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Cerasus



 道を渡って店の前までやってくる。


 道向こうで見た時は白いとおもった外壁は僅かに桃色を帯びており、扉や(ひさし)、窓枠などはマッドに艶消しされたニスを塗り込まれたように重厚な木目が映える深いブラウンに彩られていて、雨戸やドアノブ、華美にならない程度に飾られた植物の葉をモチーフにしたような金属の装飾などが、鮮やかな黄緑に煌めいている。

 店先のブラックボードにカラフルなチョークアートでオススメのスイーツなどが描かれていて。


 「男二人だと、場違い感がすごいっすね」


 イカれキャリア様の感想に思わず頷きそうになるくらいには女子受けしそうな外観だが。


 「捜査に来たんだから関係ないだろ」

 「でも、一杯飲んでくんですよね」

 「公務中に不適切な発言はするなよ」

 「アルコールじゃないんですから無問題(もーまんたい)っす」


 軽く額を抑えてから、気を取り直して入ることにする。イカれキャリア様の言動に振り回されていても仕方ない。


 店内に入ると内装も綺麗で清涼感があり、紅茶や珈琲の香りのほかに、微かに花の香りのようなものもして、ゆったりとした照明のなか、カウンター脇の蓄音機からだろう、ジージーとノイズ混じりのジャズと、古い雰囲気のする録音と思われる海外ラジオが聴こえてくる。


 「いらっしゃいませ」


 カウンターから声をかけてきたのは年の頃20後半といったところの若そうな青年だ。

 爽やかなイケメンで黒のスラックスに黒のサロンベスト、腰にも黒のサロンエプロンを巻いていて、ウィングカラーの白いシャツに薄いピンクの絹地と思われるショートタイで首もとを飾っている。

 

 「二名様でしょうか、どうぞ今は丁度、他にお客様もいらっしゃらないのでお好きな席へ」


 爽やかな笑顔で窓際の広い席を手で示しつつ、席を勧めてくれた店主とおぼしき青年に来店の目的を告げるべく懐に手をいれる。


 「一応、客として飲食もさせて貰えたらとは思っているんですが、私はこういうものでして」


 手帳を前に出しつつ言葉を続ける。


 「警視庁中央警察署の真鍋と、彼は同じく中央警察署の小玉という者です。この近くの垂れ桜であった自傷致死事案を調べておりまして、何か知っていることがあればと」


 青年は警察手帳にすこし目をやってから、俺とイカれキャリア様を見て、すこし驚いたような顔をしたのち、笑顔に戻って話し始めた。


 「刑事さんでしたか。あー、すこし待ってください。お客様も少ない時間ですから、クローズの札を出してきます」

 「いえいえ、そこまでお時間はとらせませんよ」

 「接客しながらでは話せませんし、丁度お客様がいないですから、構いませんよ」


 カウンター奥から流れるように出てきた青年は180センチほどはあるだろう長身の長い手足で颯爽と入り口へと向かうと、扉を開けてかかっていた札を裏返した。


 「突然お邪魔したのに気を使わせてしまい申し訳ありません」

 「いいんですよ、個人経営の店舗ですから融通はききますし、何より近くで起きたことですから。……それに彼女たちは皆さん、うちの常連さんでしたから」


 最初は笑顔だった青年が顔を伏せ、悲しそうに驚くことを言う。とは言え、どう返したものかと峻巡していると、イカれキャリア様は躊躇いなく突っ込んでいった。

 

 「えっ、彼女たちって、四人のうち、何人か常連がいたんですか」


 空気読めと言いたいが、それを聞きに来たのだし、咎めるのもと、またすこし峻巡する出来と間の悪い対応に歯噛みする思いに被るように青年が更に驚くことを言ってきた。



 「いえ、四人とも、この店によく来てくれる常連さんでした」




 俺とイカれキャリア様は思わず顔を見合わせていた。




 「どうぞ、お飲みになってください。代金はいただきませんから」

 「いえいえ、あとでお支払いしますので」

 「この一杯はサービスで結構ですよ。それで何をお話しすれば宜しいでしょうか」

 「あー、では遠慮なく、取り敢えず、そちらに掛けて貰って」


 まさかの発言に驚いているうちに四人席へと着卓するよう薦められ、そのまま考えることもせずに座ってしまった俺たちは、今さら立ち上がることも気不味く、カウンターへと戻りサイフォン式の珈琲を淹れる青年へと声をかけ損ね、結果として更に気不味い雰囲気となってしまう。

