廻る毒
警視庁中央警察署捜査一課第3班詰所
「炎上を引き起こしたブログですが、海外サーバーを経由するだけじゃなく、かなり巧妙にプロテクトがかけられてて、出元を特定するのは困難なようですね」
武藤がブログについて調べた結果を話してくれている。
「といって、そんな良くわかんねー個人のブログ記事が炎上するほど閲覧されるんすか」
イカれキャリア様の疑問は最もだ。いくら多少は注目を集めている事件関連と言って、そもそも目につかなければ炎上もしないだろう。
「水増しbotなんかも疑いましたが、そこまでする資金や技術があるのかは不明ですし、SNSなんかのアルゴリズムもそうした不正が疑われるものにたいして、削除などの対処も厳しくなってますからね。純粋に食い付いた人が多かったと見るしかないかと」
武藤の言い分もわかる。そもそも、このブログを出した人間が誰かも目的もわからないんだしな。
「でも、地上波も新聞もこの炎上にはだんまりっすねー。やっぱ圧力なんすか」
「かもな、下手すれば、この捜査も打ち切られるかもな」
「へ、桜を守るなんて意味不明な理由で継続捜査させられてんのに、今度は黒川の疑惑追及をかわすために打ち切られるすか、理不尽っすよ」
「まあな」
理不尽理不尽と騒ぐイカれキャリア様を見ながら、10年前の自分を思い出す。
あの時、理不尽と騒がなければ、俺は未だに本庁にいて、ゆくゆくはノンキャリとしてはほぼ一番上の警視になって、ノンキャリとしては異例の出世で本庁の課長なんかになる道もあったんだろうか。
そしたら、定年前にはこの中央警察署に栄転というかたちでこのイカれキャリア様とは違う出世レースに挑んで敗れた真っ当なキャリア様のお守りに副署長におさまったか。
だいたい所轄署の署長は同期の出世レースで落ちこぼれたキャリア様の左遷先だって聞いたしな。
「何だかな、どっちに転んでもキャリアのお守りか」
「なんすか、いきなり意味不明な愚痴っすか」
「いや、小玉警部殿のほうが遥かにマシだなとおもっただけであります」
「なんすか、それ」
流石のイカれキャリア様も意図が掴めないのか、変な顔になってるが、あの時、理不尽と声をあげたことを俺は後悔してないんだな。いや、なんだかんだでこのイカれキャリア様のおかげで……アホらしい、無駄なことは考えるのはよそう。
「何にせよだ。このブログにのっている情報の詳細さは間違いなく当時の関係者のリークだと思われる。だとすれば、一ノ瀬圭介が自殺前に家族に遺した証拠書類などを元にした可能性も否定できない」
「つまり、息子である一ノ瀬宗介、田川宗介の可能性もあるってことっすよね」
「状況から考えてもな。あとは当時の報道記者関係でフリーランスで活動してる人間とかもな。敵対政党の人間の可能性もあるが、わざわざこんな回りくどいことはしないだろうしな」
「正攻法で攻められないゆえのって感じっすからね」
イカれキャリア様の言葉に頷く。
ブログの内容は多岐に渡るが、内容は掲載順に纏めるなら。
泣き桜の曰くと由来。
今回の自殺者の詳細なプロフィール。
10年前に実名報道されなかった自殺者についての詳細なプロフィール。
そして、10年前の自殺者の父親の自殺。
そこから、黒川の疑惑について、後援団体、主導した公共事業に携わった関連企業との癒着と、それを示す様々な裏帳簿。
当時の公設秘書一ノ瀬圭介がこれらのリークのために動いて、広域暴力団関係者によって黒川の指示で殺され、遺書を捏造されたことなど。
関係者しか知り得ない内容と表に出てきていない裏帳簿や明細、偽装された領収書や覚書の数々がこれでもかとのっているのだ。
数回にわけて投稿されたこのブログ記事は黒川を巡る陰謀論を中心としてネットで盛り上がりを見せ、真偽を含めて話題を呼んでいる。
「例の曲についても解析がすんでますよ。周辺の環境音や特に泣き桜の発する風鳴り音、これらが設定されていたイヤホンのボリュームであれば、僅に聞こえることがわかりました」
「はい、オイラが検証したっす。特別耳が良いわけじゃないっすから、確かっす」
「どんな実験だよ」
「とにかく周辺の環境音をイヤホンごしで聞こえる程度の音量と仮定して、問題の曲と合わせると、風鳴り音の周波数と曲の周波数との間で不協和音となり、不安などが増大される可能性があります」
「かなり迂遠なやり口な上に、それで自殺するとは思えないな」
