第一話 個人事務所セイレーンの面々
「ここが美咲の事務所か」
太陽が真上に上がっている頃、岩佐康は目の前の白い一戸建ての家を見てつぶやいた。ここは関東S県にある佐鰭多町にある住宅街だ。
美咲は事務所を抜けた後、同じく抜けた仲間たちとともにこの家を購入し、個人事務所を立ち上げたのである。
表札には株式会社セイレーンと書かれてあった。セイレーンとは伝説の怪物で歌で船乗りを魅了し、船を沈めるという。あまり縁起のいい会社名とは思えなかった。
家には右側には青色のガレージがあり、庭は狭いが木が植えてある。周囲は家が建ち並んでいるが、どこか古臭い印象がある。美咲の家も見た目は古臭いがリフォームしたのか真新しく見えた。
康は必要最低限の荷物を持ってここに来た。美咲からは身分証明書と履歴書を持ってこいと言われている。住んでいたアパートは引き払っており、荷物はすでに届いているとのことだ。
「ふぅ、緊張するな。よし!!」
康はぺちぺちと両手でほほをたたきながら、気合を入れた。そしてチャイムを鳴らす。
「ごめんくださーい、岩佐と申しますー!!」
インターホンに近づいて大声をあげた。
「うむ、よく来たな。今開ける」
野太い男の声が聞こえた。そして玄関の扉が開く。
そこには2メートルほどの30台の巨漢が現れた。もじゃもじゃの黒髪で日焼けした肌にボディビルダー並みの筋肉を持っている。だが異質なのはその男はゴスロリドレスを着ていたのだ。
フリル付きのカチューシャに、黒と白のゴシックドレスを身に着けていた。かといって男は化粧などしていない。太い眉に鋭い目、鷲のような鼻にへの字に曲がった口、そして割れた顎が特徴的であった。
康はまったく動じていない。なぜなら康は彼を知っているからだ。
「石原さん、おひさしぶりです」
彼の名前は石原克己。以前は美咲のいた事務所で経理を務めていたのだ。さらに税理士の資格も持っているのである。
克己はゴスロリ衣装が好きなだけで男が好きではない。もっとも好きな相手は男だが。
これでも結婚して小学一年生の子供がいる。
「遅いくらいだ。もっともお前のことだからマネージャーの引継ぎをしてから辞めたんだろうがな」
「はは、そうですね」
克己の指摘に康は笑いながら頭を搔いた。本当なら美咲が辞めた後すぐ自分の辞めたかったのだが、自分が担当していたタレントのマネージャーの仕事をきっちり教えてから辞めたのである。
本当なら事務所の社長が美咲と仲が良い康を首にする予定だったが、美咲が辞めると啖呵を切ったとき、社長は泡を吹いて倒れたのだ。
彼の名前は木常崑々《きつね こんこん》といい、芸能プロダクションきつね御殿の社長を務めていた。長年芸能界を支配してきたと思い込んでいる老害は、美咲に対して愛人になれと迫ったが、こっぴどく断られた。そのショックで寝込んでしまったのである。
今は息子の木常狸吉が代理を務めていた。父親はキツネ顔だが、狸吉は狸顔である。
「おう、康。やっときたか」
家の奥から30代の男が現れた。熊のような男であった。髪は黒くオールバックで関羽ひげを生やしている。全体的に丸い感じである。アロハシャツを着ており、前ははだけている。胸毛に包まれた太鼓腹が揺れていた。水色の短パンを履いていた。
彼は田亀明宏といい、前の事務所ではwebデザイナーを務めていた。
克己とは恋人だが結婚している。いわゆる偽装結婚だ。ゲイだが好みは克己なので浮気はしない。
「はい明宏さんもお元気そうで何よりです。今お忙しいところでしたか?」
「なに、動画の配信作業を終えたところだ。これからおやつにするところだよ。お前も一緒に来い」
そういって明宏は康を家に入れた。二人は美咲が大学時代の先輩らしい。高校時代は友達が康しかいなかったが、大学の演歌サークルでは友達がいっぱいできたそうだ。
「荷物は二階の部屋に置いてある。何をいじればいいのかわからないから置いたままだ。おやつが終われば整理を手伝おう」
克己が歯をむき出しにして笑った。かわいい服が好きなだけなのだが、周囲からは変態呼ばわりされていた。だが康は彼は頼れる兄貴分だと思っている。社長からは口汚くののしられていたが。
明宏も動画などの配信などを担当していたが、社長が軽視しておりあまり力を入れられなかった。
自分の知らないものは絶対認めない老害は、周囲からは嫌われていたがキツネ御殿のオカシラに逆らえる人間はいなかったのである。
居間に案内されるとそこは青色の絨毯に木製のテーブル、紺色のソファーに、食器棚やテレビが並んでいた。
部屋の隅には観葉植物が置かれてあり、天井には植木鉢が吊るされていた。家の中でも森の中のような気分を味わえた。
「あら康さん」「おひさしぶりですわ」
テーブルには色とりどりのケーキが並んでおり、ティーカップが並べられていた。
声をかけたのは二人の20代後半の女性だ。160センチほどで、茶髪のボブカットの美女である。ただし二人は双子のように似ていた。違うのは右と左で前髪の長さが違うだけだ。
