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またまた備えあれば 



 

 「どこに行っちゃったんすかね」


 赤池真理が失踪したと病院から俺の元に連絡が来たのは面会を明日に控えたタイミングだった。病室から院内の施設へ行くと出ていったあと、全く病室へと戻ってこないと俄に騒ぎとなり、とはいっても院内の何処かにいるだろうと放送などもかけて探してみるも、結果、やはり完全に院内から姿を眩ましたと結論せざる得なくなり、俺へと連絡が来るとともに、捜索願いも併せてされた。


 「自宅マンションに戻った形跡もないっすし、当然っすけど、マンション駐車場に置きっぱなしの車もそのままっす」


 3班詰所で薫りの良いエスプレッソを淹れながら、イカれキャリア様はぶつぶつと話しかけている。


 「班長ー。さっきから無視って酷くないすか」

 

 注ぎ終わったエスプレッソを一つ、俺のディスクに置きながら言うところがこいつらしい。


 「はぁー、俺みたいな無能でもな、一応の学習能力はあるんだよ。ただ、頼りたくは無かったんだよな、あの人には」


 「えっ、手を打ってあったっすか」


 然程驚いた様子もなく、呆気らかんと言うあたり、イカれキャリア様も実は何か手を打ってたんだろうな。

 何せ、可能性があったにも拘わらず、田川の自殺を阻止出来なかった。遺書から例の連続自殺事案への関与もわかると、被疑者死亡でこの件は幕引きがされる流れだ。

 現状は黒川への追及にマスコミは動いており、田川の存在は悲劇のヒーロー扱い。へっぽこ刑事の俺も政界のついでに叩かれてはいるが、事件捜査そのものが打ち切られれば、有耶無耶になるだろうと上は考えて放置のようだ。

 元より、俺なんて初めから厄介者なんだから、まぁ、そうなるだろう。


 とはいえだ。打ち切られようが俺たちは捜査を続けるつもりだったし、今や唯一の手掛かりは生き残った赤池真理だけだ。



 「(ろく)先輩にな、頼んだんだよ」


 「神オジっすか」


 なんつー渾名つけんだ、こいつは。


 神谷禄郎(ろくろう)は俺の二つ上の元先輩だ。


 警察学校時代の先輩で、一旦は警察官になったものの、早々に退職、探偵事務所を立ち上げると癖の強い人間ばかり引き入れて探偵稼業で稼いでいる。


 はっきり言って苦手だ。仕事は出来る。ただ、コミュ力の怪物のような人間性であり得ない方面まで人脈を築き上げ、どうみても一昔前の「ちょい悪オヤジ」って風貌の、良く言えばワイルドでダンディー。はっきり言えば、着こなしも顔もいいが、却って胡散臭い。嘘が服着て歩いているような見た目なんだ。


 実のところ、メディアでも取り上げられた程度には有名な事務所なんだが、創立当時のメンバーは今は殆んどが現場に関わってなかったりもする。

 大抵のことは、作り上げた人脈とノウハウで解決出来るために、事務所入った若い者に任せておけば大丈夫と遊び歩いてたりもする。

 まぁ、お陰で急ぎのお願いも快く引き受けた上に、先輩自ら動いてくれたらしいが。


 「いつの間にっすか。まぁでも、神オジなら、すぐに見つけてくれそうっすね」


 「お前の先輩への謎の信頼はなんなんだ。まぁ、失踪前から万が一の可能性を考えて見張りを頼んだからな。病院からの失踪連絡の前には、実は病院を抜け出していると連絡を貰ってたよ」


 田川の自殺に焦った俺は退院して、まだ十全に動けないことと、3班には俺とイカれキャリア様しかいないこと、恐らくは捜査が打ち切られることを考えて、渋々ではあったが、先輩に連絡したという訳だ。


 「赤池真理が全国展開しているレンタカーショップで車を借り、東京を出たと連絡が来てる。レンタカーショップに問い合わせたら、乗り捨て出来る契約で長野で貸し出したレンタカーを系列のショップが回収しているとさ。先輩からも軽井沢にいるって連絡貰ったしな」


 「なんだ、もう完全に特定してるじゃないすか。でも、なんで長野なんすかね」


 イカれキャリア様にしては珍しいな。


 「赤池真理の母親は長野出身だ。軽井沢には黒川が用意した別荘もある」


 「あー、そういうことっすか。でも、なんで失踪したんですかね。逃げる必要あります」


 「それは直接本人に訊こう」



 おっ、軽井沢観光っすねとはしゃぐイカれキャリア様を無視して出発の準備をする。


 「さっき課長の許可はとってある。好きにしろってさ。ただ、観光は無しだ」


 酷いっすよーという叫びをBGMに俺は詰所を出た。




 長野に向かうため、首都高速外環道から関越方面に東北縦貫道を経由して上信越自動車道へと入る。

 助手席に座るイカれキャリア様が軽井沢楽しみっすねーと、惚けているが無視だ。


 「言っとくが観光は無しだ。まぁ、お前が往復の高速代払ってくれるなら考えるけどな」


 「えっ、経費で落ちねーんですか」


 「落ちるわけねーだろ」


 「それもそうっすね」


 車内がもの苦しい雰囲気になったが、イカれキャリア様は思い出したくないことをつついて来やがる。


 「班長、この一件終わったら破産すね。武藤さんにはキャバ奢らなきゃだし、3課の面々も連れてかなきゃだし、神オジにもお礼だし」


 「やめろ、それはなるべく考えないことにしてんだ」


 「考えなくても精算は待ってくれねーっすよ」


 ニタニタ笑ってるのが顔を見なくてもわかる。左手で頭を小突いておく。


 「まぁ、いざとなったら俺も払うっすよ」


 「バカ言うな。部下に払わせる上司がいるか」


 「古いっすねー」


 「悪かったな化石で」


 横で本格的に笑い出したイカれキャリア様に苛々するが、まぁ、どいつもこいつも長い付き合いだ。甘えて貸しにはしたくないが、かといって無茶な請求はしないとは思ってはいる。

 

 「古いというと、黒川も昭和の大物政治家って感じっすよね」


 「黒川が政界入りしたのは平成に入ってからだぞ」


 まぁ、父親の議員秘書時代を含めれば昭和から政界にいるんだが。やや食い気味にそういことじゃねーんすと言うイカれキャリア様に答えてやる。


 「代議士としては3世となる世襲議員で派閥の長。政財界に多くのパイプを持ち、裏社会とも縁が深く、愛人を別荘に囲ってと、まぁ、そういうことだろ」


 「そーっす。でも黒川って本妻とのあいだには子供がいねーすよね」


 「ああ、財務官僚の娘と結婚したものの、子供がなく、二人いる愛人に一人ずつ子供がいるな。1人が赤池真理でもう1人は本妻の子として養子縁組してる。いずれは黒川の後継として地元の選挙区から出馬する予定だったはずだ


 「わりとえげつないっすよね。愛人抱えたうえに、その子供を後継候補として本妻の養子に据えるとか」


 「黒川にとっちゃ、家族なんてそんなもんなんだろ」


 でなければ、ひとつの家庭を崩壊させておいて、のうのうと政界に居座り続けたりしない。


 「結局は10年前にケリをつけられなかったことが全てなんだよな」


 思わずと溢れるが、イカれキャリア様は聞こえなかったふりで、軽井沢楽しみっすねーとふざけていた。




 碓氷軽井沢ICで降りる。

 指定された場所に行けば先輩が待ってるはずだ。


 「久しぶりだな」


 一人言を呟いて、ナビに導かれてやって来た店へと俺たちは入った。




 

 

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