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アルカロイド




 警視庁中央警察署捜査一課第3班詰所


 武藤監察官がまとめた鑑定報告書を眺める。


 「同じ小瓶に入った同一商品のように見えて、明らかに違う成分が検出された訳だが」

 「それが、例のアルカロイドなんすか」

 「一ノ瀬宗介の論文に書かれた化学式とは一致したようだな」

 「じゃあ、取り敢えず新種かどうかは別としても、あの桜から普通の桜とは違うアルカロイドが生成されてるのは事実なんすかね」  

 「それはわからんな。この物質があの桜から採取されたものとも限らんしな」

 「それはそうすね」  


 報告書を見る限り、異なる成分として含有するのは、例のアルカロイドらしいものだけのようだ。


 「とはいえ、それが事件と関係あるんすかね」

 「さぁな、ということで、エリートの小玉くんには一ノ瀬の論文を読み込んでもらうとしよう」

 「えっ、マジですか。めんどい」 


 嫌がるイカれキャリア様にUSBを押し付けて、俺は改めて四人の自殺者及び自殺未遂者の情報を見返していく。


 一人目は須藤茜、元柳中学の二年生で、帰宅のために校門を出て、泣き桜の前を通るさいに、所持していたパレットナイフで喉を刺し自殺。

 パレットナイフは美術部に所属していた須藤茜が持ち歩いていてもおかしくはないため。何らかの事情による突発的な自傷行為だったと推測されたが、それにしても、何故自刃するに至ったのかは未だにわからない。

 

 この一人目の須藤茜はイカれキャリア様の調べでは10年前の関係者の縁者のようだ。

 彼女の祖父である須藤(たもつ)は黒川の事件当時、黒川との贈収賄疑惑をもたれた、いくつかの団体のうち、黒川の後援団体の代表だったそうだ。


 二人目は鑑識に私物の鑑定をしてもらった楠薫だ。


 彼女は銀座のクラブで働くホステスで中央区の賃貸マンションに住んで居たわけだ。

 彼女と10年前の出来事に関連はない。

 

 三人目は佐々木優香里、都内の商社に勤めるごく普通のOLで、彼女も10年前の出来事との関連はない。


 そして、現在も意識不明のまま入院している四人目が赤池真理、28歳の新聞社記者であり、なんと黒川の愛人の子供だった。


 「しっかし、直接関わった人間ではなく、娘や孫ってのがな」

 「でも、マスコミが飛び付きそうなネタですけどね」

 「愛人ってだけでも不味いのに、その娘なんて、ネタを掴んだ記者がいても揉み消されてるだろうよ。自民党の元総裁候補で、今は最大派閥の長だぞ」

 「後援団体の孫ってあたりも潰されてるんすかね」

 「かもな、ただでさえ、これを切っ掛けに10年前のネタをネットでほじくり返されたくないだろうよ」


 10年前も多少はネットを騒がせはしたのだ。黒川のスケープゴートとなったとされる公設秘書の自殺は。

 だが、積極的に追及していた人間は黒川側の法廷戦略に陥落した。

 事実無根の誹謗中傷により政治活動を阻害されたとSNS上のアカウントに関して情報開示請求を弁護団を用いて行い、徹底的な訴訟攻勢を仕掛けたことで、この案件は沈静化を余儀なくされたのだ。


 当時はまだ、ネット炎上が一般人に与える影響は限定的であったし、マスコミによる偏向報道は情報統制の効力を持っていた。


 「10年前とは違う、ネット炎上で議員として失脚する可能性もあるんだ。障らぬ神にって思いだろう」

 「怖い時代なような、いい時代なような、複雑っすね」

 「公権力を持つ、治安維持組織が、立法府や議会、官僚組織の監視者足り得ないことが問題なんだよ、今も昔もな」

 「おっ、流石はアウトローな元本庁刑事っすね。巨悪に歯向かって追放なんて痺れるっすよ」

 「茶化すな、若くてバカだっただけだ。お前も、変な幻想すてて、いい加減にキャリアとして真っ当になれよ」

 「いやっすよーだ」



 はぁ、何だかんだ、似た者同士なのかもな。

 それでもイカれキャリア様に同族嫌悪が向かないのは、半ば擦れて自棄になってしまった自分と違い、まだ夢の中にいる彼を羨ましく思ってる部分もあるんだろうな。



 「取り敢えず行くぞ。車は俺が運転するから、論文は移動中にでも確認しろ」

 「へっ、何処に行くんすか」

 「自殺者遺族のとこだ。端からあたって、なんでも良いから手掛かり掴むぞ」

 「あー、了解っす」


 まずは一人目、須藤茜の遺族にもう一度あってみるか。



 須藤茜は母と二人暮らしだった。


 両親は須藤茜が幼いころに離婚、離婚の理由は父親の浮気というよくある話。父親は元々、須藤家が抱えるグループ企業の幹部候補としてグループ創業家の令嬢に婿入りした男だったそうで。


