外伝その3 他の新人たち
「いえーい!! みんな乗ってるかーい!!」
戸成野町にある商店街だ。シャッター街であり、理髪店や薬局などがかろうじて開いているくらいだ。佐鰭多町以上に過疎化が進んでおり、若者たちは東京へ逃げていくのである。
今商店街では祭りが行われていた。広場にはテントが組まれており、焼き鳥やジュースなどが売られている。どの町にもある目新しいものがない、ただ外で食べる解放感だけしかない祭りだ。
現在は広場の真ん中に建てられたステージで、一人の女性がラップを披露している。
小柄なそばかすの目立つ女性で、赤毛の短いツインテールである。ヘッドホンをつけており、ジャンバーとぶかぶかのズボンをはいていた。
名前はレベッカ・チェンで、香港出身のラッパーだ。父親が日本人で母親が中国人である。国籍は父親と同じ日本国籍だ。愛称はベッキーである。彼女は秋本美咲個人事務所セイレーン所属の歌手としてステージに上がっていた。
「では、いくよー!! 美咲さんのデビュー曲、雪の道いきまーす!!」
そう言ってベッキーは歌いだした。演歌歌手秋本美咲のデビュー曲である。
雪の降る道に悪戦苦闘しつつも、諦めずに立ち上がる孤独な女の生き様を描いた曲だ。
それをベッキーがラップで歌うのである。観客は老人や親子連れが多く、ぱちぱちと拍手を送っていた。他にもSNSで聞きつけた美咲のファンも駆けつけてきている。テントでは美咲が地元の野菜を使った焼きそばを調理して売っていた。さらにセイレーンの面々が生み出した料理を販売しており、その目新しさで通年より客が多かった。
ベッキーの出番が終わり、彼女はステージを下りた。
「次はセイレーンの新人、ナンシー・キャリー・ブラウンさんです。どうぞ!!」
司会の男性が紹介した。出てきたのは30歳前半の金髪碧眼で髪はポニーテールでまとめており、青い着物を着た女性であった。赤い口紅に胸はメロン並みに大きく、胸元ははだけている。どこか退廃的であった。手には三味線を握られていた。
彼女はアメリカ人で、日本人男性と結婚しており、保育園に通う子供もいる。
「ナイストゥミーチュゥ。ワタクシ、ナンシー・ブラウントモウシマス。コノ三味線デ、ミサキサンノデビュー曲ウタイマス」
そう言って彼女は三味線を演奏する。素人でもなんとなく迫力があった。だが彼女の歌は英語である。雪の道を英語で歌っているのだ。
曲が終わると、ナンシーはステージを下りていく。代わりに黒いゴスロリの女性がステージに立った。わかめのような黒い髪に、目元は隈ができていた。どこか陰気な雰囲気があり、妖怪のように思える。
「さてお次はセイレーンの新人、石原玲花さんです!! 彼女の創作落語をご視聴ください!!」
司会者の言葉に観客はざわついた。なんで歌手ではなく落語なのかさっぱりわからなかった。
だが玲花は用意したパイプ椅子に座ると、落語を始めた。
「えーっと初めまして、石原玲花です。きょ、今日は私の創作落語、BL怖いを披露します……」
最初はぎこちないしゃべり方であり、だれもが彼女は色物と決めつけていた。
しかしいざしゃべりだすとはきはきし始めた。語りがやけに真に迫っており、聴くものを圧倒させる。
内容は古典落語の饅頭怖いだが、それをBLに変えただけの内容であった。
悪役令嬢が地味な同級生を怖がらせるために、彼女が嫌いと発言したBL本を部屋に置くという話だ。
「ちょっとあなたBL本が怖いのではありませんでしたの!! すごい勢いで読みふけっていくではありませんか、あなたは本当は何が怖いのですの!! 今度はBLのゲームが怖いです、えへへ……。おあとがよろしいようで」
玲花の語りが終わると、会場は拍手に包まれた。正直老人やBLを知らない人間にはちんぷんかんぷんではあったが、彼女の語りは迫力があり、引き込まれたのだ。
「ではとりは秋本美咲さんです。美咲さんどうぞ!!」
そして金髪碧眼の美女がステージに立つ。彼女は秋本美咲である。アジサイ柄の着物を着て、デビュー曲雪の道を歌うのであった。こちらはしっとりとした心にしみる歌声であった。
☆
「いやーみなさんお疲れ様!! かんぱーい!!」
その日の夜、美咲たちは戸成野商店街の近くにある居酒屋で打ち上げをしていた。個性のない数十人はは入れる店だ。ラインナップも焼き鳥やビールなど独創的なものは一切ない。問屋で買ったものをそのまま出しているだけである。
今日セイレーンは美咲の外祖母である秋本哲子の依頼である。哲子は建設業を営んでいた。すでに社長業は息子に任せているが、営業は続けていた。
