庭の番人
エミリアは学園の裏庭に足を運び、穏やかな日差しの中で日向ぼっこを楽しんでいました。ベンチにゆったりと座り、手には熱い紅茶が握られています。風が心地よく吹き抜け、心地良い静寂が広がります。
紅茶の香りが漂い、私は思わず笑みを浮かべました。この瞬間が私にとっての至福のひとときなのです。その理由は、私には前世の90歳のおばあちゃんの記憶があるからなのです。「お嬢様、お茶をお持ちしました」
そんな声と共に、メイド姿の女性が現れました。私の専属侍女であるエレノアです。彼女は、私が幼い頃からずっと一緒にいる女性で、私にとっては姉のような存在でもあります。
「ありがとう、エレノア」
エレノアは恭しく礼をして、ティーポットからカップへと紅茶を注ぎ始めました。その所作はとても洗練されていて美しく、見る者を魅了します。
「はい、どうぞお嬢様」
「えぇ、ありがとう」
(ほんとに、ほっとするわ‥。。出来ることなら緑茶がいいのだけれどね‥。)
エレノアが優しく微笑んでくれたのを見て、私は嬉しくなりながらカップを受け取りました。そして、ゆっくりと口をつけました。温かな液体が喉を通り抜けていきます。ふわりとした芳しい香りが鼻腔を満たします。とても美味しい紅茶です。
「んっ……」
「どうかされましたか?」
「いえ、トムじいさんがなんだか元気がないように見えて…。」
トムじいさんとは、いつも学園の庭を管理しているおじいさんです。いつもはにこにこと花の話をしているおじいさんですがなんだか元気がありません。エミリアはおじいさんに元気がない理由を聞きました。
するとおじいさんは、「実はな……最近腰痛が酷くてのう……」と言いました。そういえば、おじいさんの顔色もあまり良くないようです。
「それは大変ですね……!」
「はぁ、わしももう引退かの‥。弟子に任せてこのまま去るべきかもしれませぬな。」
「っ!そんな!トムじいさん!まだまだお元気でいてくれないと困りますっ!私は、トムじいさんの育てる季節の花々が大好きなんですからっ!」
「ありがたいのぉ。そんな風にいってくれるとは」
おじいさんは、最近腰が悪くなって体が思うように動かなくなってきたといいます。おじいさんは、何よりも花が大好きです。家でも花を育てているが、家の庭に出るのがだんだん億劫になってきたと小さな声で言いました。エミリアは
、おじいさんの家に行くとにしました。
到着すると、おじいさんは躊躇しながら外に出ることをためらっている様子でした。私は彼の悩みが明らかになりました。おじいさんの家は、バリアフリーではなく、段差や出っ張りが多く、歩きづらさがあったのです。
「大丈夫ですよ!私が抱えてあげますから!」
「お嬢様にそのようなことをさせるわけにはいきませんよ」
「いえ、これは命令です!」
「はい..わかりました..」
おじいさんは驚いた表情を見せましたがすぐに笑顔になりました。
「では行きましょう!」
「はい。ありがとうございます」
「……それにしても、お嬢様は本当にお強くなりましたね」
「え?どういうことです?」
「少し前までは、病弱なお身体だったのに今では生き生きとされています。何かいいことでもあったのでしょうか。」
「ふふっ、最近ね、人が笑顔になってくれることが増えたのよ。だからかもね。」
「それはようございました。」
私はおじいさんに改装の提案をしました。
まず玄関の扉を大きく開け放ち、スロープを作りました。次に部屋の入り口を広くし、家の周りの段差を解消し、装飾のための出っ張りをなくしました。また、歩きやすさを考慮して手すりも設置しました。
さらに、庭仕事の道具も整理し、一箇所にまとめました。これまで散らばっていた道具たちは、見た目もスッキリし、おじいさんが探しやすくなりました。
改装が終わると、おじいさんは驚きで言葉を口にすることなく、ただ私と一緒に庭を歩き始めました。彼は今までとは比べ物にならないくらい、歩きやすく作業しやすい環境に感激している様子でした。「これでもっと長く働けそうじゃわい。ほんとうにありがとうございます。エミリア様」
と、嬉しそうな顔で言っていました。
私も、おじいさんの喜ぶ姿を見て、嬉しさでいっぱいになりました。
おじいさんの笑顔が戻り、彼は以前よりも一層庭仕事に励むようになりました。彼の手には、美しい花々が咲き誇り、庭が生き生きと輝いているのです。
私はおじいさんの変化を見て、喜びと充実感が胸いっぱいに広がります。私の小さな行動が彼の生活に明るさと喜びをもたらせたことに心からの満足を感じました。私は、この世界に来てから自分の無力さに絶望していました。しかし、今の私なら誰かのために何かができるかもしれない。
前世の私は、90歳で亡くなりました。
その人生は、とても辛いものでした。
片づけ方がわからず部屋が荒れて、部屋が荒れると家族も荒れる。夫は、家に寄り付かなくなり、子供も成人すると家を出てしまった。
そんな自分を変えたくて50歳で整理整頓を勉強し始めて、徹底的に家を見直した。いらないものを捨てて捨てて捨てまくる。
ガランとした部屋で一人でいる自分は、幸せだった。
このすっきり感を味わってもらいたくて、整理整頓で悩める人を救ってきた。充実した人生だった。
家族に見捨てられ、一人孤独の中で死んだけど、後悔はしてない。
だけど、今世は違う。
家族は愛してくれている。
私は、こんなにも恵まれているのだ。
今度は、私が皆に恩返しをする番だ。
「エミリア様、こちらにいらっしゃったのですね。」
「えぇ、ちょっと考え事をしていたの」
「何をお考えになっていたのですか?」
「これからのことよ。」
「まあ……!素晴らしいです!ぜひ聞かせてください!」
「ふふっ、内緒」