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破滅を望む者




 俺は田川の店Cerasusへと訪れた。


 店の外から様子を伺い、客が途切れた頃合いを見計らい入店した。


 「いらっしゃいま……おや、刑事さん」


 笑顔で入店者に挨拶しようとした田川はそのままの柔和な表情のままに俺を刑事と呼んだ。


 「すいませんね、度々。うちの小玉があのあともこちらに伺ったそうですが、少しお話を伺いたいもので」


 軽く店内を目線だけで見回す。やはり客はすべて退けているようだ。


 そんな俺の様子に気付いたからか、違うのか。カウンターから滑かに出てきた田川は、そのままに俺の横を通り過ぎて先日のように扉を開け、オープンの札を裏返したようだった。

 扉を閉めながら田川がこちらへと返答する。


 「ええ、この前と同じでお客様もいないですし、一旦店を閉めましたから、何でも聞いてください」


 振り向きながら言う田川の顔は先程と変わらず柔和なままだったが、何処か考えの読めない不気味さが感じられたのは、薄暗い店内へと窓から差し込む逆光を背負っているからか。

 それとも、4人を自殺に導いた主導者だと俺が思っているからか。

 

 「すいません。お時間はとらせませんので、手っ取り早く本題を、田川さん、あなたは4人の自殺に関与してるのではありませんか」


 臆していても仕方ないと、あり得ない切り口で攻めてみることにする。激怒されるのが当たり前の質問だが、何かしら後ろめたいことがあれば表情や仕草に出る筈と踏んだが、結果は困惑した表情で訝し気に返答に困っているだけ。

 演技だとすれば、この上ないほどの役者上手だが、あまりに自然過ぎて、関与を疑ったことに疑問が出てくる。元々、無理筋な推論しかしていない。

 だが、ほんの一瞬、田川の目が洞のように闇に沈んだように見えた、まるで初めてあった10年前のように。


 俺は持参したバッグからあの香水を取り出した。



 「田川さん、このシールを貼った香水は自殺した彼女たちの私物から押収したものです。そして、この何も貼ってないほうは先日、うちの小玉が買ったもの、どちらもここの商品ですが、自殺した女性たちの所持していた香水からは、あなたが発見したと発表した成分が検出されたんですよ"一ノ瀬宗介"さん」


 俺がそういうと、田川は静かに笑い出した。


 「やっぱり覚えてらしたんですね。真鍋さん、貴方だけは父の殺害事件を最後まで追っていましたもんね。結局、捜査が強制的に打ち切られて、左遷が決まって捜査を出来なくなったと、僕と、まだ生きていた母のもとへ来て土下座して謝っていたこと、よく覚えてますよ。この前ここにいらした時も内心はとても驚いたんですよ。中央区の警察署に飛ばされてたんですね」


 田川は先程までの訝し気に困惑した表情とはうって替わって笑顔になると、旧知の友人にあったかのような柔らかい口調で話し出した。


 「そちらこそ、覚えていたとはね」

 「忘れませんよ。左遷されてまで、父の名誉のために捜査を継続しようとされた方ですから」

 「結局、力にはなれませんでしたけれど」

 「仕方ありませんよ。当時から代議士の黒川の力は絶大だったんですから」


 重苦しい空気の中、田川がぽつりぽつりと語り出す。何かしら吹っ切れたような印象の話し方で。


 「真鍋さん、真鍋さんがこの前来られて、こうしてまた来るだろうと思ってましたよ。確かにその香水にあの桜のアルカロイドを含有させてます。結局は学会に認められずに学名もついてない物質ですが」

 「彼女たちが聞いていた曲については」

 「へー、流石ですね、それも調べたんですか。つくづく残念です。捜査が打ち切られなければ、真鍋さんは父の死の真相を世に暴いてくれたでしょうね」


 痛いところをつかれる。結局は彼の家族をめちゃくちゃにしたのは自分も同じなのだ。公式に捜査を打ち切られ、抗議の末に中央署に飛ばされたところで、単独で非公式に捜査し、リークする方法など、いくらでもあった。

 挫折と無念さを言い訳にそれをしなかったのは俺自身だった。


 「…………本当に申し訳なかった」

 「謝らないでくださいよ。僕も死んだ母も貴方を恨んでなんて無いんですから、……曲は僕が作って渡しました。リラックス出来る曲だと、悩み相談のようなことをして、ある程度親しくなったあと、精神を落ち着かせる効果があると香水やアロマと共に渡したんです」

 「……それは自殺を誘導するためですか」

 「ご想像にお任せします。僕がやったことで罪に問われる行為は何もありませんから」


 田川の言う通りだ。だとして。



 「巷間を騒がせているブログ記事もですか」

 「…………ええ、そうですね」

 「田川さん、貴方は父親が黒川の指示で梓組関係者に脅され殺されたことを知っていたんですか」

 「梓組というのは初めて知りましたが、組の関係者なんでしょうね。妹も死んだあと、うちに来たんですよ。余計なことをしたら父親のあとを追うことになるって脅しにね」

 「それを何で警察に」

 「言ってどうなります。父の捜査が打ち切られた後でしたからね。妹も父の自殺報道でショックをうけ、クラスメートから距離をおかれて自殺した後でしたし、母は人間不信になってました。真鍋さんは別としても、僕も母も警察なんて信用してなかったんですよ」


 敢えて俺のことを恨んでいないと、俺は別だと強調していることが、俺への失望の強さを感じさせる。

 あの時、結局空回りしただけの男が何で今更と責められているような気がしてならない。

 会話の主導権を握られているまま、然りとて彼の言葉を覆すことが出来ないことが情けない。


 小玉警部が来て、俺は過去の出来事と距離をとる都合のいい名分を得ていたのだと気付かされた。

 そうだとしても、だからこそやらなければいけない。


 「田川さん、そこまでわかっていれば、黒川が貴方に気付いて消される可能性もわかった筈だ。貴方がいなくなれば、匿名のネット記事なんて更新されない限りは風化する。黒川の力があれば、今回の事案も簡単に捜査を打ち切られる。貴方はただ、無意味に人を死に追いやり、自身の命すら危険に晒しているだけだ」

 「別にいいじゃないですか。父の名誉が僅かでも回復して、黒川にダメージが与えられるなら、僕は満足ですよ。僕の愛した家族は、もう誰もいないんですから」



 愕然とした。


 天涯孤独の身空になった一ノ瀬青年、祖父母の家を頼ったといって、不祥事で父親が自殺した孫だ。

 親族からも爪弾きにあっていたんでは無いのか。


 一ノ瀬の姓を名乗れなくなったのは計画のためなのか、それとも……。


 彼こそが誰よりも追い込まれていたんだ。自らの破滅と引き換えに誰かを巻き添えにしながらでも目的を達しようとする程に。


 「田川さん」


 かける言葉が見つからず、ただ呟いた瞬間だった。


 乱暴に開け放たれた扉から数人の男が入り込み、俺と田川に襲いかかって来たのは。





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