 それでも、話を聞こうというのに相手を立たせたままでと言うのも何なので座って貰おうと促すと、青年は、では、と短く応えて座ってくれた。


 「折角ですから、先に一口」

 

 そう前置いて珈琲をいただく。正確な抽出時間と、しっかりと青年自ら厳選したんであろうブレンドの珈琲は香りもよく、ブラックだというのに苦味と渋味、後味の僅かな酸味の他に湧き出た唾液に混じって甘味を感じさせる素晴らしいものだった。


 「これっ、すっごいうまいっすね」

 「台無しだよ。申し訳ありません」

 「いえいえ、お気に召していただけたようで良かったです」


 柔らかな笑みで珈琲とともにトレンチに乗せていた小皿に盛られたクッキーやスコーンを勧めてくれる。


 「いいんすかっ! 」

 「お前はすこし遠慮しろっ」


 いい年してガキのようなイカれキャリア様を叱責するも、向かいの青年はコントでも見るかのように吹き出して、仲がいいんですね、なんてフォローしてくれるが、勘弁してくれ、ただのお守りの気分だ。


 

 「改めて、警視庁中央警察署所属、捜査一課第三班班長の真鍋拓真と申します。こちらは同じく第三班所属の小玉徳仁、ともに階級は警部です。失礼ですが、お名前をお伺いしても」

 「ええ、構いません。私はここで個人店を開き、喫茶店を一人で経営しております田川宗介といいます」

 

 何処と無く聞き覚えがある名前だったが、思い違いだろうと流して、話を進める。

 だが、結局のところは4人がたまたまここの常連だったというだけで、やはり特に顔を見知って親睦を深めていたという様子では無かったようだ。

 来店する時間帯もバラバラなら、当然相席して話した様子もない。当たり前だろう。常連同士、何となくよく見るな程度の認識がもしかしてあったとして、余程のきっかけでもなければ、仲良くなろうとお互いに声をかけることもないだろう。

 

 全くの無関係と思われた四人に共通して利用していた店があったということはわかったが、生活圏が離れているなら兎も角として、同じ圏内に居住している以上はそういうこともあるだろう。

 

 つまりは。



 「ちょっとびっくりしましたけど、空振りだったすね」


 そういうことだ。



 イカれキャリア様が囁くように吐いた言葉にため息が漏れそうになるのを堪えて、田川宗介と名乗った青年に感謝を述べる。ついでに少し休んでいこうと、当初の予定通りに俺は紅茶を、イカれキャリア様は最初と別のブレンドの珈琲を頼んで、オススメというスイーツをいただくことにした。



 「これは桜色の(ババ・ディ)焼き菓子(・チェリージオ)、こちらは桜餅とセミフレットを合わせてつくったオリジナル、和風セミフレット桜氷(おうひ)です」


 「店内に桜の香りがしてたっすけど、店名も含めて桜推しなんすね」

 

 テーブルに並べられるオススメスイーツを見ていると、イカれキャリア様が店主の田川さんへとそんなことを言う。


 「ええ、桜がうちの売りですね」

 「ん、そうなんですか。浅学なもので、店名のえーと、失礼、何でしたっけ。桜に由来するんですか」


 何分と無学なもので、語学は堪能じゃない。正直、横文字の店名を覚えてなかった。


 「班長、Cerasusですよ、セラケスとかセラスス、ケラケスなんて読みますけど、ラテン語でバラ科のサクラ属に分類される植物のなかでも桃なんかを除いた種をさす言葉っす」

