襲撃
開け放たれた扉から飛び込んで来た男たちは全身を黒っぽい服で身を包んでいた。
間が悪かったのは田川が扉付近に移動したままに話をしていたことだ。
すぐに取り囲まれ、田川が拘束される。
「なんだお前たちは、とにかく、彼を放せ、でなければ」
「逮捕するってか、真鍋警部さんよ。先生の周り嗅ぎ回って飛ばされた癖に、また絡んでくるとは懲りないよな」
男たちの後ろから入って来た男、趣味の悪いオーダースーツに身を包んだこいつを俺はよく知っている。
「梓組若頭の兵藤か。俺が現職だってわかってんなら、俺になにかあれば、いくら黒川の力があってもどうにもならんぞ」
虚勢を張る。正直無駄なのはわかる。10年前の捜査でもこいつの関与を決定付ける証拠を掴めなかったんだ。だが、間違いなくこいつは絡んでいた。
なにせ、黒川と癒着した様々な団体と裏でパイプ役を担い、裏のシノギのマネロンに活用していたことだけは掴んでいた。
とはいえ、やっと証言を得ることが出来た証人は数日を置かずに行方不明となり、家宅捜索のための令状を申請したものの、証拠が不十分であることを理由に令状はおりなかった。
進展のないままに闇雲に捜査にのめり込んだものの、敢えなく捜査を打ち切られ、結局は尻尾すら掴めなかった。
わざとらしくニヤニヤとした表情になった兵藤はこちらに歩みよりながらねちっこい粘りのある喋りで煽ってくる。
「いくら現職だろうと、ゆくゆくは警視総監も視野に入る青木警視庁刑事部長に楯突いて左遷されたあんたなんて、ろくに捜査されんよ。第一、証拠も残さんしな」
嫌な名前が出てくる。10年前は本庁刑事課の課長だったが、今は階級も一つあがって警視正から警視長になったかつての上司は昇級に伴い役職も本庁刑事部長にあがっている。
「キャリア警官と広域暴力団の癒着とか、笑えない冗談だな」
俺は吐き捨てるように呟きつつ、内ポケットの中のスマホを手早く操作したあと、取り出す。
「おっと、それは駄目だ」
ふざけた口調のまま、目の前まで来た兵藤は俺の頬を殴り付ける。
思わずという風にスマホを取り落とすと、田川を取り押さえている3人とは別の手隙の1人が拾いあげる。
「移動中に適当なとこで捨てとけ。運びだせ」
号令とともに田川が連れ出され、俺も兵藤ともう1人に脇を固められる。
「変な気はおこすなよ。あっちの若いのが痛い目見ることになるぞ」
「どのみち殺す気なくせに」
「それでも、人質を取られりゃ迂闊なことは出来んだろ。不憫なもんだな、刑事さんよ」
小さくクソっと声が漏れる。何が可笑しいのか、大笑する兵藤を睨み付けてみるが、ここは仕方ないと従い、外に出る。
停めてある2台のライトバンのうち、後ろの車に乗せられる。田川は前の車に乗せられていた。
内ポケットの中で、ダイレクト操作で外付けの機能が起動したことを信じるしかない。
内心でイカれキャリア様に頭を垂れる。
『頼んだぞ、お前だけが頼りだ』
全く、普段は内心で毒づいているイカれキャリア様に頼ることになるとは、情けない限りだ。
ライトバンはフルスモークとなっており、座席を取り外された後部と運転席との間にはきっちりと仕切りがされている。中から外の様子がわからないが、当然だが外からも中の様子は見えないだろう。
何だかんだと優秀なイカれキャリア様がいるんで、自分の身については不安はあまりないが、前に乗せられた田川が気にかかる。
拉致中に殺してしまう可能性、別々の場所に連れていかれる可能性を考えると、車に乗せられる前に無駄であっても抵抗すべきだったと歯噛みする。
「おい、安心しな。すぐには殺さんよ。あの若いのが一ノ瀬の息子なのはわかってるんだ。隠し持ってた証拠の在処吐いてもらうまでは殺さねーよ」
さっきから不快を煽る表情でニタニタと笑う兵藤は俺の心を読んだように言ってくるが。
「利用価値が無くて邪魔なだけの俺はここでボコられて殺しても構わないな、なら」
皮肉をこめて笑い返してやるが、まぁ、強がりにも見えんわな。
「はっ、ルート上に検問なんかが無いことはわかってるが、万が一もあるってのにこん中で殺すなんてバカはしねーよ」
交通課のスケジュールが漏れてるということじゃ無いだろう。周辺で交通取り締まりが行われたことが無いか、あっても時期が違うことを経験則から言ってるだけだろうが、それでも、暗に警察内部の協力者を匂わせてくる。
とはいえ、ならば中央区からそう遠く無いか、下手すれば区内の施設に連れていかれる可能性が高くなったな。
イカれキャリア様が動けるように時間を稼ぐ必要があるか。
車が停止し、シャッターのようなものが開く音が聞こえて来る。未使用の貸倉庫あたりに連れて来られたか。
「まあ、安心しな、あのにーちゃんじゃ拷問には耐えらんねーだろうからな、刑事さんには暫く身代りになってもらうんでな」
どうやら、時間稼ぎは出来そうだ。
五体満足で帰れるかは微妙になったが。