第11話 今時代の 境目に 来ている
『はーい!! 画面の向こうのおにぃにおねぇたちひさしぶりー!! みんなのアイドル、玄姫やすむだよー!!』
玄姫やすむはVチューバだ。小柄な体で、短い金髪に日焼けした肌、じゃらじゃらしたアクセサリーを身に着けていた。胸は平たんでスタイルはよい。
やすむは最初から男の娘として売っていた。所謂オタクに優しい男の娘ギャルとして活動しているのだ。
『今日はねー!! やすむが新しい事務所に移籍した記念だよー!! 今日は佐鰭田町にある小毛井金物店から撮影してまーす!!』
やすむのモデリングは愛らしく、見る者の心を和らげる。そこに金物店の工場みたいな風景が写った。
画面には石油ストーブが置かれている。
『今日はやすむがストーブの分解整備をするよー!! やすむは石油機器技術管理士の資格を持っているんだよねー!! ストーブを分解して掃除すると、ストーブが長持ちするんだよー!!』
そう言うと手が写る。ゴム手袋をはめており、手首は日焼けした肌が写っていた。
『ちなみにやすむは石油燃焼機器の点検整備の仕事をしたことがあるよー!! アイドルだけで生活できるなんて思ってないからねー!!』
やすむの手はてきぱきとストーブを分解していく。そして部品を一つずつ丁寧に薬品を塗り布巾で拭いて行った。
コメントではやすむちゃんすげー! だの、なんでVチューバがストーブ分解整備してんの? だの並んでいく。
さて過程は編集でカットされており、30分ほどで完成した。埃まみれのストーブはきれいになる。
『うーん、すっきり!! やっぱり物を大切にするのは気持ちいいよね!! 今度の美咲っち先輩のライブでは一万円のストーブ分解掃除券が発売されるよ!! これは普段の券とは違って住所と名前を記入してもらうけどお願いねー!!』
やすむのモデリングが現れる。コメントは絶賛で埋め尽くされた。
『今度は根六井ふとん店から、布団の打ち直しをするよー!! ちなみにやすむは寝具制作技能士の資格も持ってるよー!! まったねー!!』
こうして放送は終わった。
☆
「あんたなかなかやるわね」
秋本美咲の個人事務所には防音設備を施した部屋がある。そこで玄姫やすむこと、岩佐歩が撮影を終えた。編集は田亀明宏が担当しており、隣には金髪碧眼の美女である美咲が立っていた。
さらにマネージャーの岩佐康も立っていた。
「ふふーん。あーしは美咲っちのできないことをするもんねー!! ライブじゃ商店街で商品を交換するチケットを販売するけど、それって食品関係とか衣服とか安いものしかないもんねー!! 金物店とか布団屋とかいろいろ置いてけぼりの店があるじゃない? あーしはそこに注目しているわけよ。もちろん大学時代に色々資格を取りまくったわけね」
歩は自慢げに答えた。その姿はやすむ本人そのものだ。顔出ししてもリアルやすむと呼ばれており人気が高い。
「歩は昔から人のやらないことを好んでいたからな。色んな資格を取りまくっていたっけ」
「おにぃだって同じじゃん。資格だけならどこの会社だってやっていけるよね」
康が褒めていると、歩は嬉しそうであった。美咲はそれを見て嫉妬してしまう。しかしそれは胸の内にしまっておく。今は仕事の話をするのが優先だ。
「歩の言っていることは正論だな。今のままでは一部の店しか恩恵を受けれない。逆に玄姫やすむがストーブ掃除や布団の打ち直しをしてくれると思い込んで、仕事が増えてきているそうだ」
明宏がパソコンに向かいながらつぶやいた。彼は豪快そうな男だがコンピュータ関係に一番強いのだ。
「まあ、休みの日は手伝いに行くけどね。今日はこれで撮影は終わりだし、金物店に行ってくるよ」
そういって歩は立ち上がり、部屋を出た。
