第4話 烏丸りあは 基地外です
「ちょっと!! なんであの金髪クソ女を潰せていないのよ!!」
太陽がギンギンに照り付ける昼下がり、芸能事務所のキツネ御殿が所有するビルの会議室で、一人の女性がヒステリックに叫んでいた。
見た目は清楚系で小柄な二十代前半の美少女である。肩まで伸びた茶髪に整った顔立ちだ。しかし顔は般若のような形相であった。
彼女の名前は烏丸りあ。今絶賛大流行中のアイドル……、と思い込んでいる女だ。
「そうはいってもねぇ。彼女は動画投稿が中心だからねぇ。こちらが訴えても相手にされないのだよ」
上座にいるのは50代の狸男であった。顔や体も丸く、狸顔なので愛嬌がある。
副社長の木常狸吉であった。社長の木常崑崑の息子である。
「はぁぁぁぁ!? うちは芸能界を支配しているのよ!! たかが外国の動画サイトごときなんで命令を聞かないのよ!!」
「海外だからさ。確かにうちは最大大手だけど、海外だとあまり通じないんだよ。向こうは個人主義が強いからね。もちろん日本のような全体主義も国内ならうまくいっているんだけどね」
「何わけのわからないこと言ってんのよ!! あたしはさっさと金髪クソ女を踏みつぶせと言ってんのよ!!」
狸吉が説明しても彼女はまったく理解していない。自分の思い通りにならないと気が済まないのだ。
そもそも彼女は美女だが一山いくらの一人にすぎない。歌唱力もパフォーマンスも凡人以下だ。
なのに彼女が芸能界で目立っているのは、枕営業でコネを広げたに過ぎない。
彼女は社長の崑崑を引き込み、数々のプロデューサーたちと男女の関係になった。その結果かなり大きな仕事が来るようになったが、彼女はそれを生かし切れていなかった。
いくら宣伝されてもファンは彼女が凡人以下であるのを理解している。年の差が離れている秋本美咲のほうが人気が高かった。
りあは美咲を目の敵にしていた。マネージャーの岩佐康が美咲のために取ってきた仕事を横取りしまくったのである。
康はそういう契約だからと説得しても「ズルいズルい!!」と言って、社長に泣きついたのだ。そして契約をりあに変更させ、金額も桁一桁増やさせたのである。地方のテレビCMやコンサートなど様々な仕事を取ってきても、すぐりあがズルいと言って取り上げたのである。
もちろん契約した側は話が違うと大激怒だ。そして契約破棄され、その怒りは康に向けられた……、わけではない。
キツネ御殿自体に不信感を抱かせるようになったのだ。そもそも娯楽が少ない昭和年代ならともかく、令和時代になるとネットなどが発展し、様々な仕事が増えてきたのだ。
確かにキツネ御殿は業界最大ではあるが、別に芸能事務所はそこだけではない。契約違反ばかりを起こす事務所より、安くて誠実な事務所を選ぶことが多くなったのだ。
もっとも社長はキツネ御殿は最高だから黙っていても仕事が来ると信じ込んでいる。実際はマネージャーたちが頭を下げて仕事をもらってきているのだが、社長はそれを理解していないのである。
りあは崑崑をそそのかし、美咲を愛人にするよう仕向けたが、美咲はきっぱり断って事務所をやめた。他の事務員たちも美咲についていったのだ。康だけは自身が担当したタレントたちの後始末をつけてから辞めている。
「まったくあの金髪クソ女はズルいわ!! 動画サイトでもあたしより目立つなんて!! それなのに垢バンできないなんて意味が分からないわ!!」
「そりゃあ著作権を侵害しているなら、そうなるかもね。でも彼女は自分自身のオリジナルで作っている。訴えても無駄さ」
「だったらあんたが潰しなさいよ!! パパが起きたらあんたなんか飛ばされるわよ!!」
副社長に対してあんた呼ばわりするりあに、狸吉は不快な顔になった。そもそも彼女の言うズルいの意味がわからない。実際は美咲が仕事をもらうことが気に食わないだけであり、彼女は無能なバカのくせに仕事をもらうなんて生意気だと信じ切っているのだ。
周りの人間もあまり口に出さない。今までは崑崑のワンマン経営に媚びを売るイエスマンだったからだ。
しかし社長がこん睡状態であることをいいことに、事務所を抜けるものが続出している。
それ以前に事務所を創立して以来の演歌歌手、横川尚美を数年前に追放したのだ。美咲の師匠でもあった。尚美の弟子たちもこぞって抜けたのである。古参の人間もこれには愛想をつかした。
「ああ、むかつくわ……。このあたしはこんなに努力しているのに、なんでSNSではあたしをバカにしているのかしら……。あの金髪クソ女なんかよりずっと若くて可愛いのに、理解できないわ……」
「努力なんかしてないだろう。きみはレッスンをさぼってばかりじゃないか。それに地方の仕事も断っているし、美咲の方が仕事を選ばず努力しているんだよ」
「何でたらめを言っているのよ!! あたしはきっちり努力してるんだから!! レッスンなんて凡人のすることなんかやる必要はないし、泥臭い田舎になんかいけるもんですか!! あの金髪クソ女はずるをしているに違いないわ!! SNSできっちり宣伝しているんだから!!」
彼女は事務所に命令して美咲の誹謗中傷をSNSで宣伝していた。崑崑はネットが理解できないが、りあのやることは全面的に信頼していた。実際は色ボケでりあの身体に夢中なだけである。その件もありキツネ御殿は業界の信頼を失っていたのだ。
狸吉は頭を抱えた。りあは頭が花畑だ。枕営業しか能がないくせに、自尊心だけは一人前である。目の前の現実を理解できず、自分の都合のいい現実以外受け入れない。まるで日本語は話せるが文化が違う外国人のようであった。
「くく、くくくくく!! パパが起きるまであの女を潰してやる!! あたしより目立つ人間がいるなんて許せないわ!! うちをバカにするやつはみんな潰してやる!! くく、くくくくく!!」
りあの目は狂気を宿っていた。よだれをたらし、独り言ばかりつぶやいている。
狸吉を始めとして彼女に恐怖を抱くものが多い。彼女自身よりも彼女が社長を取り入っており、その影響によって自分たちが不幸になることを恐れていた。要は我が身が可愛いだけである。
りあはSNSを通じて自分の信者たちに、美咲の事務所や商店街に嫌替えらせを指示し、彼女の動画撮影を邪魔するよう命じさせていた。りあは自分が女王様になった気でいた。信者は奴隷以下だと思っている。
だがりあは知らなかった。今はSNSで誹謗中傷を行えば、即逮捕になることを。今はエクスキューショナーノートにより、美咲のでたらめな投稿もそれによって間違いであると明かされることを。
さらに嫌がらせをした者たちが警察に捕まり、彼女の指示で実行したことをしゃべったことに、りあは気づかなかったのである。
烏丸りあはツイッターによくいる基地外がモデルです。彼らはでたらめなことばかり投稿し、間違いを指摘されても反省しません。
もっとも法律は彼らを味方しません。この世は諸行無常です。時代に対応できなければついていけない典型ですね。