俺の素直な感想に武藤がやや気落ちした表情を見せつつ、そうですよねと溢すが、イカれキャリア様はなにかしら考えたあと、推論を話し出した。
「班長、思うんすけど、これを田川宗介が仕組んだとしたら、結局は自殺しようがしまいがいいし、死のうがどうしようが良かったんじゃないすか」
「どういうことだ」
「いや、あくまでも田川が仕組んだって前提っすけど、田川の目的はおそらく、黒川を社会的に抹殺することか、もしかすっと、そこから黒川に接触して自ら復讐することと考えられるっすよね」
「あぁ、だからこそ、ある程度関与を確定させ、参考人として身柄を確保する方向で動いてるわけだ」
「なら、黒川に関連した二人はどうにかしても自殺させようとしたかも知れないっすけど、あとの二人、もしかすっと、もっと大勢の女性が田川の実験のモニターになってた可能性だってあるっすよ」
イカれキャリア様の推論に驚く。
確かに、もし田川が仕組んだなら、別段、彼女たちを積極的に殺す動機も、死ななければいけない理由もない。
あるとすれば、自殺未遂をしたものから直近の出来事が語られて自分との関連を疑われる可能性の排除くらいだが、実際、疑われる可能性自体だいぶ低いだろう。俺達が彼を疑がっているのも、彼と10年前の関わりを知っている俺と、彼の店の商品から自殺者に共通した行動があったことを掴んだイカれキャリア様のおかげだ。
それを踏まえても、未だに与太話の域を出ないレベルなんだからな。
だとしてだ。
「もしその推測通りに、田川が目的のためにあの成分が含有した商品を売り、彼女たちの悩みなどから思考を誘導して、泣き桜の前で自殺するように仕組んだとすれば、薬物汚染が少なくとも二桁を超える数で広まっている可能性だって出てくるぞ」
「ヤバい成分を使ってる以上、そこまで無作為には不特定多数には売ってないと思うっす。特定の性質を持つ人間に限定して、自分だけがわかるように細工した通常品と異なる製品の販売をしていたと思うっすよ」
「商品を渡すさいにすり替えていたってことか」
「大学卒業後からの経歴が謎っすからね。相手を信頼させ誘導するリーディング技術や、ネット関連やパソコン関連の技術、商品開発力、巧みに相手を騙すためのマジックなんかの技術、必要な技術を身につけて、準備万端であそこに出店したのかもっすよ」
自分たちにはあまり手が無いことが惜しい。
神奈川にいた頃の田川の動向を調べるのに限界がある。まだ証拠と呼べるものはなく、あくまでも推測でしかない。
「しかし、状況証拠しかなくとも、何とか令状をとる必要があるな。すくなくとも参考人として引っ張らないと、田川が先に動くにせよ、黒川が先に動くにせよ、死人が増える可能性が高い」
「田川はともかくとして、黒川が動きますか」
俺の発言に武藤は訝しむが、10年前の事件を俺は覚えてるんだ。
「一ノ瀬圭介は自殺偽装だった。捜査が打ち切られて証拠を掴めなかったが、黒川の背後で広域暴力団のひとつが関与した疑いがある。間違いなく一ノ瀬圭介は殺されたんだ、何らかの脅しに屈して遺書をかかされて殴打され、海に投げ捨てられた。それがあの時の真相だ」
「下手すれば息子の田川宗介もそうなるっすか」
「いや、現状では田川に注目してるのは俺達だけだ。黒川が一ノ瀬の息子の存在に気付けば、拐って秘密裏に処理する可能性だって捨てきれんし、田川から黒川に接触したとしても同じ結末になる可能性は十分にある」
武藤とイカれキャリア様が息を呑む。一刻も早く身柄を確保し、関与について吐かせる必要がある。
「ここまで来れば、関与していない可能性は一旦捨てて動くしかない。幸いに俺は前途真っ暗な日陰者だからな、小玉、令状を取る手筈を、武藤は悪いが万が一に備えて三課の人間に渡りをつけておいてくれ」
「班長はどうするっすか」
「決まってる。俺は田川宗介に会う。任意で引っ張れるかはわからんが、放置すれば悪化するだけだ」
イカれキャリア様と武藤が無言で頷く。
頼もしいじゃないか。あの時、こんな仲間がいれば、俺は例え職を失うとしても腹を決めて捜査を継続したのかもな。
「上からのストップがかかる前に、今度こそは真実を白日の元に晒す」
「班長、気をつけてくださいっす」
「そうですよ。まだMELLlip連れてって貰ってないですからね」
変なフラグ立てんじゃねーよ。
とりあえずサムズアップして俺は詰所を後にした。