「まったくあいつは忌々しいわね。ちょっとイライラしてくるわ」
「そういうなよ。恋のライバルが増えていらだつ気持ちはわかるが、歩のおかげでうちはより地域に密着できるようになったじゃないか」
「そりゃそうだけどね。今までは食品関係がほとんどだったし、衣料店や書店とかは無理やりだったしね。チケット一万円でも十分売れると思うわ」
美咲が愚痴をこぼすと、明宏が答えた。セイレーンは全国規模よりも地元に密着した芸能活動を中心としている。都会だと牌の取り合いになるからだ。それにネットの進化で、わざわざ都会で活動する意味はない。もちろんテレビの影響力は強いが、年々若者はテレビ離れが進んでいた。
歩の行為は突飛ではあるが、それが受けていた。なんでVチューバがストーブの分解掃除をするんだと突っ込みの嵐が巻き上がっている。
実際に歩自身が作業を行っているのも強い。商店街では歩の姿はすでに認知されていた。店主の小毛井も近所で歩を褒めている。
歩は呉服店での着物の修理や、電化製品の修理も得意としていた。まさにハイパーウーマンと言える。実際は股間に伝家の宝刀を所持しているが。
「それに歩が康に甘えるのは、仕事が終わってからだろ? 基本的に仕事と私事は区別している。いい子じゃないか。美咲の場合はやきもち焼きだから色眼鏡で見ているけどね」
「そうなんですよね。歩はいい子です。でも俺なんかを好きになるのがわからないんですよ」
明宏の言葉に康は頭を掻きながら答えた。
それを美咲が否定する。
「あんたねぇ。自己評価が低すぎなのよ。あんたは自分が思っているほど無能じゃないのよ、有能なの。だってこんな美しい私が好きになっているんだもの。もう少し自信を持ちなさいよ」
ぽんと美咲は胸を叩く。実のところ彼女自身も自己評価は低い。だから見栄を張っていた。
康はおろおろしているが、明宏はそれを見てほっこりしている。
「ところでお前ら三人は毎晩楽しんでいるのか?」
明宏が尋ねると、二人は真っ赤になった。康は思わず尻を抑える。
「……康、お前歩に攻められているな? そして同時に美咲にも攻められている」
「!? なぜそれを!!」
「お前の動きを見ればわかる。まあ俺たちは常に兜を合わせているがね」
明宏は目をつむりながら答えた。彼は同じ事務所の石原克己の恋人なのだ。
「利奈と寿子は指を使っているぞ。現実はAVと違うもんだ。もっともお前らはそれを超えているけどな」
明宏は豪快に笑った。美咲と康は真っ赤になっている。
すると美咲のスマホから着信音が鳴った。なんだろうと出てみると、美咲の顔が真顔になる。
「はい、はい……。わかりました……」
「誰からの電話なの?」
「狸吉さん……。社長が亡くなったって……」
狸吉は美咲が前にいた事務所の社長の息子だ。今はムジナックスという事務所に副社長として活動している。
社長の木常崑崑が亡くなった。美咲を愛人にしようとしたが、いざ亡くなると寂しさを感じた。
「尚美師匠にも伝えたって。明後日は通夜をするそうよ。最後のお別れに行かないとね」
美咲はそうつぶやいた。
木常崑崑は私生活では問題のある人間ではあったが、横川尚美を始めとしたスーパースターを生み出した実績がある。晩年はその栄誉に振り回され、烏丸りあという屑女に引っ掛かってしまい、汚名を残してしまった。
「喪服の用意をしないとね」
美咲の言葉に康も肯いた。
ストーブ分解掃除は実際はその仕事に従事してないとだめっぽいと思う。
なんでアイドルがストーブ分解掃除や布団の打ち直しするんだよと思いでしょうが、その意外性が大事なのです。
歩は見た目は軽薄そうなギャルですが、根は真面目なのです。そのギャップが大事だと思いました。