染み込む毒
押収していたプレイヤーやスマホなどの携帯端末の当日の再生記録から、自殺決行時前後に流れていたと思われる音源の特定を頼んでから2日あまりたった。
「取り敢えず、ログや再生されていたデータの解析から、ほぼ決行時にかかっていたとされる音声が特定できましたけど……」
解析を頼んだ時はなんの意味があるのかと渋っていた武藤だったんだが、随分と青い顔をしている。
「何か問題でもあったのか」
「問題というか、全部、同じ曲だったんですよ。歌詞のないインストで、聴いたことのない曲でした。曲自体は穏やかないい曲でしたけど」
「全員、同じ曲だったと」
「ちょっと、薄気味悪くないですか」
実のところ、残り二人からも香水やアロマの瓶が私物から発見された。
同じ店を利用し、その店の香水やアロマを使い、同じ曲を聴いている最中に同じ場所で自殺する。
「偶然と片付けるには一致し過ぎてるな」
「んー、あれっすかね。聴くと死ぬ曲みたいなのなんですかね」
「なんだそりゃ」
いきなり会話に混ざったイカれキャリア様が変なことを言い出す。
「えっ、オカルト研にいたんすよね、黒い日曜日とか知らないっすか」
「あー、聴くと自殺するって、アレか。実際に作曲者や関係者、聴いた人間やカバーした人間で自殺したのもいたらしいけど、関連を決定付ける証拠はないし、ただの偶然とも言えるレベルの話だろ。俺も聴いたことあるし」
「チャレンジャーっすね。まぁ、俺も聴いたことあるっすけど」
あんのかよ、なんて突っ込んでると、武藤は信じられないって顔をしてやがる。
「二人とも凄い神経してますね」
「監察官なんてしてるくせに、こういうオカルトめいたものを信じてる上に苦手なんすか」
イカれキャリア様の身も蓋もない疑問は、至極真っ当だとは思うが、言ってやるなよ、お化けが怖いとかの生理的なものは科学的な根拠とは別の次元にいる人もいるんだよ。
「まぁ、真面目な話、胎教なんてのもあるし、周波数が感情に与える影響とか、その程度のもんはあっても音楽そのもので人を死なせるには複合的な要素が絡まないと無理だろ」
「なら、そうなんじゃないすか」
「どういうことだよ」
「例えば須藤茜の場合はっす。彼女は良家の子女で名門私立に通うお嬢様。大切に育てられてる箱入り娘で何不自由ない暮らしで母親と高級マンションで暮らしてる。傍目にはなんの問題もなく映りますよね」
「実際には父親は逆玉狙いのクズで浮気したために離婚。そのせいで母親が精神を病んで娘である自分に依存し、必要以上に過保護になり過干渉気味だった」
「そうっす。思春期の女の子としては、自殺するくらいには不満や不安を抱えて可笑しくない要素はあったわけっすね。で、一ノ瀬宗介の論文が正しいなら、あの香水やアロマに入ってた物質は強い催眠効果と依存性があるっす」
「はっ、なんだと」
「まさか班長、自分は読んでねーんすか」
「あぁ、武藤とお前が読むならと思ってな」
酷い酷いと武藤とイカれキャリア様が合唱するが、それどころじゃない。
「新種と呼んでいたアルカロイドに催眠効果と依存性があるのか」
「ホントにあるのかはわからないっすけど、論文の通りなら、最初は精神の鎮静効果や多幸感をもたらしてくれるそうっすが、徐々に依存性をましていき、不安や焦りを増大させるそうっす」
「完全に違法薬物認定できるレベルじゃないか」
「まぁ、証拠がないっすけどね」
そうなんだよな。
結局のところ、証拠がないんだよな。
「まぁ、武藤監察官に調べてもらった曲の出所を当たるしかないっすね。ここまで来れば、おそらくはこれも田川宗介が絡んでるっすよ」
「10年前の事件を掘り返させるつもりか、もしかして」
「そうじゃないっすか。自分と家族をめちゃくちゃにした黒川を社会的に抹殺するために。ただ、現状ではそれに関する報道は無いんすよね」
「10年前も一ノ瀬舞については未成年という理由で実名報道はされなかったし、黒川への追及もそうそうに報道機関は続報を打ち切ったからな。今回の件も黒川との繋がりははじめから匂わすこともしてない。下手に手を出せば潰されるだろうしな」
「だとすればっすけど、田川宗介の目的は果たせてないってことっすよね」
「まだ、田川宗介が絡んでいると決まったわけじゃないが、彼が自殺を誘導したなら、おそらくはお前の言う通りだろうな。とは言え、それなら、なにかしらアクションを起こす筈だ。世間の注目が集まっているうちに何かしでかすだろうな」
「取り敢えず、俺はこの曲と田川の繋がりを調べるっす」
「わかった。俺は論文の裏取りと、田川宗介に直接、鎌をかけてみよう」
そうして、俺達の捜査が本格化するなか、事件はイカれキャリア様の予想通りに展開することになる。
その日、匿名で投稿されたネットブログから、「泣き桜連続自殺事件」と10年前の因縁がまことしやかに語られ、黒川を巡る陰謀論がネット上で炎上した。
「田川宗介っすかね」
「だろうな。司法や議員同士の自浄作用に期待出来ないならってことか」
「それとも、自分の手で復讐するつもりなんすかね」
10年前に一度会ったことがある、当時の一ノ瀬宗介を思い出す。この前あった田川宗介とは思い返せば確かに同一人物だ。
ただ、目が違った。絶望と怒りに深く沈んだ洞のような瞳をしていた青年は、明るく優しい目に変わっていた。だからこそ初見では違和感こそ感じたが、思い出せなかったんだが、あの時のあの暗く深い闇を内面に隠し持っているなら、この10年でその恨みを募らせたなら。
「あいつ自身がなにより死を引き寄せる毒に成り果てたのかもな」