二人は赤と青のメイド服を着ている。
右側の前髪が長く赤いメイド服は富沢利奈であり、左側が長く青いメイド服は久川寿子である。
どちらも胸が豊満であった。
実は二人は双子ではなく、赤の他人である。利奈は寿子と同じ顔に整形して、寿子は利奈の身体を真似て豊胸手術をしたのだ。
二人はメイドではなく、利奈が撮影で、寿子は録音を担当している。編集は二人仲良くやっている。
実は克己と明宏の子を代理出産しているが、母親として子供に接していた。
「お二人ともおひさしぶりです。元気そうで何よりです」
「康さんは顔がやつれてますわね」「前に美咲さんと一線超えた影響でしょうか?」
二人がそろってにっこり笑う。この間とはとある動物園での出来事を言っているのだ。あれから何日も過ぎたが、康はあの日を思い出すと恥ずかしくなってくる。
「まったくお前たちは結ばれるのが遅すぎる」
「その通りだな。かといって盛った猫のようになるなよ。その時は俺たちは外出しておくからな」
克己と明宏が手をつなぎながら笑っている。美咲と康の関係はすでに知れていたのだ。
「美咲がしゃべった……、わけないですよね」
「当然です」「でもラブラブパワーがあふれているので、みんな気づいておりますわ」
利奈と寿子がそろって首をかしげる。赤の他人なのにまるで息のぴったりな双子であった。
「えっと、美咲はいないのかな。それと雄二さんと真世さんの姿が見えないけど」
「たっだいま~!!」
玄関から元気な声が響いた。相手は秋本美咲である。30歳になるのに子供っぽいところが抜けきっていない。まるで大きな子供であった。全身で喜びを表現しているように思える。
「おっ康、やっと来たわね!!」
「あら、ほんと。ご無沙汰しているわね」
「惚れた女のためならはやてのように駆けつけるのが普通だろ?」
美咲の後ろには二人の男女が立っていた。
一人は30代の女性で、茶髪に黒いワンピースを着ていた。にこやかでふっくらした顔つきに、メロンのような大きい胸が特徴的である。カモシカのように太い脚はストッキングで包んでいた。
実はオネェで、名前は日髙雄二。スタイリストを担当している。
もう一人の男性は30代ですらっとしており、丸眼鏡にヤギひげを生やした、白いスーツを着こなす一見きざなに見える。
実は女性で名前は緒方真世。彼女は営業を行っていた。
ちなみにふたりは結婚しており、3歳の息子がいる。
「ははは、僕は美咲みたいに行動力がないから……」
「言い訳するな。そもそも美咲みたいなエロい女に対して、30まで手を付けないお前は異常だね」
「あらまよさん。世の中美咲ちゃんみたいな子ばかりじゃないのよ。それに康ちゃんは家庭の事情もあるからね」
言い訳をする康に対して辛辣な真世だが、雄二は優しく諭す。雄二は男でありながら神の女子力を持つといわれていた。逆に真世は胸があるイケメンと称されている。
セイレーンに努める社員たちはどれも個性的であった。よくきつね御殿の社長が採用したと思うが、最初は彼らも普通だったのだ。
それが年を取るごとに変貌していったのである。
「康、一応履歴書と身分証明書は預かっておこう。いろいろ書類の手続きはあるが、今日からお前もここに住め。というか美咲と同じ部屋で寝ろ」
「ええええ!! いきなりタレントと一つ屋根の下はまずいのでは!!」
「どうせ美咲はスキャンダルまみれだ。そもそも配信している動画は過激系がほとんどだからな」
克己が説明する。美咲は演歌歌手だが、現在芸能界を干されていた。営業できるのは地方のイベントくらいだ。今は動画配信で全国どこでも動画が見られる。
だが演歌を流すだけでは受けない。なので過激な動画で再生数を稼いでいた。
核廃棄施設反対派や基地反対派の神経を逆なでさせ、暴力を振るわれたら現行犯逮捕して、警察に引き渡すことが受けていた。
そのため美咲はその手の団体に目をつけられている。地方のイベントでもアンチが襲撃することが多かった。そのたびに克己たちが体を張って護っていたが。
「難しい話はあとです。今はおやつにしましょう」「今日は地元の菓子店から買ったフルーツケーキですよ」
利奈と寿子がほほ笑んだ。康も席に着き、おやつにしたのだった。
石原克己は画家の石原豪人と、ボディービルダーの故マッスル北村克己。
田亀明宏はゲイ漫画かの田亀源五郎と、俳優の美輪明宏。
富沢利奈はセーラーマーズの声優、富沢美知恵と佐藤利奈。
久川寿子はセーラーマーキュリーの声優、久川綾と金本寿子。
日髙雄二は声優の日髙のり子と三ツ矢雄二。三ツ矢氏はオネエです。
緒方真世はるろうに剣心の剣心の声優緒方恵美と涼風真世。緒方さんはカセットブックで演じてました。
代理出産はイギリスのアーティスト、エルトン・ジョン氏がモデルです。
彼は同性婚をしてますが、代理出産で産まれた子を引き取っています。
日本では代理出産は難しいので、この形にしました。