第2話 地元商店街を 聖地に変えていました
「随分賑やかな商店街だな」
岩佐康は佐鰭多商店街を歩きながらつぶやいていた。白いジャケットに黒いズボンと革靴を履いている。
佐鰭多町は寂れた町だ。みんな都会が大好きでろくな産業のない町など離れていく。目立った歴史もなくベッドタウンとして発展していった。
商店街も昔はそれなりに繁盛していたが、シャッターが多く閉まっているシャッター街であった。
ところが通行人がかなり目立っている。地元の人間というより観光客の様だ。
一体何が目当てなのだろうか。
「康。この商店街が賑わっていることに疑問を抱いているな?」
声をかけたのはメイド服を着た巨漢だ。秋本美咲の個人事務所の経理、石原克己である。
今二人は買い物に来ていた。安いスーパーではなく、商店街で食品や生活用品を購入しているのだ。
康は克己に言われて、苦笑いしていた。
「あの肉屋に行くぞ。そこで答えがわかるはずだ」
そう言って二人は肉屋に行った。九札田精肉店と書かれている、ぼろぼろの店だ。あまり手入れがしてないようである。そこには肉のメニューが窓ガラスに張られており、典型的な肉屋だ。
そこには美咲ちゃんセットなるものが千円で売られていた。コロッケやソーセージなどがプラスチックの使い捨て容器に入っている。
さらに店の中には骨で作られた人形が置かれていた。それに金髪のかつらが被せてある。
隣には美咲ちゃん人形と書かれていた。美咲をかたどった人形らしい。
「なんですかこれは?」
「こいつは美咲が作った人形だよ。家畜の骨を集めて作られたものなんだ」
「骨で人形を作るなんて、あいつは何を考えているんだ?」
克己の説明に康は呆れていた。骨や流木などを集めて人形を作ることは珍しくはない。美咲がこの手の芸術が得意とは思わなかった。
「この店だけじゃないぞ。他にもその店ごとにふさわしい美咲ちゃん人形を提供したんだ。地元商店街の理解を得るためにな」
「理解、ですか?」
「一般人にとって芸能事務所は得体のしれない集団だ。テレビに出て何億も稼ぐ、楽な仕事と思われている。美咲は地元に貢献するために敢えてこうしたのさ」
それが美咲ちゃん人形なのか。発想の斜め上を行き過ぎている。金髪碧眼の美女である美咲は理想の美女を演じさせられていた。その反発で彼女は学生時代は気の衒った行動を起こしていた。
文化祭のカラオケでは演歌を歌い、体育祭では積極的に競技に参加した。チアリーディングなどを求められたが本人は嫌がったのである。運動神経は抜群なほうだが、美咲のキャラを生かしたい連中にとっては彼女は少数派であった。
「あと美咲ちゃんセットは月に一度のライブで売っているんだ。普通はCDを売るが、美咲は地元の商品を売るべきだと訴えたんだよ」
「それでこれを売っているのですか? 食品ならともかく他はどうなんでしょうか」
「書店ならノートやペンなどのセットを、衣服店ではシャツやパンツ、靴下のセットを。喫茶店や食堂では美咲が考案したメニューの食事券を売っているな。他にもいろいろ絡ませているよ」
克己が説明していると、二組のカップルが入ってきた。美咲ちゃん人形をスマホで撮影してけらけら笑っている。そして美咲ちゃんセットを購入した。
店主は近くに食事ができる店があるよと教えた。
「美咲ちゃんセットを持ってくればビールが安く飲める店を作ったんだ。お菓子ならコーヒーや紅茶を提供してくれる。今の二人はSNSで美咲を知ってここに来たのだろうな」
「それ地元の人がやっているんですか?」
「そうだよ。都会に疲れて帰ってきた人が経営している。うちが出資しているんだ。みんな美咲のアイディアだよ。俺はそれを形にしただけさ」
克己は豪快に笑っている。康は美咲の行動力に呆れていた。しかし彼女は行動を起こせば早い。強引に進めるのではなくまずは根回しから始めていた。
学校の教師は美咲を煙たがっていたが、その一方で自ら行動する美咲を好ましくも思っていた。
教師の一人が根回しは大事だと美咲に教えたので、彼女はそれを護るようになったのである。
この商店街では地産地消を意識しているようだ。余所から物を輸送するより、近い場所から購入すれば運送費などが安くなる。
地下アイドルにありがちなCDを売るのではなく、地元商店街が潤う方法を取ったのは、自分たちの理解を住民たちに深めるためであろう。
美咲は大学に入ってから友達が一気に増えた。少数派たちがほとんどで、その彼らから情報を得たのだろう。
さらにここを美咲の聖地にすることで他県からの観光客が増えていった。もちろんマナーの悪い人間もいるだろうが、そちらは地元住民の見回りで抑えている。こちらも仕事がない人間を集めて雇っていた。
稼いだ金を循環させる。健全な状況を作り上げていることに、康は感心している。
さて康と克己はいろいろな店に回った。八百屋では案山子風の美咲ちゃん人形が、お菓子屋ではキラキラした素材でできた美咲ちゃん人形が飾られており、それを撮影するファンが多かった。
克己は店で購入したものを段ボールに詰め、肩に乗せて歩いていた。地元住民は気さくに挨拶している。都会でも異質なゴスロリマッチョが受け入れられているのは、対話をしたからだと康は思った。
☆
「ただいまぁ」
康はビニール袋いっぱいに購入した食品を両手で持っていた。克己は大きな段ボール箱を二つ抱えているが平気そうである。
「お帰り康。克己さんとデートなんて言い御身分ね」
美咲が玄関で迎えていた。金髪碧眼で見た目は白人系だが中身は立派な日本人である。
彼女は不機嫌そうであった。
「美咲。康は俺の買い物に付き合っただけだ。俺が好きなのは明宏だけだし、康は好みじゃない」
「ふん、どうだか。克己さんはともかく康はどうかしらね?」
美咲はイヤミっぽく言った。そこに白いスーツの美男子が現れる。緒方真世だ。髪は角刈りで黒ぶち眼鏡をかけており、髭を生やしている。
「まったく美咲はやきもち焼きだな。これはどうかな?」
そう言って真世は康の背後に回り、後ろから抱き着いた。彼女はオナベである。すでに乳房は手術で切り取っていた。
康は慌てたが、美咲は平然としている。
「おや? 真世が抱き着いているのに無反応だな」
「うーん、真世さんはまだ女性って感じが強いかな?」
「では、これでどうだ?」
克己が段ボールを床に降ろすと、康に抱き着く。克己の鍛えられた大胸筋がやたらと硬い。
康は顔が真っ赤になる。すると美咲は烈火のごとく怒りだした。
「康!! 克己さんの雄っぱいにのぼせてんじゃないわよ!! あんたって本当に男に目がないんだから!!」
「誤解を招くような言い方はやめろ!! 僕がいつ男が好きだといったんだ!!」
「30になるまで私に手を出さなかったでしょうが!!」
美咲が叫ぶと、はっとなって真っ赤になる。自身の初体験の話を口にしてしまったことに気づいたからだ。
「そうだなぁ。美咲みたいな美女を30まで相手にしないのは異常だよなぁ」
「きっと美咲が自ら襲い掛かったんだろうな。康なら絶対手を出さないだろうしね」
「よく寝取られなかったものだ。感心するよ」
克己と真世はげらげら笑っていた。康と美咲は顔が真っ赤になり、何も言えなくなった。