最終回 烏丸りかは 烏丸りあの 妹だよ
「えー、エントリーナンバー5番。りかです」
昼下がりの午後、商店街の一角で作られたステージの上で、一人の女性が立っていた。
周りはパイプ椅子に座った客が大勢ひしめいている。右側には審査員として主催者の秋本美咲と放課後ロマネスク☆スターのリーダー、海原みなもが座っていた。みなもは10代後半で短い黒髪に鋭い目つきをしている。以前は自信がなかったが、リーダーに選ばれたことで自信を身に着けたという。
今日は未来の美咲ちゃんを選ぶコンテストだ。全国から百数名の応募があり、厳選された5名がステージの上に立っている。
1番目はデスメタルガールズバンド、「すべてにおいて・ファックユー」の4人組であった。
4人まとめて美咲だと言い張ったのである。
リーダーはジャマイカ人のハーフでボーカルを務めている。韓国人三世はギターで、帰化したロシアはドラム。ドイツ人のハーフはベースという国際色あふれた面々だ。ただし見た目は太ましく男にしか見えない。全員黒いドクロのプリントTシャツを着ていた。
歌も「うんこうんこうんこうんこ、しっこしっこしっこしっこ、うんこうんこうんこうんこ!!」
「だーだだっだだー!! はい、だーだだっだっだだっだー!!」
「げりげりげりげり、ぐっそぐそぐっそぐっそ、ぶりりのりー!!」
と下ネタをひたすら繰り広げる歌詞で、商店街をドン引きさせた。もちろん美咲はオッケーを出す。
他にもラッパーだの、三味線で都都逸だの、ゴスロリファッションで落語を繰り出すなど個性的な面々が出てきた。
最後はりかである。彼女は暗かった。黒髪は腰まで伸ばしており、目が隠れそうだ。黒ぶち眼鏡に、紺色でぶかぶかのジャンバーを着ている。ジーンズを履いていた。見た目は幽霊に見える。昼間なのに姿が陽炎のようにふらふらしており、幻でも見ているかのようだ。
美咲は彼女の履歴書を見ている。キツネ御殿を亡ぼした妲己こと、烏丸りあと同じ名字で、出身地は同じなのだ。年齢は18歳。もっともりあには妹はいないと公式サイトに書いてある。
観客たちは地味な女だとあくびをしているものもいた。だが美咲は彼女に何か惹かれるものがあった。例えるなら体内に核爆弾を搭載しているような、どこか危うい雰囲気を感じ取ったのである。
「歌うのはだっせぇよです」
りかがマイクでぼそりとつぶやいた。まるで死神に囁かれたようで背筋に寒気が走る。
だっせぇよとはワイチューブで配信されている曲だ。やたらと攻撃的な歌詞にドスの聞いた歌声で1億回再生した快挙をなしている。歌手はりかという名前だが、おそらく同姓同名だろうと観客はそう考えた。
りかは眼鏡をはずすと、目を見開き、歯をむき出しにして歌いだした。
「だっせぇ、だせぇよ、だっせぇよ!! お前らなんか、自殺しろ!!
あたしはとっても、えらいんだ!! 心の中では、ジェノサイド!!