 「ホントに口調さえなけりゃ優秀だよな」

 「褒めても何もでないっすよ」

 「素直に褒めてねーよ」


 呆れていると、田川さんは嬉しそうに話し出す。


 「ご存知の方が少ないので嬉しいですね」

 「そうなん。でも、このスイーツも凝ってるけど、自家製っすか」

 「知り合いの職人につくって貰ってたり、自分でつくったりですね。ババは知り合いに焼いて貰ってるんです。このババは通常のラムとちがって、サクラを使ったリキュールを生地に練り込んでるんです。セミフレットは生クリームとアイスに桜餡を練り込んで凍らせたものを半解凍して、知り合いにつくってもらった桜餅の生地に包んだ自信作なんですよ」


 わいわいとイカれキャリア様と田川さんは盛り上がっているが、俺にはさっぱりだ。

 ただ、どちらのスイーツも確かにうまい。甘いものはあまり得意じゃない俺でもうまいと思うんだから、よっぽどだろう。

 

 

 何か引っ掛かる。イカれキャリア様と盛り上がっている目の前の青年を知ってるような気がしてならない。


 「どーしたんすか、難しい顔して。あっ、奢りだからって、食い過ぎました」

 

 ふざけて舌を出すイカれキャリア様に軽くチョップをいれる。粗方、テーブルの上のスイーツも片付いたようだし、長居も悪いと帰ることにする。


 「すいませんが会計を」

 「いいんですよ。今日のぶんはサービスでも、男性の方がお見えになるのは珍しいので、宣伝でもしていただければ」

 「するするー。今度、彼女連れてくるよー」

 「連れてくる彼女がいないだろーが、流石に全てサービスして貰っては公務中ですし、あらぬ疑いをかけられることもありますから」

 「わかりました。では、最初の一杯と先にお出ししたスイーツはサービスしておきますね」


 これ以上、問答しても仕方ないと、甘えることにしたが、それでも結構な出費になった。ここの常連って、何気に彼女たちを凄いなと思ってしまうのは貧乏性だからか。


 「アロマオイルとか、香水も売ってるんすねー」


 イカれキャリア様がレジ近くの棚に綺麗に陳列された小瓶をみていたようで、会計中に話しかけてくる。


 「ええ、それも桜をイメージしてつくった商品なんですよ」

 「折角だし、香水もらってこっかなー。班長、奢って貰ったお礼に班長の分も買いますよ。どうです奥さんへのお土産に」

 「いらんよ。そのほうが高くつく」

 「遠慮はいーっすよ、いつもお世話になってますし、じゃ、アロマオイルと香水を」

 「かしこまりました。ありがとうございます」


 結局、二瓶づつ買って、俺にも渡して来やがるイカれキャリア様。こんなんどーやって署まで持ち帰れってんだ。



 

 「お帰りなさい、夕飯できてるわよ」


 家に帰れば、もう結婚して12年になる妻が出迎えてくれる。


 「亜美は」

 「リビングでゲームしてるわ、先にご飯たべるでしょ」

 「あぁ」

 

 奥へと入っていく妻を追いかけるようにリビングへと入れば、10才になる娘の亜美がスマホをおいて、こちらへと来てくれる。


 「パパ、おかえりー」

 「ただいま」


 娘と他愛ない話をしているあいだに、ダイニングから声がかかる。


 「もう、ご飯ならべるから、こっち来ちゃって」


 家族三人で夕食を囲む。団欒の中でふと思い出して鞄にいれた小瓶を出す。


 「仕事中に部下と立ち寄った喫茶店で売ってたんだ。部下から奥さんへのお土産にって、お茶を奢ったお返しに買って貰ってな」

 「えっ、もしかして小玉さんに。それって、高くついたんじゃないの小玉さんのほうが」

 「そう言ったんだが、普段のお礼も兼ねてみたいに押しきられてな。まぁ、折角だから使ってくれ」

 「キレーなビンだねー。サクラの絵がかわいい」

 「亜美には香水はまだ早いから、空になったらママにもらいなさい」

 「はーい」



 そんな日常を過ごしながら、俺は頭にこびりついた田川青年のことを考えていた。




 

 


 

 

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