今回祭りに参加したのは地元の建設業者に頼まれたからである。段々人口が減りやせ細っていくのを恐れたのだ。佐鰭多町では秋本美咲が地元を中心に活動し、観光客を誘致する計画を立てている。
それに哲子の会社は地元だけではなく、戸成野町でも仕事をしていた。恩を売るために孫娘に無理を言ったのである。
ちなみにすべてにおいて・ファックユーもステージに上がっていた。小学生男子がげらげら笑っていたが、保護者達は苦い顔になった。
烏丸りかも顔出しNGで仮面をつけて歌った。黒姫やすむこと、岩佐歩もVチューば~として出演した。
「今回は戸成野町の商品を中心に売ることができたわ。それと空き家になった店を改造してライブを行うことにしたからね。あとは園田町でも同じ空き家を利用することにするわ」
美咲はグラスジョッキのビールを飲みながら言った。
「ですが美咲さんは変わってますよね。都会に行けばもっと集客が見込めるのに」
ベッキーは焼き鳥を頬張りながら言った。となりでは着物を着ているナンシーも日本酒を静かに飲んでいる。
「こういう地方を盛り上げるのが大事なのよ。人が都会に集まれば集まるほど、金はそちらに流れ、地方はやせ細っていく。農業や工業は地方が多いのにね。私は首をきっかけにおばあちゃんの地元を一大観光地にしたいのよ。地元の人はなるべく安くて豊富なスーパーに行きたがるからね。逆に観光客なら多少は高くても私という特別な価値を付けた商品を欲しがるわけね。もちろん地元商店街ならではの商品のみよ。今じゃ都会に行く若者は地元で就職するようになったわ。ネットがあればどこでも動画は見れるしね。今は私の知名度を頼っているけど、いずれはあなたたち新人が新しい秋本美咲になるの。よろしく頼むわよ」
そう言って美咲はビールを一気に飲み干した。それを聞いた新人たちはぱちぱちと拍手をする。
「オドロキモモノキサンショウノキデスネ。ミサキサンハ、深ク考えテイルノデスネ」
「克己兄さんから聞いたけど、ぶっとんだ人ですわ」
ナンシーと玲花は感心していた。玲花はちびちびとハイボールを飲んでいる。彼女はセイレーンの副社長である石原克己の従妹である。年齢は24歳だ。少し根暗だが、体は鍛えに鍛えている。
「そうだ、この事務所ではマネージャーの康さんに色目を使うなと言われているそうですね」
ベッキーが口にすると、美咲の隣でビールを飲んでいた岩佐康が噴出した。
「ああ、それは違うわよ。こいつは男にしか興味がないの。でも女でも強引に押されるとすぐ流されて主導権を握られちゃうのよね。ホント情けないわ」
美咲は首を横に振って、あきれていた。康は反論するが無視している。
「私ハ、夫ト子供ガイルノデ、色目使イマセン。安心シテクダサイ」
「わっ、私は男の人は嫌いです……。克己兄さんは別ですけど」
「あら油断しちゃだめよ。こいつはエロゲのハーレム主人公なのよ。子持ちの人妻だろうが、男嫌いだろうがお構いなし。そのくせ草食を気取って一度寝た相手は二度と寝ない放蕩児なのよ。うちの新人は一年も持たずに康の餌食になるわね」
美咲はジョッキを持ちながらうなずいた。
「それは私たちも同じですか!!」
すべてにおいて・ファックユーのリーダー、中野マーガレット愛生が右手を挙げて質問した。
彼女はジャマイカ人の血を引いており、女性というより男性に見える。他のメンバーも女性だがプロレスラーのような体格の持ち主であった。
「もちろんよ。こいつにとってあなたたちはぴちぴちに若い女の子ですもの。きっと5人一度に相手にするわね。まったく康の絶倫ぶりには開いた口が塞がらないわ」
美咲はビールを飲み干す。嫌悪というより新しい姉妹が増えることを期待しているようであった。
康は反論するが、事務所のメンバーは誰も反対しない。それに激怒する康であった。
「……なんで美咲さん、康さんが男好きと決めつけているのかな……」
部屋の隅でぼさぼさの長い髪をした地味な眼鏡の女性が言った。彼女は烏丸りかで、18歳なのでコーラを飲んでいる。時折スマホをいじっていた。
「みさきっちは焦ってんだよね~。あーしとおにいの鉄の絆を怖がってるんだよ~」
隣には金髪の黒ギャルがハイボールのグラスを手にしていた。彼女は岩佐歩であり、女性に見えるが男性であった。
「……、主に歩さんのせいですよね」
「そうかな~。ちなみに黒姫やすむの名前は、おにいとあーしの名前で作ったんだよね~」
歩はけらけら笑っていた。それを見てりかはジト目でコーラを飲む。
「こんな人が近くにいたら、康さん性癖狂うの当然ですね」
すべてにおいて・ファックユーのメンバーだけでなく、他の新人も書きました。
この話の設定は、この話をかきながら作りました。