に食わないのだ。敵を社会的地位から抹殺するような行為を嫌悪していたのである。
美咲の両親は美咲がいじめられても何も言わず、逆に美咲がやり返したら怒り出すような人間であった。
二人が大学受験後に交通事故で亡くなったのは、僥倖と言えた。
哲子は美咲に自分の考えを教えた。高校時代はまだ落ち着いていた美咲が、大学入学後に一気にエキセントリックな行動に出始めたのは、哲子の影響であった。
「さて美咲が何かしでかすよ。いったい何をするのかな?」
哲子はビールを飲みながら、康に訪ねた。康は答えなかった。
するとステージでは何か設置されている。美咲のステージはセイレーンのメンバーが撮影していた。
ネットでは生配信している。ファンも美咲のステージに対して期待していた。
するとステージから一人の男が上がっていく。それは帽子をかぶり、サングラスをかけ、ドレットヘアの派手なジャンバーを着ていた。
「HUN:SOCKだね。こりゃまたすごいのが出てきたね」
「知っているんですね」
「老人だからネットに疎いとは限らないよ。特に美咲と関係するものはね」
哲子はステージを見ながら言った。他の観客たちもHUN:SOCKの登場に驚き、興奮していた。
HUN:SOCKはヴィベックス所属のラッパーである。日本人ではないが、誰よりも日本人らしさがあることで有名だった。
「ウェーイ!! HUN:SOCKだぜーい!! 今日は美咲と一緒にデュエットするぜぃ、ウェーイ!!」
HUN:SOCKはノリノリで答えた。
「作詞はHUN:SOCKと歌ウ蟲ケラのユイマールさんです!! 題名は花鳥風月!!」
HUN:SOCKが得意のラップで歌う。その間美咲が挟んだりした。普通の演歌である。さらに美咲が語った。
ラップと演歌を組み合わせるなど狂気の沙汰である。SNSでは違和感仕事しろだの大絶賛であった。
「ところで妨害とかは大丈夫かい?」
「はい、なんとか。反社会団体が邪魔しようとしましたが、警備員に阻止されているそうです。さらに警察にも逮捕されたそうですよ」
「確かキツネ御殿だったね。昔と違って暴力団の出る幕はないだろうに、愚かだねぇ」
哲子はしみじみと答えた。康は苦笑いを浮かべている。
すると何か音が聞こえた。それは哲子のスマホの着信音であった。
哲子はスマホに出ると、そうかご苦労様とねぎらいの言葉をかけて切った。
「うちの会社に他県の建設団体が文句を言いに来たんだよ。実習生たちを甘やかすなってね」
「甘やかすなって……。何を言っているんだか……」
「あいつらは実習生たちを奴隷のようにこき使いたいんだよ。それに日本語以外しゃべりたくないのさ。すべては自分たちが一番偉いと錯覚しているんだよ」
哲子は首を横に振った。対応したのは社長である。彼はあくまで自分たちが勝手にやっているだけで、建設業界全体に広めたいわけじゃない。というか実習生をこき使うのは犯罪ではないかと答えたそうだ。
そこには地元企業の代表たちも来ていた。彼らは哲子の教育のおかげで独り立ちできたものたちだ。そして彼女の教えを忠実に守り、実習生たちに対して親切にしている。もちろん窃盗や逃亡は目を光らせていた。
代表は切れて、社長に殴り掛かったという。そこでもめてしまい、代表は逮捕されたそうだ。
代表は山賊のように下劣な人間で、熊のような人間だったという。
警察に逮捕された後は、獣のように吠えていたそうである。
「まったく意地悪するよりも親切にしたほうがいいのにねぇ。自分を守るために必要なのにさ……」
「でも親切にしても恩知らずはいますよね」
「そういう奴は周囲の人間から信頼を無くしているよ。一時の小銭のために社会的地位を無くしちまうバカさ。あんただってそういう奴を嫌というほど見てきただろう?」
哲子の言葉に康はうなずいた。
美咲とHUN:SOCKのコラボはにぎわっていた。そして歌い終えると美咲はこう言った。
「実は私、北海道で開催されるメテオシャワーフェスに出場することになりました!!」
その発言に会場は大いに沸いたのであった。
HUN:SOCKはいでっち51号さんの作品のキャラです。
花鳥風月はHUN:SOCKが作詞した設定で書いてます。