 これまたよくある話だが、グループ創業家のご令嬢がたまたま、グループ関連企業で働く若者を見初めてしまい、そこそこ優秀だった為に結婚が認められた。


 だけども、男のほうは「逆玉の輿」に乗っただけ、止せばいいのに、結婚して子供ができたあと、昔の恋人と不倫関係になったと……まあ、くだらない顛末だ。


 ただ、箱入り娘で愛されて育ったご令嬢だった母親には、これはかなりの精神的ショックだったようで、男性不信に陥り、グループ企業の広告塔としての社交性を求められる立場にあって、人前に出ることすら困難なほどに心を病んでしまった。


 たった一人の娘にかなり執着し、溺愛していたそうで、自殺によって本格的に精神を破綻させてしまい、一度、話を訊こうとしたができなかった。


 今は実家におり、二人が暮らしていた家は実家がハウスキーパーを雇い入れて管理している。

 予め、祖父である須藤保に連絡を入れ、家を訪ねることを了承してもらう。

 そのさい、いくつかの私物を押収する許可も。

 法的根拠に基づく令状がないため、証拠として押収することは本来できないが、孫と娘のために捜査を頼むと、快諾してくれて良かった。

 

 中央区日本橋にある高級マンションの一室、須藤親子が暮らしていた部屋だ。

 今は掃除のために週三回ハウスキーパーが入るだけの無人の部屋。


 このマンション自体は須藤保が土地を含め保有しているようで、いづれは離婚した婿に名義が変更され、相続手続きをとる予定だったらしい。



 「バカっすよねー。勝ち組から、一気に底辺に転落っすもんね」



 一連の事情を知った時のイカれキャリア様の感想が、おおよその人間が抱く感想だろう。口に出して言うのははしたないと思うが、育ちの割には俗っぽいというか、荒いというか、口の悪いイカれキャリア様らしい。



 マンションに到着すれば、管理を任されているのだろう男性とコンタクトをとる。きっちりとリクルートスーツに身をつつみ、センスのいい装具で飾った若めな男性は恭しく頭を下げて、部屋への案内をしてくれる。


 グループ関連企業のうち、不動産を担当する会社の若手社員のようだ。流石は旧財閥系のグループ企業の社員だ、教育が行き届いている。


 「改めて、離婚した旦那って残念だったんすね」


 耳打ちしてくるイカれキャリア様にげんなりしながら、あくまでもそこそこ優秀だったとの評価は「無能」ではないという程度だったんだろうなと思いなおす。

 浮気で離婚しただけでも賠償金やら、グループ企業からの再就職への圧力やらで苦しいだろうが、娘の自殺でさらに追い込まれそうだな。



 「では、何かありましたらお声かけください」


 そう言って控える男性に頭を下げる。

 とは言え、一応と来てみたものの、パソコンや携帯の類いは押収して解析済みだし、後は何が出るか。


 「班長~、ありましたよー」


 と思っていると早速とイカれキャリア様から声がかかる。見れば、最近見慣れてしまった小瓶を手にしている。


 「須藤茜さんも買ってたんだな。すいません。これ、回収していっても」

 「会長からは捜査に必要ならば問題ないと言伝てられております。持っていった品目の目録を後日頂いた上で、持っていったものを返却していただけるなら、大丈夫です」

 「わかりました。須藤会長からも同様に伺ってますから、きっちりと処理します」

 

 俺と男性のやり取りをうけて、イカれキャリア様が丁寧に押収物をしまうために持ってきたバックへとしまった。


 ふと、勉強机の上に置かれたイヤホンに目がとまる。


 「そう言えば、現場(げんじょう)ではスマホに繋いだ無線イヤホンをしてたんだったな」


 なんとなしに呟いた言葉にイカれキャリア様が反応した。


 「それなんすけど、まあ、自殺したことないんで、もしかすっと俺の思い違いかもしんねーすけど……自殺しようってのに、直前まで音楽なんて聴くんすかね。それも4人ともっすよ。まあ、そういうこともあるかって流してたっすけど」


 「4人全員……そうか、重要な情報とは思わずに俺も流してたが、自殺しようって人間が直前までイヤホンで何か聴いてたってのは少し気になるな。それも、短期間のうちに突発的に同じ場所で自殺した人間がだ」



 「押収されてるスマホやMP3プレイヤー、なんかをもう一度あたるぞ。あとは現場(げんじょう)周辺ももう一度、事案が発生した時間帯は夕方に集中しているし、こうなると共通点が思った以上に多い」

 「単に同じ場所で自殺が頻発したって感じじゃ無くなってきましたっすね」


 今度は何で武藤を釣るかを考えつつ、俺たちは部屋をあとにした。





 

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