赤池真理 3
モダンな雰囲気の和洋折衷様式やログハウス、個性的な様式の家まで、旧軽井沢の数ある別荘の中の一件に赤池真理の母親が黒川より譲られたものがある。
代々、議員や官僚を輩出した名家に相応しく、歴史を感じさせる洋館は小梢の中で威風堂々と聳えている。
「いやー、名門の家って感じっすね」
「そういうお前も家柄なら負けてないだろ。実のところ、親族筋の別荘があるんじゃないか」
「まぁ、あるっすね」
「ホントにあるのかよ」
イカれキャリア様はなんだかんだと名門のご子息なんだと再確認しつつ、インターホンを鳴らす。
ややあって、年配の女性の声がスピーカーから聴こえて来る。
『どちら様でしょうか』
「警視庁中央警察署捜査1課の真鍋と申します。赤池真理さんにお話を伺いたいのですが、いらっしゃいますでしょうか」
『警察の方がお嬢様になんの用かしら、お嬢様は東京にいらして、こちらにはおりません』
「入院されていた病院から失踪されたあと、こちらに来たことを防犯カメラの映像などから確認しています。入院費用については義理の弟さんからお支払い頂いたようですが、病院のほうから、安否確認をお願いされておりますので、病院代を立て替えてくださった義理の弟さんにしても、安否は気にかかっておられるんじゃないかと」
アポも令状もない訪問だ、不在を理由に断られるのは想定済み、断り難い話を出していく。『東京にいる』と言ってしまった手前、ここにいることを確認していると警察に断言されては分が悪かろう。ましてや、『病院から安否確認のため捜索願いが出ている』と言われれば、『なんのご用』とすげなくお断りしようとしたのも裏目になる。
まぁ、捜索願いについては『病院から』自主的に提出してもらったんではなく、「入院中の患者が失踪して万が一のことがあっては、病院側も困りますよね」とごくごく一般的な感想の世間話をしていたら、出してくれたものだ。
それでも答えあぐねているのだろうか、中々と返事がなかったが。
『あっ、お嬢様』
『その、お嬢様ってのはやめてってば、それより、良いわ、ここまで来たんですもの、次は外で待ち伏せするんでしょう。つけ回される趣味はないの』
スピーカーごしに、ついに赤池真理の声が聴こえた。言うだけ言って奥に入っていったのか、扉が開いて出迎えてくれたのは、落ち着いた雰囲気のご婦人といった感じの女性で、この別荘の清掃などの管理を任された人物の一人だろう。
「お嬢様より、ご案内するようにとのこと。どうぞ、お上がりになってください」
広いリビングへと案内される。
「適当に座って、まぁ、話すことなんてないけど」
すでにソファにかけていた赤池真理はテーブルの向かいを指して、ぶっきらぼうに言った。
「私は中央警察署捜査1課の真鍋といいます。彼は部下の小玉、赤池真理さんでよろしいですか」
「ええ、そうよ。あなたが真鍋さんね、めんどくさい事件を担当して、気の毒ね」
矯めつ眇めつといった風情でじろじろと俺を見た赤池真理は、軽く息を吐いて面倒そうに言ったあと。
「まぁ、とりあえず座って」
改めてそう告げた。
「では、失礼して」
そう断りを入れてから、指差された向かいに腰をかけるとイカれキャリア様にも目線で座るように促す。
二人して着卓したのを見計らってか、先程の女性がテーブルワゴンから慣れた所作で紅茶を淹れて出してくれる。
「なぜ、病院を抜け出してこちらに」
藪から棒に本題へと入る。迂遠な話し方では結局はぐらかされることになる。褒められたやり方では無いがこの手の確定した事象にたいしては直球で訊くのが一番だと思っている。
「どこかの刑事さんが、被疑者と一緒に拉致られて怪我を負って入院したって聞いてね。被疑者は自殺したそうだけど、なんか不安になるでしょ、たった一人の生き残りだしね、結果的に」
明け透けに言う態度からは微塵も不安は感じられないが、まぁ、妥当な返しだろうか。
「なぜ、ご不安に。暴力団関係者が被疑者を襲ったことは失礼ですがあなたの自殺未遂とは関係ないことでは」
「本当に失礼ね、私の職業も、当然、家族関係もわかってるんでしょ。なら察しくらいつくんじゃなくて」
「ご尊父であられる黒川代議士の子飼いの暴力団組織なら、問題無いんじゃありませんか」
鼻白んだ様子で明らかに不機嫌になる赤池真理に対して、イカレキャリア様は気が気でない様子でこちらは元々と白い肌の鼻先を青くして鼻白くなってる。
どちらの意味が正しいのか日本語は難しいなんて思うと自然と笑顔になる。訝しげな視線を向けて赤池真理は話を切り上げようとしてくる。
「安否確認だけなら、用は済んだわね。お帰りになって」
「赤池真理さん、貴女はかつて、合法ドラックの記事を書いてますよね。今回の自傷事件に関わる製品に使われていたものも、記事で取り上げている」
「何が仰有りたいのかしら」
「いや、ただの世間話ですよ。また来ます」
赤池真理は間違いなく、被害者ではない。そんな確信とともに、俺は一旦、やって来た別荘を後にした。