許してやるから、感謝しろ!! だっせぇ、だっせぇ、だっせぇよ!!」
まるで悪霊に憑りつかれたように歌うさまは、鬼気迫るものがあった。
そして歌声は商店街全体に響き渡る。やたらと大きな声で歌っているわけではないのだ。
聞く者の心を刃で突き刺すような、そんな歌声であった。
そしてこの場にいる人間は、ステージの上に立つ般若が、りか本人であると確信していた。
歌い終えると、りかは眼鏡をかけて、ぺこりと頭を下げた。そして拍手万来が起きたのである。
「……生のりかの歌声、初めて聞いたわ……」
みなもが感動で震えていた。観客全員が同じ気持ちだろう。さらに電話で呼び出されてやってきたものたちも興奮で湧き上がっていた。
「……でもなんで私のところに来たのかしらね?」
美咲は疑問を抱くが、周囲の喧騒にかき消されるのであった。
ちなみにオーディションの結果は、全員合格となった。しばらくは個人事務所セイレーンが用意したシェアハウスで暮らしてもらう。月に一度のライブに出演してもらい、動画にも出てもらう。さらに普段は地元商店街で働いてもらうこととなった。
最初から全員を合格するつもりでいたのだ。その様子をライブ配信されていたが、もちろん大盛り上がりであった。
☆
「烏丸りあは私の元姉ですよ」
セイレーンの事務所に来たりかが、居間で美咲に説明した。ソファーの上に体育館座りしており、ぽちぽちとスマホをいじっていた。
「私は10歳の頃に叔父夫婦の養女にされました。不細工な娘なんかいらないと。それ以来生みの親とは会っていません」
りかの説明に、美咲と康は呆れかえっていた。もちろんりあと生みの両親に対して激しい怒りを覚えた。りかは不細工というより、おしゃれを知らない性質の持ち主だ。一度メイクリストの日髙雄二が化粧をして髪の毛をセットしたが、美人になった。だが彼女の個性を殺すことになるので、元に戻した。
「私はあまり人と接するのが苦手です。でも動画配信は好きですよ。顔を出さないで歌ってみたを投稿したりしてますね」
りかは棒読み口調で説明している。あらかじめ用意した台本をそのまましゃべっている感じだ。
姉のように自己顕示欲が強いわけではないが、承認欲求は人一倍ありそうである。
もっともちやほやされたいわけではなく、あくまでネットと現実の区別をつけたいようだ。
「でも今回コンテストに出たよね。どういう心境かな?」
康が質問した。
「あいつらを一泡吹かせたい感じですかね。私を不細工呼ばわりして捨てたあいつらは、今すべてを失った。そこで私があなたの元に走る。SNSでは罵詈雑言を並べ立てた美咲さんの元にね。うふ、うふふふふ」
りかは歯をむき出しにして笑った。感情が欠如しているわけではなく、押し殺しているだけの様だ。さすがに自分にされたことは忘れておらず、今や泥船とともに心中する羽目になった姉のりあが不幸になったのが、面白いようである。
美咲は注意しなかった。美咲も幸せな家庭や学生生活とは縁が遠かった。りかが今まで受けた苦痛を考えると、頭ごなしに叱ることが出来ない。
「でも、空しいだけでした。あいつが借金だらけになり、生みの親は娘を捨てて逃亡したと聞いたときは、ざまぁと思うより、哀れとしか思いませんでしたね」
りかはため息をついた。頭の中では身内の不幸を喜んでいないようだ。
「それで君はここで何をしたいんだい?」
「金を稼ぎたいですね。今の育ての親には感謝しているので。大学を行く金がないわけではないですが、私の性格では無理なんで」
康の質問にりかはスマホをいじりながら答えた。彼女は自己中心的だ。学校生活はあまりいいものではないと、予測できる。
「お前さんは動画を投稿したのだろう? ならそっち関係で働いてもらう。もちろん歌手活動と並行してな」
ゴスロリマッチョの石原克己が提案した。りかはすぐ頭を縦に振る。
セイレーンは一気に8人の新人を抱えることとなった。それも地元商店街に根付いたやり方で。
全員、そのことは納得しており、問題はなかった。ただりかは動画の投稿などで他の面々より事務所によることになるが。
☆
その夜、康とりかは二人きりであった。美咲は地元に住む秋本哲子の家で泊まっている。康の弟である岩佐歩も今日に限って東京に遠征していた。モデルの仕事があるらしい。営業の緒方真世と雄二と一緒だ。
康は出来合いの総菜を並べた。コロッケに千切りキャベツ、アジの開きにに冷ややっこが並んでいた。即席みそ汁も用意してある。
りかは動画の編集と投稿で夜遅くまで事務所に残っていたのだ。康はその手のことはちんぷんかんぷんなので、りかに任せるしかなかったのである。
「お疲れ様。おなかすいただろう、食事を用意したよ」
「ありがとうございます。でも私なんか無視してよかったのに。カップ麺さえあれば満足ですから」
「それは認められないよ。夜食ならともかくね。一汁三菜がうちの基本なんだ」
そう言って康とりかは席に着いた。そして食事をとる。二人とも無口であった。
食事が終わると、康は洗い物をしていた。りかは居間でテレビを見ている。やはり体育館座りであった。
「……岩佐さんてゲイなんですか?」
「ぶほぉ!!」
康はお茶を用意しようとしたところ、りかの質問に噴出した。
「だっ、誰がそんなことを!!」
「美咲さんですよ。岩佐さんは弟の歩さんの方が好きだって言ってました」
「あいつとは血は繋がってないよ!! いや、俺はゲイじゃない!!」
康はむきになると、りかは唇で薄く笑った。
「それでも私みたいな地味な女は興味ないですよね。お風呂を覗いてもいいんですよ?」
「覗かないよ!! 君は俺を何だと思っているんだ!!」
激怒する康に対して、りかは立ち上がる。そしていきなり壁に突き飛ばした。
突然の出来事に康は驚いた。さらにりかは康に唇を重ねる。
「ふふ、岩佐さんて初心なんですね。私もですけど」
「かっ、烏丸さん!!」
「りかって呼んで。名字は嫌い」
りかは康の身体に抱き着いた。康より一つ頭が低いため、彼女の髪の匂いがつんとした。一応トリートメントはしているようである。
「……私は不格好だけど、男性に興味がないわけじゃないんです。岩佐さんにとって私は一山いくらの存在でしょう? なら今夜過ちを犯してもいいですよね……」
りかは部屋の明かりを消した。
☆
「おはようございます」
翌朝、美咲は事務所に帰ってきた。朝一番を迎えたのは康ではなく、りかだった。
どこか明るくなった気がする。
すると美咲の顔が険しくなった。怒りで真っ赤になる。美咲は荒々しく靴を脱いで、家に上がった。そして洗面所で歯磨きをしていた康を捕まえる。
「あんたねぇ!! なんでりかちゃんに手を出したのよ!! もう速攻じゃないのよ!!」
「いや、なんでわかったんだよ!!」
「わかるわよ!! りかちゃんの雰囲気がメスの香りで満たされているじゃない!!」
美咲は康の襟首をつかんで攻め立てた。その割に相手をしたりかは無視している。
「あの、普通は私を罵りませんか? 泥棒猫とか?」
「あらそれはないわよ。私とあなたは穴姉妹。同じ男を共有する妹ですもの。悪いのはこいつ」
美咲はりかに対して笑顔を浮かべている。逆に康は首を絞められて青くなっていた。
「さぁ説明してもらいましょうか!! なんであんたはりかちゃんに手を出したのよ!! 納得のいく説明をしてもらいますからね!!」
美咲はぶんぶんと康の首を絞める。さすがのりかもドン引きしていた。
「あはは、これがセイレーンの日常だから、気にしちゃだめだよ」
背後から声がした。振り向くと金髪黒ギャルに見える男の娘、岩佐歩が立っていた。
「美咲っちってあーしを警戒してたから、りかっちはまったくノーマークだったんだよねー、かくいうあーしも同じ気持ちだけどさ」
そう言って歩は笑いながら、りかの背中をたたいた。
セイレーンには今日も個性豊かな社員が集まってくる。りかはここに来たことを早まったと思ったが、すぐにその気持ちは消した。
芸能生活は厳しくなるだろう。だが仲間たちと一緒だとどこまでも歩いて行けそうだと、りかはそう思った。
「おい、美咲。そろそろ康を許してやれ。青くなっているぞ」
出勤した克己が注意した。康はすでに魂が抜けかけていた。それを見たりかはやっぱり後悔したのだった。
綺羅なみま様のLast stage★ようこそ! 放課後ロマネスク☆スターの登場人物、海原みなもさんを出演させました。
最初はりかは悪役として考えていました。
美咲ちゃんコンテストでは金髪のかつらをかぶり、演歌を歌わない出場者に難癖をつける役でした。
一番目に出てきたデスメタルガールズバンドに難癖をつけ、暴れだしたため摘まみだされる役柄でしたが、それではつまらないので今回の形にしたのです。
りかのモデルは歌手のADOさんですね。
いでっち51号様の企画、歌手になろうフェス作品ですが、どうも私は説明をよく理解してませんでした。最初はとある動物園にてと田舎の祭りでコンサートと短編を発表しました。
しかし周りの方々の作品を見て、考え直し、今の作品が生まれたのです。
皆様、お疲れさまでした。